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第9話 騎士団長、町へ赴く

 朝食の食卓は整った。

 アベルが焼き加減を確かめたパンも、キャサリンが作り方を指示したオムレツも、フレッドがかき混ぜたスープも、ジョセフが切ったサラダも、きれいに整っていた。

 訓練生たちは席に着く。ハロルド教官が、手を組んだ。


「それでは、食事への感謝を。神の恵みに、国の繁栄に、王の統治に、感謝を捧げます」

「感謝を捧げます」


 訓練生たちは唱和した。


「うまい! うまいなフレッド!」

「ああ……なんとか整ったよ……」


 ダンが目を輝かせて朝食をかっ込む。フレッドは少し疲れた顔をしていた。


「……ふむ、なかなか、悪くありませんわね。質素ですがちゃんと味があります。これが庶民の食事というものなのですね」

「大丈夫ですか? ローザお嬢様、量は足りますか? 僕のパンを食べても良いですからね」

「ありがとう、大丈夫よ、ジョセフ」


 美味しい、とまでは言わなかったが、ローザもよどみなく食事を口に運んだ。


「ああ、そうだ、ジョセフ。わたくし、騎士を目指したのは騎士団長に憧れたから、ということにしましたから、話を合わせてね」

「え!?」

「あら、何か驚くことがあって?」

「いえ、あの、ひ……お嬢様が騎士団長に憧れていたとは知らなかったもので……」

「あら、方便よ」

「そ、そうでしたか! よかった!」

「お目にかかったこともないもの。憧れる以前の問題だわ。護国の英雄として尊敬はもちろんしているけれど……ん? 何がよかったの?」

「えっと……いえ、あの、その、騎士団長のような苛烈な戦いに参加するのに憧れているのかと思ったので」

「ああ、なるほど……?」


 きょとんした様子のローザに、ジョセフはこっそりため息をついた。




 和やかな雰囲気の朝食が終わり、皿を洗うと再び外に整列させられた。


「それではこれから剣技の訓練を行う! が、それと同時に買い出しもしてもらう。買い出しは……荷馬車を使うから、まあ四人くらいいればいいだろう。買う物のリストは作ってある」


 ハロルド教官はそう言って手書きのメモをポケットから取り出した。


「買い出しに行く者……の中で馬車を操れる者!」

「はい!」


 ダンは真っ先に手を挙げた。訓練に参加して、実力をごまかすのが面倒だった。

 それにこの町を見てみたいとも思っていた。即断即決、それが戦場で身についたダンの生き方だった。


「よし! では他に買い出しに行く者」

「はい!」


 次に手を挙げたのはリリィだった。それに釣られるように、隣に立っていたベンジャミンも手を挙げた。


「はい」

「……はっ! あの男、買い出しに行くと称して町の様子を盗み見するつもりでは!? 情報収集はスパイの基本……はい!」


 ジョセフにそう話しかけながら、ローザも手を挙げた。


「あ……」


 ジョセフは困った。ハロルド教官の指示した定員は四人。ローザを一人にしたくはなかったが、五人目に手を挙げても選んでもらえそうになかった。


「よし! 四人だな! ダン! リリィ! ベンジャミン! ローザ! このメモに書いてある食材を買ってこい!」

「はい!!」


 四人は声を揃えて背筋を伸ばした。




 買い物メモにはご丁寧に町の地図も描かれていた。


「自分は地元だからこれさえあればすぐに店を回れる」


 ベンジャミンが荷台でそう言った。


「お、頼りになるな」


 御者台で二頭の馬を操りながら、ダンは笑った。


「町が楽しみですわね、……ダンとリリィはこの町の方ではないのかしら?」


 ダンを見張るつもりで参加したローザだったが、少しはしゃいだ声が出てしまう。箱入り娘のお姫様はあまり町の様子を見る機会がなかった。


「私はもっと田舎。騎士団試験もやらないようなとこから来たの、ダンは?」


 リリィの問いかけにダンはおとなしく地元を答えた。


「あー……俺は地元は西の国境の近くだ」

「二年前に国境戦のあった……?」


 リリィの顔が曇る。あの戦争は熾烈を極めた。民間人にも犠牲が出たのは有名な話だ。


「まあ、元々俺は家族も居なかったから……流れ流れてここにいる」

「そう、ですの……」


 ローザは疑念に満ちた顔でダンの背中を見た。


「ローザちゃんは?」

「わ、わたくしの出身は言ったら家族の元に連れ戻されるかもしれないから内緒ですわ!」


 慌てて誤魔化すローザ。


「そっか」


 リリィは深く追求しなかった。




 そうこうしているうちに町の外れにある騎士団詰め所から町の中心部に着いた。


「よしベンジャミン、最初の店の案内を……」

「あぶねえ!」


 ダンが荷台を振り返るのとベンジャミンが手を伸ばすのは同時だった。ダンの手に向かって石が投げられようとしていた。それをベンジャミンがたたき落とす。


「おお……!? だ、大丈夫か、ベンジャミン!」


 ダンは驚きながら心中舌打ちをする。


(完全に気を抜いていた……くそっ)


「誰だ!」


 ダンは石の飛んで来た方に大声で叫んだ。

 石の飛んで来た方角には子供たちが五人かいた。それぞれ手に石を持っている。彼らはさらに石を投げようとしていた。


「風の精よ、我に力を!」


 リリィが荷台から詠唱を叫ぶ。ダンたちに向かって飛んで来た石は風に阻まれ、地に落ちる。


「ありがとうリリィ! どうどう!」


 子供たち相手に本気になって戦うわけにもいかない、ダンはムチを振るい、馬を走らせた。石の追撃はなかった。




「ベンジャミン……手は大丈夫か?」

「リリィが水魔法で冷やしてくれてだいぶ楽になった。大丈夫だ」


 そう言いながらもベンジャミンの左手は腫れていた。ダンは買い物より先に医者に行くべきではないかと思案した。


「俺より、ローザ、大丈夫か?」

「うう……ちょっと具合が……寝てれば治ります……はい……ご迷惑をおかけして……」


 ローザは荷馬車が突然急加速したことで、酔ってしまったらしく荷馬車で横になっていた。


「それにしてもあの子供たちは何だ? 急に石を投げられるなんて……」

「すまない。最初に言っておくべきだった」


 ベンジャミンは少し落ち込んだような顔をした。


「うちの町じゃ……騎士はここ数年、嫌われ者なんだ……あの子たちはたぶん正規の騎士団と俺たちを見間違えたんだ」

「騎士が、嫌われ者……?」


 ダンは顔をしかめた。

 王都の騎士団ではそういうことは聞かない。町中で何か狼藉をすれば騎士団長の耳にすぐ届くし、処罰される。規律を守り、風紀を乱さず、騎士たちの秩序は保たれている。

 しかしどうやら王都の三つも隣の町ともなると違うらしい。


「今、町に在中している騎士隊はウィーヴァー隊。さっき言っていた西の国境戦で武功を上げて出世したとかでいつも威張り散らしている」


(ウィーヴァー……? 聞いたこともないぞ……?)


「……騎士団の腐敗」


 ローザが小さく呟いたのが、ダンの耳には聞こえた。


(権力闘争に明け暮れてる騎士団……腐敗はてっきり中枢部のお偉方だけの話かと思っていたが……末端にもそういう奴はいるってことか……)


「看過、できねえ」


 ダンがポツリと呟いた声は馬車が走る音にかき消された。


「とりあえず医者に行こう、ベンジャミン」


 町の入り口でダンはベンジャミンにそう声をかけた。


「いや……大丈夫だ。だいたい、そんな時間はない」


 ベンジャミンは明らかに痛そうにしていたが首を横に振った。


「……そうか」


 ベンジャミンの強がりをダンは受け入れた。


「じゃあまずは野菜だ。農家に直接行けとある」

「ああ」

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