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第7話 最初の仕事、朝食作り

「整列!」


 騎士見習たちのざわめきを切り裂いて、ハロルド試験監督官が号令をかける。

 それぞれ喜びを分かち合い、はしゃいでいた騎士訓練生たちは慌てて姿勢を正す。


「さて、諸君は晴れて騎士団の訓練生となった。訓練期間は今日ただ今から三ヶ月。その後、それぞれの適性を見て配属が決まる。しかし今日この日はゴールではない。むしろスタートである。三ヶ月の間に秩序を乱した者や問題を起こした者、やはり適性なしと判断された者はクビになる! 明日から厳しい訓練が始まる。皆、心して挑むように!」

「はい!」


 バラバラな返事が飛び交う。これもまた訓練で揃うようになっていくものだ。


「では、これより団服を支給する!」


 訓練生たちのざわめきに歓喜が混じる。


「サイズごとに並べ!」


 フレッドが当然のように一番端に行く。

 ジョセフがローザの隣に向かう。ふたりはフレッドとは反対側、一番背の低い組だった。

 ダンはフレッド寄りの位置に向かう。


 試験官たちが制服を持って配り歩く。ダンは懐かしい思いで制服を受け取る。

 かつて入隊した十三才の頃に比べれば、ずいぶんと背は伸びた。それでも団服の重みは変わらない。


「袖を通せ! サイズの合わないものは申し出ろ!」


 普段来ている団服と比べると、胸元がやけに軽かった。

 騎士団長の時は多くの勲章をぶら下げている胸元には、訓練生を示す簡素な飾りがついているだけであった。


「ああ、一から始めるって感じがする……」


 しみじみとダンは呟いた。


「フレッド、サイズは合ったか?」

「なんとかな。これ以上背が伸びないようにしないとな」


 フレッドとそんな軽口をたたき合う。


「その団服は騎士団の最下層とはいえ、騎士団の一員であるという証だ! 穢すことなきよう振る舞うこと! 以上!」


 試験監督官はさらに続けた。


「なお、これから私のことは試験監督官ではなく、指導教官と呼ぶこと! 君たちの指導教官を担当するハロルドだ! 改めてよろしく頼む!」


 ハロルド試験監督官改めハロルド指導教官は指示を続ける。


「それでは朝食の準備に移る! 普段の騎士団では飯炊きは雇っているが、ひとたび戦場に行けば、自分たちで食事の用意をしなければいけない瞬間は訪れる! 故に新入りは一週間、飯の準備は自分たちでやる! 今日の朝食の分は業者に納入させたが昼飯からは自分たちで買い出しも行う! 買い出しは持ち回りだ! では朝食の準備に移れ!」


 新入り騎士団たちは戸惑った。

 ダンが真っ先に食堂に足を向けた。

 自分が新入りだったときも同じことをした。

 入団した頃のダンの料理の腕前は散々で、お前は隅で皿の枚数でも数えていろと罵られたものである。

 しかし今のダンは多くの戦線をくぐり抜けてきた男だ。料理の経験値も積んできている。

 食堂に向かう足取りは力強かった。

 ダンにフレッドが続き、他の新入り騎士たちも彼らに続いた。




 食堂の中は一度寝泊まりしたローザたち女子が案内してくれた。

 まず広々とした机と椅子の並ぶ食堂、裏手に調理場、地下には貯蔵庫、そして寝室は屋根裏部屋にあったという。


「ああ、パンはさすがに完成品ですね。これならちょっと焼けば食べられます。パンから作れと言われたらさすがに飢え死にするところでした」


 ジョセフがパンを発見して嬉しそうにそう言った。


「まあ、自分はパン屋の次男坊だからいざって時はパンも作れるよ」


 アベルがそう口を挟む。


「おお、頼りになりますね!」


 ジョセフがキラキラした瞳でアベルを見た。


「じゃあパンの焼き加減は、えーっと」

「アベルだよ、よろしく」

「アベルさんに監督してもらえば良いですね! あとは……ああ、卵に野菜か。あと処理された鶏があるけど、これは全員で身を食べるのには少ないなあ……」

「卵料理とスープだな! 鶏はブイヨンを作るためのものだろう!」


 ダンはそう言って腕まくりをした。


「とりあえず鍋に水を汲んでくる! 行こうフレッド!」

「ああ、そうだな、このデカさの鍋じゃ力仕事になるもんな」


 二人はそれぞれ鍋を持ち上げた。


「卵料理は……時間を考えたらシンプルなオムレツかな」

「それなら私作れるよ!」


 キャサリンがピンと手を挙げた。


「一人じゃ全部は無理だから、作り方教えるねー。いっしょに作ってくれる人ー」


 キャサリンの元に数人の騎士が集まった。


「じゃあ、僕らは野菜を洗いましょう。ね、ローザお嬢様」

「は、はい!」


 ローザが緊張に満ちた声を上げる。

 何せ生粋のお姫様である。料理などしたこともない。今見えてる包丁の鋭さが怖いくらいだ。


「大丈夫です、お嬢様。野菜なら土を落とすくらいです。そんなに固くならなくてもなんとかなります」

「はい……」

「ローザちゃん、本当にすごいお嬢様なんだねえ。私はお母さんのお手伝いとかしてたよー」


 ローザとジョセフにくっついてリリィが野菜を運ぶ。


「わたくしの家は使用人が全部やってくれたので……」


 ローザが苦笑いをして見せた。

 まさか最初の仕事が料理になるとは、ローザは小さくため息をついた。


 こうしてやることを見つけた面々はそれぞれ配置についた。

 いつの間にか食堂の入り口に来ていたハロルド指導教官は彼らを満足そうに眺めていた。




 鍋に水を入れて運ぶのはなかなかの重労働だった。

 ダンにフレッド、他にも力自慢数名が外の井戸で鍋に水を入れて調理場に戻る。


 その横でローザたちは井戸から汲んだ水で野菜を洗っていた。

 ローザは冷たい水におののきながらもなんとか野菜の泥を落としていた。


「……ジョセフ、野菜の洗い方のコツはなんとかつかめました。あなたは一足先に調理場に戻り、ダンの動向を見ていてください」

「……と言いますと?」

「食事に毒を入れるつもりかもしれません!」

「う、うーん……でも、姫……お嬢様、朝食を作るなんて僕らも予想外だったことですよね? 都合良く毒なんて用意しているでしょうか?」

「スパイは自決用の毒を持ち歩いている……常識です!」

「……どこの? というか自決用の毒なら一人分ですよね。この人数を殺すのは無理じゃないですか?」

「……それもそうですわね」


 ローザはハアとため息をつくと、野菜洗いに専念した。

 ジョセフはローザの白くて滑らかな手が冷たい水に濡れるのに心を痛めた。


 一方、調理場。


「よーし! スープには鶏を投入! ブイヨンスープだ!」


 ダンはそう言って鶏肉を水の張った鍋に()()()()()

 バシャッと水が跳ねた。調理場の床が水浸しになる。


「……………………」


 フレッドは無言でダンを見た。


「な、なんだフレッド、その目は」

「……何をしてるダン」

「な、何って鶏を入れたんだ、鍋に」

「何故投げ込んだ」

「え、えっと物事は勢いが大事かなって……」

「そうか……ダン、お前は外で野菜を洗うのを手伝ってこい」


 フレッドの声は優しかった。ダンは水浸しになった調理場からすごすごと出て行った。


「……あいつ、おおざっぱだな?」


 そう言いながらフレッドは意外にも繊細な手つきで残りの鶏を鍋に入れていった。

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