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第4話 剣技の結末、そして疑惑

 困ったことになってしまった。




 試験監督官は五十ほどの男性であるが、筋肉に衰えは見られない。

 白髪交じりの黒髪に鋭い緑の目をしていて、腰からは真剣を提げている。そちらを抜かれなかっただけマシだと思うべきだろうか。

 今は新兵訓練をやってこそいるが、ひとたび動乱があれば前線に動員されてもおかしくないほどの活力が体に満ち満ちていた。


 ダンは木剣を右手にだらりと下げて、左手をぶんぶんと横に振った。


「……いえいえいえいえ、俺なんかが試験監督殿のお相手など荷が重くてとてもとても……」

「いいから構えろ。それとも構えずともいけるというのか? ならば……遠慮はしない!」

「うわ!?」


 試験監督官はまっすぐに突きを放った。紙一重でダンは避ける。


「は、速い! お速いですね! さすが監督!」

「ほほお。神速のハロルドと呼ばれたこの俺の突きをかわすとはな……」

「あはははは。フレッドのおかげで目が慣れたんでしょう! きっと!」


 騎士候補に初手で神速の突きを喰らわしてくる試験監督官に、口では軽口を叩きながらもダンは戦慄した。


(俺がたまたまフレッドを倒せただけの男だったらどうするつもりだ、ハロルドとやら……! それとも何か? 実はバレてるのか、俺の正体!?)


 ハロルド試験監督官ほどのベテランだ。

 どこかで騎士団長ダニエルとすれ違っている可能性は大いにあった。


「突きがかわされるのなら……斬撃を繰り出すのみ!」


 ハロルド試験監督官は中段に構えた。


「くっ……!」


 一撃必殺の突きはなんとか避けられたが、連続して繰り出される斬撃となれば避け続けるより、受ける方がいい。

 ダンは慌てて木剣を構える。ハロルド試験監督官が打ち込んでくるのを、木剣でいなしていく。


「ははは! 反応が良いな! いやはや、これほどとは……!」

「くうっ! お年の割に斬撃が重い……!」


 本気で反撃しようと思えば糸口はあった。

 しかしこれほどの実力者を返り討ちしては、またしてもただ者ではないとバレてしまう。

 嘘をつき続けるのにも限界があった。


「……かくなる上は……おおっと! 足が滑った!」


 ダンはまたしても尻餅をついた。


(我ながら、芸がない! うん、ごまかしのバリエーションはちょっと考えておこう……)


「まだまだあ!」

「うっそぉ!?」


 尻餅をついたダンにハロルド試験監督官はさらなる追撃を加えようと、木剣を振りかぶった。


「待って待って! それはいくらなんでも反則……!」


 さすがに慌てるダン。

 いっそ魔法でも使ってしまおうかと左の手の平をハロルド試験監督官に向ける。

 しかしダンが詠唱を口にするより早く、ハロルド試験監督官の木剣を後ろから掴んで止める者がいた。


「……そこまでです、監督殿」

「お前は……」

「フレッド!」


 ハロルド試験監督官の背後にはフレッドの巨躯がそびえ立っていた。


「目が覚めたのか! 俺の突きのダメージはもう良いのか?」

「ああ、自分は頑丈だけが取り柄だ」


 フレッドはダンにニヤリと笑顔を見せるとハロルド試験監督官に語りかけた。


「打ち負かせばよいというものではない、そうおっしゃったのは他ならぬ監督殿です。尻餅をついた相手への追撃は打ち負かし以外の何だというのでしょう?」


 荒くれ者と呼ばれていた男とは思えない落ち着きで大男は試験監督官を諭した。


「……ううむ。突きを避けられたことで少し頭に血が上ったか……」


 恥じ入るように呟くとハロルド試験監督官は木剣から手を離した。

 フレッドはそのまま木剣を取り上げた。


「すまんな、ダン、フレッド、年甲斐もなく熱くなってしまった……」

「い、いいえ……」


 騒ぎが目についたのか、騎士候補たちは皆、木剣を打ち合う手を止め、ダンとハロルド試験監督官の立ち会いを見学していた。


 その中にはローザとジョセフもいた。


「見ましたか、ジョセフ! あのダンとかいう男の剣さばき!」

「見ました! ……いえ、実を言えば目では追いきれませんでした……音でなんとか……」


 あまりの剣のスピードに彼らの目ではすべてを追い切れていなかった。


「ええ……。あの神速のハロルドの突きをかわすとは……ダン、一体何者……あれほどの実力者がこんな王都から三つも離れた町でくすぶっているとは思えません……」

「もしや何かの事情があるお方なのでしょうか?」


 ジョセフは言いながら首をかしげる。今まで騎士団に入れなかった事情とは何が考えられるだろう? ローザ姫のように立場のある存在でそこを離れられなかったのだろうか?

 ローザもまた、一人思考を巡らせ、そして彼女はその可能性に到達した。


「……まさか……あの男、他国のスパイ!」

「スパイ!?」


 少年少女は小さな声で囁き合う。


 テラメリタ王国は南部に海を持つが、それ以外の三方を大小問わない他国に挟まれている。

 二年前の西部国境戦を例に挙げるまでもなく、火種はあちらこちらに散らばっている。

 先頃の南部暴動も、一説には他国からの支援があったとも言われていて、この国がスパイに狙われているかも知れないというのはあながち考えすぎということはない。


 この場合においては、壊滅的に間違っていたが。


「そうとしか考えられません。それ以外で己の実力を隠してでも騎士団に新入りで入りたがる酔狂者がいるとは思えませんわ! あの実力ならどっかの小隊長くらいすぐになれますもの!」


 残念ながら酔狂者はいた。それがよりにもよってこの国の騎士団長である。


「おのれダン……我がテラメリタ王国の領土を脅かす者はこの私が許しません……。たとえ、こけそうになったところを助けてくれた恩人であろうとも……。必ずや新米騎士として訓練を共にする間にその正体を白日の下にさらしてやりますわ……!」


 ローザが決意に燃える。


「あの、でも、姫様、僕ら受かってるんでしょうか……?」

「うっ」


 痛いところをつかれ、ローザが胸を押さえる。

 自分の魔力測定の結果はお世辞にも良い物だったとは言えない。

 剣の立ち会いにしたって本気ではないジョセフと何回か打ち合っただけである。


「……わたくしはダメかもしれませんね」


 ローザは殊勝にもそう言った。意外に冷静だとジョセフは感じた。


「でもジョセフ、あなたの魔法の能力でしたらきっと大丈夫。受かっていますわ。だからあの男をわたくしの代わりに見張ってね。そしてわたくしはそうしたら……騎士団の飯炊きでもなんでもやるわ! 家出は続行よ! 帰らないわ! 絶対に!」

「分かりました姫様……いいえ、お嬢様」


 ローザのいない騎士団などジョセフは入る意味はないと思っていたが、ローザがそこまでの覚悟ならば仕方ない。

 ジョセフには正直ダンにローザが言うほどの実力があることすら分かっていなかったが、ローザの命令は絶対だ。

 いつだって、何だって、ジョセフはローザの言うことを聞いてきた。今までも、これからも。


「僕がんばります!」


 ジョセフ少年は力強くそう言った。ローザがいるところでなら、彼は何でも頑張れた。

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