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第38話 王都での日々

「暇だ」


 それから一ヶ月後。ダニエル騎士団長は黒い髪をくしゃくしゃにかき乱しながら、そう言った。

 正面の机に座るアリアがため息をつく。


「騎士団長……?」


 その声に含まれている怒気に、ダニエルは苦笑いをする。


「いやいや、出奔なんてもうしない! しないからな!」

「……頼みますよ。はい、これハロルド氏の供述調書です。南部暴動の報告書付記と併せて目を通しておいてください」

「ああ」


 憂鬱な思いを抱えながら供述調書と報告書を受け取る。ハロルドとはあの後、面会していない。会って話をしたいような気もしたし、話をしても何も通じ合えない気もした。


「……これは別に情状酌量を求めてるわけじゃないんだけどさ」

「はい」

「ハロルド指導教官はさ、いい人だったよ。厳しい人だったけれど……いい教官だった」

「はい」

「……いい人だったからこそ、耐えられなかったんだよな、教え子が戦場に行って死ぬのが」

「……はい」


 アリアもまた西部の国境戦でダニエルとともに地獄を見た身だ。わかってくれるところはあるだろう。そう思いながら、ダニエルは言葉を続ける。


「……きっと、いるんだろうな。南部暴動に騎士と市民が加わったように、あの町に騎士を嫌う市民がいたように、どんなに俺たちががんばってるつもりでも……不満はどこかには、ある」

「……騎士団長」


 アリアの声に労りが混じる。それに微笑みを返しながら、ダニエルは言葉を続けた。


「だからってハロルドを擁護したいとかじゃないぞ。ただ……俺の戦場はそこなのかもしれない」


 ダニエルは外を見た。

 春が過ぎていく。陽射しはどんどんと熱くなっていく。そろそろカーテンを閉める季節だ。

 外には王宮の敷地が広がっていて、馬のいななきが聞こえる。中庭で誰かが馬の訓練でもしているらしい。馬、テラメリタ王国の建国の礎。国の象徴。


「俺が騎士団長として戦わなきゃいけなかったのは……腐敗と不満」

「ずいぶんと重苦しいですね」


 アリアがそういう風に感情的なことを言うのは珍しかった。その顔もどこか寂しそうだ。


「そうだな、血湧き肉躍り魔法飛び交い剣戟鳴り響く戦場とはほど遠い。陰惨で陰険で薄暗い」


 ダニエルも苦しげにそう言った。


「……それでも、戦わなきゃな、死んでいったあいつらに、新しくできた同期に、胸張って俺の騎士団だって言えるくらい……立派な騎士団を作りたい、俺は。そう思えただけでも、あの町に行ってみた甲斐があったと思う。……これ別に言い訳じゃないからな!」

「……はい、あなたがそうしたいのなら、どこまでも付き合います。たとえ……どれほどの地獄であろうとも。それでは私は魔法研究所の方へ行ってまいります」


 アリアはにっこりと微笑むと、立ち上がった。

 近頃のアリアはジョセフとエミリアの闇魔法実験を手伝うために、光魔法の使い手として魔法研究所に通っていた。


「ああ、あいつらによろしくな」

「はい……あのところでですね、ジョセフくんはおとなしくやってるんですが、エミリアの文句が日に日に酷くなっていくので、そろそろガス抜きの何かを用意してやりたいのですが……」

「あー、俺の方から、休みでも取れるように口添えしとくよ。ふたりで王都の町巡りでもしたらどうだ? お前ら仲は……いいんだよな?」


 ダニエル騎士団長は念のため、確認した。彼は良い上司ではあるが、女子の機微には疎かった。


「はい、エミリアは大親友ですよ。感謝します」


 アリアがそう言って去って行く。


 一人になった騎士団長の執務室で、ダニエルはしばらく書類を眺めていた。

 ハロルドの悲痛な心中が供述されている文書を読み続け、ため息をつくと、ダニエルはふかふかの椅子から立ち上がった。

 大きな窓から外を見下ろすと、王宮の中庭が見えた。


「お、ローザ姫」


 ちょうどローザが馬に乗って中庭を駆けているところだった。

 ダンはそれを眺めたが、お姫様はこちらに気付くこともなく、馬を厩舎の方角へと向けて中庭を去って行った。


「ふむ」


 ダニエルはしばらくローザが去った方向を眺めていたが、窓に足をかけた。三階という高さはダニエルにとっては恐るるにたらない高さであった。




「ジョセフ少年の暴走ですが、これは心の闇に飲み込まれたものと結論づけられます」


 研究員の言葉をエミリアはあまり興味を持たずに聞いていた。

 彼女は後悔していた。いくら緊急事態だからといって戦友達にもひた隠しにしてきた闇魔法の使い手である事実を公にしてしまった。

 おかげで、こうして自由を奪われている。彼女にはそれがたまらなく苦痛であった。


「心の闇、ねえ」


 それはエミリアは持ち合わせていないものだ。今まで軽やかにかわしてきた。


「具体的になんなの?」

「…………ええとですね、ローザ姫様にとってジョセフ少年は長らく一人きりのご友人でした。貴族方との交流もありますが、姫様が真に心を開けるのはジョセフ少年だけでした。それが騎士団の訓練場という場で友達が増えていった。……それが、寂しかったようです。カウンセリングの結果です」

「私には、わからない感覚だなあ」


 エミリアは苦笑した。エミリアにはアリアという友達がいる。しかしアリアに友達が増えようと、気にはならないだろう。自分が仲良くできない相手でも、だ。


「まあ……少年少女の世界は、時に狭い、という話ですね」

「ふうん?」


 エミリアは自分から聞いておいて、どうでもよさそうな顔をした。


「アリア補佐官が到着されました」

「アリアー!」


 エミリアは喜び勇んでアリアを迎え入れた。アリアは苦笑しながら友人と抱き合った。

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