第32話 探し求めて
(まずはどうする? サミュエルと合流するしかないか? ハロルド指導教官が見つかればいいんだが……どこに行ったんだ? 酒場なのか?)
サミュエルを追いかける先にすべてが揃っていることを、ダンはまだ知らない。
「あ! あれだ! あいつがオリバー副隊長補佐から風魔法で伝達のあったダン訓練生だ!」
訓練場を抜けると、松明を持った一団がいた。ウィーヴァー隊の騎士たちだった。
「くそっ!」
ダンは迷う。
まさか彼らと本気で戦うわけにもいかない。
それなりの練度を誇る騎士相手に、酷い手傷を負わせずに切り抜ける。
それはずいぶんと難易度の高い試練だった。
「ああ、もう……こんな戦いがしたかったわけじゃねえぞ、俺は……!」
口で悪態をつきながら、ダンは手を構えた。
「だから一斉に吹き飛ばす! 四大精霊よ、目覚めたまえ。風の精よ、我に力を。空を切り、飛べ。対象を、吹き飛ばせ。魔力解放、全開放出!」
ジョセフと同じ風魔法の第五小節詠唱。おおよそ二十人ほどの騎士たちが、風に吹かれ倒れていった。
「くっ! 火の精よ、我に力を!」
倒れながらも果敢に火魔法を発動するものがひとり、風に対して踏ん張り剣を抜いたものがひとり。
こぶし大の火魔法を体捌きで避けると、ダンは剣を抜きはなった。
紙一重、ダンの体を薙ぐ一瞬前に、剣と剣がぶつかり合う。しかし、相手の踏ん張りがいささか足りなかった。ダンは力をいなすと、敵の剣を弾き飛ばした。
その間に数名が体勢を立て直す。
「……くそっ!」
ダンは彼らに背を向けた。
「火の精よ、我に力を!」
火力が背中から迫る。長年戦い続けてきた男の勘が働いた。頭を思いっきり下げると、ちょうどそこを火の玉が通っていった。
「風の精よ、我に力を!」
続いて風魔法。しかし第一詠唱だ。背中を突き飛ばすほどの衝撃があったが、なんとかダンはそこによろめいて、走り続けた。
(ローザ姫……!)
ひとまずサミュエル目指してダンは走り出した。
「ダンが……スパイ……?」
ジョセフの風魔法で荒れ果てた食堂で、呆然とキャサリンはつぶやいた。リリィも信じがたかった。
ジョセフがダンとオリバー副隊長補佐を追いかけて、出て行こうとする。その襟首をフレッドが引き留めた。
「待て、ジョセフ!」
「離してください! フレッドさん!」
ジョセフが短い手足をジタバタとさせるが、その体格差では太刀打ちなどできるはずもない。
「お前、本気でそう思ったのか! あいつが、ダンがスパイだなんて!」
「だって、他に可能性がありますか! いったい誰が何の理由でローザ様をさらうっていうんですか!」
「武器庫の扉が壊されてたのはどう思っているんだよ!」
「知りませんよ! ダンがあそこで何か捜し物でもしてたんじゃないですか! 離してください! 離してくれないと……くれないと僕は……」
「離さない! そもそも、あいつが凄腕のスパイだって言うのならお前が行って何ができる!」
「…………できることを、やるだけだ。……闇の精よ」
「え?」
ジョセフが小さくつぶやくと同時に、食堂は暗闇に包まれた。それは闇魔法だった。一斉にフレッド達は闇の中に飲まれ、眠りについた。
「……姫様」
ジョセフはつぶやくと、真っ暗闇の食堂の中を迷うことなく走り出した。
ダンは森の中を一目散に駆ける。さすがに森の中では火魔法は使えない。
土魔法を使われるのが一番厄介だが、今のところその気配はない。なんとか振り切れたようである。
一度行った場所とは言え、暗い森の中、盗賊団のアジトに向かうのは骨が折れた。
(サミュエル……どこだ?)
まだサミュエル監査官には追いつかない。地の利がないくせに足が早い。
ダンはひたすら森の中を駆けた。
たどり着いたアジトの2階には明かりが灯っていた。
(……サミュエルがつけた、のか?)
いまいち彼の性格にはそぐわない気がした。
(あいつは夜目も利くはずだし……まさか、残党か?)
ダンは気を引き締めた。
ぎいっと軋んだ音を立てる扉を開く。
「…………サミュエルー!」
あえてその名をアジトの中に呼び掛けた。返事はなかった。しかし、人の気配が微かにする。
ダンが一歩を踏み出すと、その足に何かが引っかかった。目をこらすと、そこにサミュエルの巨体が倒れ伏していた。
「サミュエル!」
ダンは慌ててその体を抱き起こす。
「だ……ダニエル……」
呼吸が荒い。胸から腹にかけて大きな切り傷があった。
「くっ……やっぱり残党か!?」
「ある意味……な。……ダニエル、敵は上に行った。おそらくはひとりだ。気を付けていけ。俺はしばらく動けそうにない」
「……わかった」
「なあ、ダニエル。敵が誰でも……南部の暴動は、許せないよな?」
「……当たり前だろう?」
ダニエル騎士団長の返事を聞いて、サミュエルはほっとしたように意識を失った。
サミュエルの体を床に横たえて、ダニエルは剣を抜いた。今の彼はもう訓練生のダンではない。部下を傷付けられ、怒りに燃える騎士団長ダニエルだった。