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第30話 窮地

「ん……」


 ローザが次に目を覚ますと知らない場所に転がされていた。

 見覚えのない場所、木の板の上、カーテンが引かれていて薄暗い。どこの小屋だろうか。

 手足を縛られているが、顔はそのままだ。目隠しや猿ぐつわなどはされていない。


「ええと……あ、そうだ……エミリアさん……?」

「はーい」


 声のした方に顔を向けると、ローザと同じく手足を縛られたエミリアが転がっていた。

 エミリアはげしげしと絶え間なく激しく扉を蹴っているが、扉が開く様子はない。


「……あの、私を守るとはなんだったのですか?」


 思わずローザの口から恨み言が漏れる。守るどころか巻き込まれている。


「完全に口だけでした。あり得ざる失態です。申し開きのしようもございません」


 さすがのエミリアも殊勝にそう言って頭を下げた。


「……ええと、私達これからどうなっちゃうんですか……?」

「死ぬかもですね」


 エミリアは軽やかにそう言った。


「…………そう」

「あら、驚かれない」

「むしろ命が残ってたことに驚いているので……」

「そうですよね、一回、死んだかと思いましたよね」


 ローザはあの息の詰まる感覚を思い出す。完全に窒息死したかと思った。


「ところでここはどこでしょう……」

「ダンが討伐した盗賊団のアジトですね、見覚えがありますわ。まあ、すべての線は繋がったと言えるでしょう」

「…………」


 そう言われても話が繋がらない。

 多分自分が知らないことがある。

 そしてそれをエミリアは知っていて、ローザが知らないことを失念している。


「すみません、何も知らない赤ん坊に噛んで含めるように説明してください」

「ばぶー」

「あのっ!」


 思わずローザは怒りの声を上げた。


「冗談冗談。ごめんなさい、昔からこうなのです。どうにも冗談を言っていないと冷静が保てないのが私なのです」


 エミリアは苦笑した。仕方なくローザは一つずつ疑問点を潰していこうとした。


「……ええと、エミリアさんはダンと面識があるのでしょうか」

「旧知でございます」

「……どちらで?」

「西の国境戦」

「……ダンは、何者なんですか……?」


 さすがにもう他国のスパイだとは思えなかった。

 ただ、何かしらの人物であるのは間違いなさそうだと思った。


「彼の本名はダニエル。かの名高きダニエル騎士団長その人です」

「…………え?」


 ローザは呆然とした。


「き、騎士団長がどうしてここに……? しかも訓練生として……?」

「それは存じ上げません」

「……はあ」


 ダニエル騎士団長。もちろん存在も名前も知っている。

 しかし、自分が住んでいる王宮に勤めているものの、正式に顔を合わせたことはない。

 父はローザが戦争関連の血なまぐさい式典に出るのを嫌っていた。

 だからローザは騎士団長の顔をろくに知らない。遠目に見たことくらいはあるが、それはもう個人を判別できないくらいに遠目だった。


「ダンが……騎士団長のダニエル殿……?」


 ローザは呆然とつぶやいた。

 その事実を処理するのにはいささか時間がかかった。


 エミリアはその混乱が収まるのを待つ。

 その間に、エミリア自身も会話と状況を脳内で整理する。

 ここは南部暴動の主犯格グループの末端が使っていたアジト。

 騎士団の中には裏切り者がいるはず。

 訓練場の敷地内に武器が隠されていて、その武器は騎士団に正式配備されるものではない。

 となれば、あれこそが南部暴動の一端を担う武器。そして訓練場にそんなものを隠し持てる人間といえば。


「……ローザ姫、騎士の訓練はいかがでしたか?」

「え?」


 この状況とはあまり関わりのなさそうな質問に戸惑いながらも、ローザは言葉を紡ぐ。

 質問をされれば、適切な答えを返す。王族として染みついた彼女の処世術だった。


「あ、ああ、とても……とてもタメになりました。わたくしは至らないことばかりでしたけれど……騎士の皆様がどれほどの鍛練を積んであそこに立っていらっしゃるのか、その一端を知れただけでもわたくしの人生にとって実りあるものでした。すべては同期である訓練生の皆様と教官であるハロルド指導教官のお力あってのことです」

「……そうですか、そのハロルドですが、彼こそが私達をさらって監禁している犯人です」

「……は?」


 ローザは心底理解できないという顔をした。


「な、何をおっしゃっているのですか……?」

「私が上から隈なく見ているというのに、ウィーヴァー隊からなかなかホコリが出ないわけです。いえ……叩けばホコリはいるのでしょうが、おそらく末端もいいところでしょう。盗賊団と通じ、南部暴動と通じ、国家転覆を企むテロリスト、それこそがハロルド指導教官の正体なのです」

「そんな馬鹿な……」


 ローザは呆然とつぶやいた。

 ハロルド教官のこれまでの振る舞いが思い出される。厳しい男だった。しかし人情味があった。ダンの勝手を受け入れる度量があった。訓練生を思いやる心があった。


「あ、あの方がそんなことを……!?」

「バレてしまっては、致し方ありませんな」


 その声は、エミリアが蹴り続けていた扉からした。よく聞いた声だった。

 扉が開く、向こうから見覚えのある人物が入ってくる。

 ハロルド教官が冷ややかな目でこちらを見下ろしていた。訓練生と騎士が転がっているというのに、助ける素振りは見られなかった。


「……どうして、あなたが……」

「それはこちらのセリフです。よもやローザ姫が訓練生に紛れていようとは……。しかしエミリア副隊長、あなたも人が悪い。ローザ姫に私の正体を言わずに口をつぐめば、ローザ姫の命は助けられたものを、何故話してしまったのか……」

「無意味な脅しはやめなさい。まだ、ローザ姫にはあなたたちにとって利用価値があるでしょう。国家への人質というとても重要な価値が」

「…………」


 ローザはいささか蚊帳の外に置かれているのを感じながら二人の会話を聞き続ける。

 まだ、信じがたかった。エミリアこそがよくわからないが悪い人間で、ハロルド教官はそれを暴いて拘束し、自分はそれに巻き込まれただけ。

 そんな希望を僅かに抱いていた。しかし、ハロルド教官は自分がローザ姫であることを知っていた。だとすれば、このローザの扱いはどう考えても国家反逆罪もいいところだった。


「…………」


 ローザの胸に一瞬、ダンに助けを求める声がよぎった。

 今まで他国のスパイだと疑いをかけていた人間に対して、自分でも虫がよすぎる声だと心底思った。

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