第27話 サミュエル監査官
休日の夜を経て、朝が来た。今日からまた一週間、訓練生活が始まる。
「今日は午前は組み手! 午後は剣術!」
昨夜の深酒を一切気取らせない威勢の良さで、ハロルド教官が指示を出す。
「はい!」
訓練生たちの返事はだいぶ揃うようになってきていた。ダンはそれをまぶしく思う。
「組み手はなるべく体格の近いもの同士で組め! 後々は体格の違うものへの対処も教えるが、まずは近い者同士でだ!」
その指示にフレッドが困ったような顔でハロルド教官を見つめた。
「……あー、フレッドはダンと組め」
「はい!」
ダンとフレッドの返事がキレイに揃った。
「組み手か……喧嘩なら得意なんだけどな……まあ剣より得意な可能性はあるか」
ブツブツとフレッドがつぶやきながら、ダンと向かい合う。
「まあ体格がいいだけで十分な利点だからな」
「……なんだ、経験あるのか、組み手」
「い、いや、一般論!」
「ふうん」
フレッドはじーっとダンを見つめた。
「今まであまり気にしないようにしてきたけど……お前だいぶ謎なやつだよな」
「そ、そうかな?」
「どこで何してたんだ。今まで?」
「う、うーんとだな」
適当に経歴をでっち上げようとして、ダンは自分が騎士以外の生き方を知らないことに気付く。
十三才で騎士になってから、訓練に明け暮れ、戦場に駆り出され、騎士団長として王宮に詰めた。
気付けば自分が守るべき民の生活も、ろくに目にすることはなくなっていた。
「…………」
どこか反省させられるものを感じながら、ダンは曖昧に笑った。
「……訓練に集中しようぜ」
ダンはそういうのがやっとだった。
フレッドは少し不満そうな顔をしたが、素直にうなずいた。
ダンは組み手で手加減をした。
フレッドがそれに気付く様子はなかった。
そうこうしている間に昼になり、訓練は切り上げられた。
なかなかにいい汗をかいた。
「なんか王都から偉そうな騎士が来てたぜ」
買い出しから帰ってきた訓練生のひとり、クリスがそう雑談を振るのに、ローザが肩をビクリと震わせる。
「なななな何をしに来たのかしら!?」
ひっくり返った声でローザが真っ先にその話題に食いついた。
「なんかウィーヴァー隊の素行調査みたいだな。町の人たちもホッとしてたよ。これでようやく騎士団がまともな仕事してくれるって」
「あ……ああ! なるほど……そ、そうですわね! ちゃんと調査してほしいものですわね!」
ジョセフが隣で苦笑いをしている。
思えばローザはダンがローザの護衛を兼ねていることも、王がローザの行方を知っていることも知らないのだった。
自分が連れ戻されるとでも思ったのだろう。
「しかし背が高くて屈強な男だったな、フレッドくらいデカいんじゃないか」
もう一人、買い出しに行っていた訓練生がそう言ったのに、フレッドは目を光らせた。
「へえ……」
「おいおい、フレッド、喧嘩売るなよ?」
ダンが茶々を入れると、一様に複雑な視線が向けられた。
「お前が言うか」
「ダン……人が自分と同じレベルだと思うことはあまりよろしくありませんわ」
フレッドとローザが立て続けにそう言う。
「はい……」
喧嘩を売った覚えは今のところないが、ダンはおとなしくうなずいた。
昼食後、剣術の訓練に外へ出ると、ハロルド教官が背の高い男と話をしていた。
誰だろうと、ざわめく訓練生の中から、クリスが声を上げる。
「あ、あれ、あの人だよ、王都から来た騎士」
その言葉にダンは目をこらす。
そこにはよく見知った顔があった。
背が高い筋骨隆々の男、サミュエルだった。
フレッドがじっとサミュエルを見つめている。
身長はフレッドと同じくらいだが、体格はフレッドより一回りデカい。
どうにもフレッドはサミュエルに対抗心を燃やしているらしい。
「……ああ、来たか、お前ら」
ハロルド教官は難しい顔をして、ダンたちを迎え入れた。
「こちら王都から来られた騎士団監査官のサミュエル殿だ」
サミュエルは訓練生たちに対して、丁寧な敬礼をした。
訓練生たちはおろおろとぎこちない敬礼を返す。
ローザはコソコソとジョセフの後ろに隠れた。
王都から来たと聞いて、自分の正体がバレる心配をしているようだが、それはとっくにバレているはずだ。
「……ダン、サミュエル殿がお前を必要とされているんだが……」
ハロルドもさすがに中央から来た騎士の正式な頼みには楯突くこともできないのだろう。
「あ、はい、いいですよ」
ダンはあっさりうなずいた。
サミュエルが必要としているというのは、まあ、建前だろう。
直接、情報交換はしておきたい。
あのエミリアを通じてだと雑音が混じりそうだった。
「ありがとう、ダンくん」
サミュエルが生真面目な顔で頭を下げてくる。
サミュエルには悪いが、ダンは内心、笑いをこらえるのに必死だった。
「では、ダン、これを預けよう」
そう言ってハロルド教官が取り出してきたのは例のウィーヴァーの剣だった。
「今日から真剣の訓練だったため、用意していた。お前に預ける。戻ってきたらちゃんと返せ」
「はい」
真剣の訓練、と言う言葉に訓練生たちが色めき立つ。
期待に胸躍らせるものもいれば、不安に顔が翳るものもいる、様々な反応があった。
「それでは、ダン訓練生をお借りします、ハロルド教官」
「うむ」
ダンは歩き出すサミュエルの後に続いた。
「では、訓練用の棒を等間隔に立てるところからだ! 今日は木の棒を剣で切る練習から始める!」
ハロルド教官の指導を背中に聞きながら、ダンは訓練場に背を向けた。