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第26話 会談

「おかえり」


 寮に戻れば、ハロルド教官が出迎えてくれた。ダンは腰から剣を引き抜いてハロルド教官に手渡す。


「お使いの品です」

「うん、ご苦労。どうだった、町は」

「それが、あの、その、問題がですね……」

「またか」


 ハロルド教官は思いきり顔をしかめた。


「えーっと、名前なんだっけ、権騎士のケビンさんに絡まれました」

「そうか……」


 ハロルド教官は腕を組んだ。


「……どうしたものかな。元ウィーヴァー隊はお前に色々と面目を潰されたと思っている。今、代理隊長をしているエミリア副隊長は西の国境戦での功績があるとは言え、女と言うだけでずいぶんと軽んじられているからな……しかしエミリアは俺よりも騎士階級としては下だ。俺から話を通しておこう」

「と言いますと?」

「俺からの命令となれば、今のウィーヴァー隊に逆らえる階級のものはいない。もう一度うちの教え子にちょっかいをかけるなと釘を刺しておく。……だからお前もケンカを頼むから買うな」

「買いたくなくてもすごい勢いで投げ売りされるんですけど……」

「できる限りで構わんから」

「それでしたら……まあ努力します」

「とりあえず明日から一週間はまた訓練の開始だ。ここに入るなときつく厳命しておくから、どうにかなるだろう。ではご苦労だった」

「失礼します!」


 ダンはやっと解放されると元気よくハロルド教官の前から立ち去った。


「ふう……」


 ハロルド教官は眉間のしわに手を当てた。山積みになった問題を前にどうするべきか、悩ましいところであった。




「おお、ダンおかえり、手紙届いてるぞ」

「あー」


 おそらくアリアからだろう。一見すると、ただ騎士の訓練をしている「ダン」を心配しているだけの文面から暗号文を読み解く。


『南部報告。黒幕の可能性。王都から監査官の派遣決定。S』


 シンプルであるが意味はだいたい通じる。

 南部暴動についての報告。裏で糸を引いている、いわゆる黒幕のいる可能性の示唆。そして監査官派遣とその監査官のイニシャル。


(S……このレベルの問題……サミュエルかな?)


 サミュエルもまた西部国境戦で共に戦った仲間である。ダンよりも年上だがキャリアはダンの方が上。現在は王宮で騎士団の中の監査官として、文官に片足を突っ込んだ仕事をしている。


(エミリアといい、なんだかここにどんどんと旧知が集まってくるな……)


 何にせよ、サミュエルへの諸々に関する口止めはアリアが抜かりなくやってくれているだろう。ダンは大船に乗った気持ちでサミュエルを待てばいい。


「今日は夕食、用意されてるぜ」


 フレッドが心底安心した顔でダンを食堂に誘う。


「ああ、今、行く」


 ダンは手紙を服の中にしまうと、フレッドといっしょに食堂へと歩き出した。




 その夜、町の酒場の奥の席でエミリア副隊長とハロルド教官は酒を酌み交わしていた。


「……というわけで、どうにか穏便に済ませてもらえんか、エミリア副隊長」

「うーん、ハロルド殿がそこまでおっしゃるならそうしたいのはやまやまなのですが……」


 エミリアはビールが入った樽ジョッキの中身を飲み干して、ハロルド教官を見据えた。


「私の部隊に、不穏分子がいる可能性はハロルド殿もご承知でしょう?」

「……まあ、な」

「いくら頭が腐っていたからって下まで腐りすぎなんですよ、ウィーヴァー隊は」


 エミリア副隊長は珍しく真剣な顔をしていた。


「おそらくただの馬鹿だったウィーヴァーはともかく、ウィーヴァー隊には最低でもひとり……多くても片手で足りるくらい。()()()()()()


 エミリア副隊長は確信を持ってそう言った。

 ハロルド教官は無言で酒をあおった。

 スパイの存在、それは考えたくはない可能性だった。誉れ高き騎士、その功績を穢す裏切り者。


「オリバー副隊長補佐は頭に血の上りやすいタイプの馬鹿ですが、国家への忠誠心においては信頼がおけます。だから少数精鋭での盗賊団の討伐を命じました。おたくのダン訓練生も引っ張り出して」

「……そういうことであれば、正直に要請してくれれば……」

「私があなたと接触したら、それはそれで疑いを向けられるでしょうから、頭に血が上ったオリバー副隊長補佐のスタンドプレイということにしておきたかったわけですね」


 エミリア副隊長の思惑に、ハロルド教官はため息をつく。

 なんとも反論しがたい理屈で動いてくれる。

 エミリア副隊長とハロルド教官がこうして膝をつき合わせて話をするのは初めてであったが、のらりくらりとしていてどうにもつかみ所がなかった。


「……盗賊団はまだ何も喋っていないのか?」

「喋っていないというか喋ることがなさそうです。あそこには下っ端しかいませんでした。南部暴動の生き残りではあるようですが、ここまで来たのは伝手があった。その伝手が誰かは南部暴動主犯格の上層部しかしらない。そういう感じでしたね。これは中央との連携が必須ですね」

「ふむ……たとえばウィーヴァーこそがスパイである可能性は?」

「あれは小物です」


 きっぱりとエミリア副隊長は言い切った。


「わかりやすい権力欲とわかりやすい怠惰の化身。とうてい国家をどうこうなどという大それたことは考えていないかと」

「大それたことをしそう……と言ったら、怪しいのは君になるがな、私からしたら」

「おや」


 エミリア副隊長は一瞬それを冗談だと思った。しかし存外ハロルド教官は真面目な顔だった。


「私の知る限りウィーヴァー隊で一番小物からほど遠いのが君だ」

「それは面白い仮説です。私も考えもしなかった」


 エミリア副隊長はニヤリと笑った。


「それへの反証は……ああ、なんということでしょう。私は持ち合わせていません」

「まあ、スパイでないことを証明しろ、なんて無理筋もいいところだからな」

「そうなりますねえ……まあ、中央からそろそろ監査官が派遣される頃でしょうし、それを待ってからでもいいかなって」

「君は良くてもこちらは困っているのだ」

「あはは」


 エミリア副隊長は笑って見せた。


「まあ、あれです。ダンは大丈夫です。見たところうちの連中が束になっても勝てるような器じゃないですよ」

「周りの訓練生にも累が及んでいるのに関しては?」

「それは反省します。どうにかします。注意しておきます。申し訳ありません」


 エミリア副隊長は素直にそう言った。


「うむ」


 ハロルド教官は落とし所を見つけてうなずいた。


「……さて、監査官は誰が来るかな。知り合いだといいなあ」


 エミリア副隊長は半分独り言でそうつぶやいた。

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