第25話 帰路
そんな穏やかな時間を、一言でぶち壊す者が現れた。
「おやおや、訓練生のくせにずいぶんとたいそうな剣を提げていますね」
「うげ」
嫌みったらしい男の声が聞こえた。振り返ると元ウィーヴァー隊の隊章をつけた騎士が数名そこにいた。
町のパトロールでもしていたのだろう。
「……ハロルド指導教官の許可があります」
ダンはにこりと愛想笑いを作って、ハロルド教官からの書状を男に差し出した。
「……ふん」
書状を一瞥すると見るからに不機嫌そうになって、男は鼻を鳴らした。難癖をつけて剣を取り上げるつもりだったのかも知れない。どちらにしてもウィーヴァーの注文した紋章がついたままの剣はそのままでは使いようがないのだが。
「あら、またですの」
思いきり顔をしかめてローザが戻ってくる。後ろについているジョセフが服の入った紙袋を抱えている。
「訓練生についてはすべてハロルド指導教官の裁量に任されているはずですわ。変な難癖はおやめになった方がよろしくてよ」
ローザがきっぱりと騎士にそう言い放った。
「なんだ、ずいぶんと生意気な女だな」
オリバー副隊長補佐とあまり変わらない反応が返ってきた。ローザはしかし怯まなかったし、気分を害した様子もなかった。ただ背後のジョセフの目つきが鋭くなった。
「ジョセフ、わたくしの服を落としたりしたら承知しませんからね」
ローザが素速くジョセフに釘を刺す。
「はい……」
前回の反省があるのかジョセフが殊勝にうなずくが、その目は男に鋭く突き刺さっていた。
「……そろそろ訓練生寮に戻ろうか!」
アベルが声を張り上げる。
「……ええ、そういたしましょう」
「おいおい、ちょっと待てよ、こら」
騎士が不機嫌そうな顔でローザの腕を掴んだ。
「きゃっ」
ローザが小さく悲鳴を上げ、ジョセフが目を見開き、叫ぶ。
「この……無礼者!」
「おい!」
ジョセフが何かをする前に、ダンはジャンプをして、ローザを掴んでいる男の後頭部に跳び蹴りを食らわせた。
「なっ……」
男の連れの騎士たちが突然のことに呆然とする。ローザは腕を振りほどかれ、転びかけたところを、ジョセフとアベルに支えられていた。
「いい加減にしろよ、こないだから。俺に用なら俺に真っ直ぐ来てくださいよ、先輩方」
「お、お前……」
跳び蹴りを食らって、地面に転がった騎士がダンを睨み上げる。
「かわいい非力な女の子を狙うなんて騎士の風上にもおけないのではありませんか。頭だけじゃなく末端まで腐り落ちているのか? ウィーヴァー隊は」
「何を……!」
騎士が怒る。地面にしゃがんだまま剣に手を伸ばす。ダンも応じて自分の腰の剣に手を伸ばした。
「おやめなさい!」
ローザがジョセフとアベルに身を任せたままに叫んだ。
「天下の往来で正規の騎士と訓練生が何をする気ですか! 恥を知りなさい!!」
ローザは威勢よく続けた。
「この件はハロルド指導教官に報告します。騎士のあなた、所属と名前を言いなさい!」
「…………」
「言わないなら言わないで、犯人捜しをするまでです。その、胸章からして階級は権騎士ですね!」
訓練生ではない正規の騎士の階級は九段階。権騎士は下から三番目に当たる。
「権騎士で銀髪、今日この時間に四名の騎士を連れ歩いていた。それだけであなたが誰かは問い合わせればわかるでしょう!」
「……ケビン」
「素直でよろしい」
「……お前、訓練生のくせにどこまで偉そうなんだ」
「う……」
偉そうなのではなく偉いのだ。
「……なんにしろ、ハロルド指導教官に報告はしますから、ダン、あなたのこともです。……助けてくれたのは感謝しますが、あなたならもう少し穏便に助けられたでしょう」
「うん、……喧嘩するきっかけを探してただけだ。君が助けられたことを負い目に感じることはない」
ダンはローザに微笑みかけた。ローザはうなずいた。
「戻ろう!」
アベルがもう一度叫んだ。四人は足早に寮への道を急いだ。
「お前がいるとトラブルが絶えないな」
いっそ笑いながらアベルがそう言った。
「あっちからトラブルが殴りかかってくるんだ……」
ダンは困ったようにそう返す。
エミリア副隊長はダンにちょっかいを出すなと指示を出していないのだろうか。隊長代行をしているとはいえ、女だからと侮られることも多い、そのせいだろうか。あの女のことだ、隊員のガス抜き代わりに放っておかれているのかもしれない。せめてローザにちょっかいを出すなとは警告しておくべきだったか。
「……さっさと帰りましょう」
ローザが少し呆れたようにそう言った。
「はいはい」
「このことはハロルド教官に報告します。抗議してもらいましょう。わたくしからしますか? ダン、どうせ剣を渡しに行くのですからあなたがしますか?」
「……そうだな、言っておく」
「よろしい」
ローザは偉そうにうなずいた。まあ、実際偉いのだが。
「ところで、ローザあんなゴチャゴチャした胸章から騎士の階級なんてよくわかったな」
アベルがしみじみと感心してみせる。
「ま、まあ、わたくしは幼い頃から騎士を見てきましたので!」
「へえ、騎士と交流があるくらいデカい家なのか、実家」
「え、ええ、まあ」
何しろこの国で一番デカい、いや、この国そのもののお家である。
「騎士の階級って、えーっと九つだっけ」
「はい、上から、熾騎士、智騎士、座騎士、主騎士、力騎士、能騎士、権騎士、大騎士、騎士ですね」
ダニエル騎士団長ですらたまにわからなくなる階級をこともなくローザはそらんじた。
「ハロルド教官は主騎士です。この間、ダンを連れていったオリバー副隊長補佐は能騎士ですので、ハロルド教官の方が上です」
「うわ、すごい」
アベルも覚えきれる気がしなかったのか、感心しながらも顔を歪めた。
「ちなみに、熾騎士は平時は騎士団長だけですが、戦争時には戦地の最高司令官が任じられることもありますね」
「へー……」
さすがに詳しい。
「ローザって騎士マニア?」
アベルが問いかける。
「う、うーん、そうかもしれませんわね……」
「ダニエル騎士団長に憧れたって言ってたもんな!」
ダンは助け船なのかなんなのか自分でもわからないことを言い出した。これでは自画自賛である、恥ずかしいことこの上ない。
「え、ええ! やっぱり騎士たるものダニエル騎士団長には憧れますわね!!」
「ああ、西の英雄か……」
アベルはどこか遠くを見るようにしみじみつぶやいた。
「すごいね、ローザは、俺はそんな遠い人に憧れる余裕もないよ」
「え、えへへ!」
遠くない。すぐそこにいる。もはや会話のすべてが火種となりかねない状況にローザは冷や汗をかき、ダンは胃を痛め、ジョセフは荷物の重さにあまり聞いていなかった。




