第24話 お姫様の『オシャレ』
アベルは町をぶらぶらと案内してくれた。様々な店があるのを改めてローザは眺める。
「あれは何のお店ですか?」
「あれは魚屋」
「あちらは?」
「あれは酒屋」
「あちらは?」
「八百屋」
ローザがアベルにアレコレ聞いているのを眺めながらダンはジョセフに話しかける。
「豪商の娘さんのわりに世間知らずだな、ローザは」
「……お嬢様が豪商とそうおっしゃったのですか?」
ジョセフは探るようにダンの顔を見た。
「ああ、うん、なんか言ってた」
「……そうですか。ええと、まあ、お嬢様は箱入り娘ですから……」
ジョセフは困ったようにそう言った。
「大変だな、お前も」
「……いえ。お嬢様にお仕えできることは僕の喜びですから」
「……実家のご家族が心配しているとは思わないのか?」
「そうですね……知られたら、僕はクビかな……」
ジョセフは苦笑いをする。実際、姫君と家出をしているのだ。ダンが王に報告をしていなかったら、今頃、大規模な追っ手が組まれていてもおかしくはないし、下手すれば王家への反逆罪に問われるおそれもある。
「そうか? ローザは庇うだろ、お前のこと」
「……そうでしょうね。庇われることしか……できないんだろうな、僕は」
ジョセフはどことなく寂しそうに笑った。
「ジョセフ! 見てください! お洋服屋さんです!」
「もう、お嬢様、買っても着る機会がありませんよ」
「うう……」
しょんぼりとローザがうつむく。お姫様は自分でお店で服を選んで買う経験などない。衣装係が繕ってくれたたくさんのドレスを毎日日替わりで着るのだ。
「……まあ一着くらい買ってもいいかもしれませんね」
ローザの意を汲んで、ジョセフがそう言った。途端にローザの顔が花のように輝く。
「じゃ、じゃあ、何が良いかしら! ねえ、ジョセフ、どれがに合うと思う?」
「お嬢様なら何でも似合いますよ」
「今日ばかりはそういう世辞はなしです! 一張羅を選ぶのですから、厳しい目で見てください!」
「はいはい」
「はいは一回!」
そう言うとローザはお仕着せのそう豪奢でもない服に目を輝かせた。
「いらっしゃい、騎士のお嬢ちゃん」
服屋の女主人がにこにこと笑いながらやってくる。
「こ、こんにちは! ……あの、騎士ですけど、私のこと、お嫌いではないのですか?」
「この町の女性騎士はひとりしかいないから、あんたは訓練生だろう? 訓練生まで目の敵にするようなのはいないさ。それにその女性騎士にしてもあの人はいい人だよ」
「まあ、そうなんですの……」
今のところろくでもない騎士しか見てこなかったローザは少し意外に思う。
「こないだも夜にうちのお爺さんが発作を起こしてお医者様を呼びに行かなきゃいけなくなったとき、たまたま通りかかったその人が馬で呼びに行ってくれたのさ。お医者様は馬に揺られて、ちょっと具合悪そうだったけれどね」
「あらまあ」
ローザはクスリと笑った。
「だから女性騎士は応援してるのさ。さて、あんたの体型に似合いそうなのはここら辺かな。なんならうちは注文品も作っている……というかそちらの方が主で、ここにあるのは採寸を間違えたり、中古品だったりするけど、どうする? 注文していくかい? 値段はそう変わらないから安心して」
「ええと、お金の心配は要りません。私、こう見えてお金は持っているので。その……一度でいいからお店で売られているお洋服というものを買ってみたかったのです」
「なるほどねえ。お嬢ちゃんずいぶんと金満家の娘さんだね。それなのに騎士になるなんて……立派だねえ」
女主人はにこにこと笑った。
「いえいえ……」
ローザは照れ笑いを隠すように服に向き合った。それは彼女が普段着るのと比べると、ずいぶんと色あせた服達だったが、ローザの目にはどれも新鮮で輝いて見えた。
しばらく服の前でうろうろする。目移りが止まらない。しかしようやく意を決してローザは一体のマネキンを指さした。
「えーっと、この服……試着してもよろしいかしら?」
「ええ、もちろん、ついでに採寸してあげようか。なんなら直しもできるからね」
「はい!」
ローザは洋服と女主人とともに奥の部屋に入っていった。
ジョセフは手持ち無沙汰になりながら、ローザを待つ。
「見て見てジョセフ! どう?」
はしゃいだ様子でローザが奥の部屋から出てくる。何の変哲もないコルセットとペディコートの落ち着いた色の衣装だったが、ローザはとても嬉しそうにそれを着ていた。
「……お似合いですよ、ええ」
ジョセフがまぶしそうにそれを見て笑った。
「じゃあ、これにします!」
「少し袖を詰めた方がいいわねえ、すぐできるから、待ってて。じゃあ、戻りましょ」
「はい!」
ローザがまた店の奥に戻って行く。
その様子をダンとアベルは外から微笑ましく見守っていた。