第23話 町を練り歩き
翌朝は快晴。休日日和だった。
多くの訓練生たちが外出の準備をしていた。規則によって服装は訓練生の制服のままである。
ダンは朝日の中、思い切り伸びをした。
「ダン、鍛冶屋まで案内するよ」
アベルが声を書けてくる。
「いいよいいよ、まっすぐ家帰ってやれよ」
「どうせこの時間はまだパン売ってて忙しいからさ」
「そうかー?」
「うん、隊商の滞在場所にも案内したいしさ」
「あー、じゃあ、それら終わったらアベルのパン屋連れてってくれよ。食ってみたい」
「お、いいよ」
ワイワイと話し合っているふたりをローザとジョセフは物陰から見つめていた。
「さあ! 行きますわよ、ジョセフ!」
「はいはい」
「楽しみですわね、前回は私ほとんど酔ってるか馬に乗ってるかで町の様子なんて見れませんでしたから」
「目的変わってません?」
苦笑しながらジョセフはローザについていく。ローザのおもりが、ジョセフの仕事だ。今も昔も、どこにいようと、それは変わらない。
ダンとアベルはまず鍛冶屋に向かった。
「ここの鍛冶屋からはよくパン切り包丁とか買ってたから顔なじみなんだ」
「なるほど」
ダンはアベルの説明にうなずきながらちらりと後ろの気配をうかがう。ローザ姫とジョセフがついてきていた。
(まったく……。まあ、下手にローザ姫にひとりで町をうろつかれるよりは気配が感じ取れるところにいてもらった方が護衛としての面目は立つ……か)
ジョセフ少年がいるので厳密にはひとりではないが、ダンはまだジョセフを戦力に数えていなかった。ジョセフに限らず、訓練生はまだ誰一人として騎士から見て戦力として数えられるようなものはいない。そこに至るにはまだまだこれからだった。
「おう、らっしゃい」
鍛冶屋の主人はいかにもという感じの頑固そうなオヤジだった。ぶっきらぼうなあいさつでダンとアベルは迎え入れられる。
「剣はきれいにしてあるぞ。紋章はイジってねえが、変えたきゃまたもってこい」
「はい、こちらお代です」
剣と引き換えにハロルド教官から預かっていた代金を差し出す。
「おう、確かに。ハロルドのおっさんは元気か?」
「あ、はい、めっちゃ元気です」
「そうか、アベル、どうだ、騎士は」
「うーん、ぼちぼち?」
アベルは苦笑いをした。
「ベンジャミンは元気にやってるか」
「うん、あいつもお袋さんのとこ帰ってるはず」
「そうか、お前もこんな鉄臭いとこいないで、さっさとパン屋帰れ」
「はいはい」
アベルと鍛冶屋のやり取りをダンはどこか微笑ましい思いで見つめていた。
「じゃあ、隊商の逗留地に案内するよ」
鍛冶屋を出てアベルが道を先導する。
「ありがとう。仲良いんだな、鍛冶屋のおっちゃんと」
「まあね。家族みたいなもんだ、ここら辺一帯は」
「同じ窯のパン食ってるわけだもんな」
「あはは、違いない」
アベルは笑い声を上げた。
隊商は町の端っこにテントを張っていた。
「おお、来た来た」
「あの時はありがとう! 恩に着るぜ!」
「いえいえ、その後怪我された方は大丈夫でしたか?」
「もうピンピンしてるよ!」
和気あいあいと一気にダンは隊商の中に馴染んでいく。アベルはそれを遠目に見守る。
隊商を助けた一人であり、この町の出身者であるベンジャミンが案内役になった方が、何かと据わりがいいのはわかっていたが、ベンジャミンの家は母親がひとり暮らしだ。
早く家に帰してやりたくて、アベルはこの役目を請け負った。
ダンは、隊商から服やら宝飾品やらを押し付けられそうになるのを、必死に断っていた。
「いえ、本当、大丈夫なので、間に合っていますので」
「この服なんてお前みたいな男前に似合うと思うぞ!」
「当分、訓練生の制服しか着れないので……!」
がんばって断るダンに隊商はさらなる商品を取り出した。
「じゃあ、これだ! この缶詰持っていけ!」
「そうだな、いっぱい食べて大きくなれ!」
「あはは……じゃあ、まあ、缶詰なら……アベル、お前の家缶切りある……?」
「あるある。うん、うちの食パンに合いそうだ」
缶詰には肉の燻製と書いてあった。ダンは缶詰を五個も押し付けられていた。
「オリーブオイルも持ってくか?」
「ああ、それならうちにもあるので……」
あははと笑いながらアベルは口を挟んだ。
「だそうですので! では、俺たちはこの辺で!」
このままここにいたら馬車の一台くらい押し付けられそうだと判断し、ダンが踵を返す。
「本当にありがとうな!」
「お前は俺たちの英雄だよ、ダン!」
「……どうも」
照れくさそうに笑いながらダンはアベルと並んで歩き出す。
「英雄、か……」
それは騎士団長ダニエルにとっては聞き慣れた賛辞であった。しかし、訓練生ダンには初めてついた称号だと言えた。
アベルの家のパン屋に着く。外にも小麦のいい香りが漂っている。
「……さて」
ダンは店に足を踏み入れる前に、思いっきり後ろを振り返った。
「……ローザ! ジョセフ!」
ダンの大声に隣のアベルが驚く。
「えっ?」
そしてそれ以上に、ダンとアベルをつけていた、ローザとジョセフは飛び上がった。
「ば、バレましたわー!!」
「……あはは」
青ざめるローザともう笑うしかないジョセフ。しかしローザは諦めなかった。
「くっ……こ、こんなところで奇遇なこともあるものですわね! ダン! アベル!」
「そうだなー、奇遇だなー」
白々しくダンはうなずいた。隣でアベルが困惑している。
「これから、アベルの家でパン買って昼食にしようと思ってたけど、お前らもいっしょにどうだ」
「……そ、そんな買い食いだなんてはしたなくも甘美なことを……」
そう言いつつもローザは腹をさする。日はちょうど中央に上がり始めていた。お昼の時間だった。
「母さん、父さん、ただいまー」
「あら、アベル、おかえりなさい……と、あら、お友達?」
「うん、同期の訓練生のダン、ローザ、ジョセフ」
アベルに似た穏やかな雰囲気の女性が店番をしていた。
「みんな、母さんです。父さんはたぶんまだ窯の前かな?」
ちょっと照れながらアベルは三人に母を紹介した。
「こんにちはー!」
「お邪魔いたします」
「はじめまして」
ダン、ローザ、ジョセフが順繰りにあいさつする。
「元気が良い子と礼儀正しい子たちねえ」
ニコニコとアベルの母が笑う。
「お昼食べに来たんでしょう。好きなもの選んで良いわよ。奥に我が家の食卓があるから、そこで食べてらっしゃい」
「ありがとうございます」
ダンは頭を下げながら商品をキョロキョロと見つめる。
「あ、肉の燻製に合うパンとかありますかね」
「食パンかしらねえ。みんな牛乳飲むかしら? 朝食のスープのあまりもあるわよ」
「あ、いただきます!」
「す、少しは遠慮しなさい。ダン!」
ダンのふてぶてしい態度をローザが叱りつける。
「あはは、いいよ、いいよ。いっぱい食べていきな」
アベルも母に似た笑顔を見せた。わいわいと四人はパンを選んでいく。
パンと缶詰とスープと牛乳で膨らんだ腹を撫でながら、ダンはローザをうかがう。
一口一口が小さいので、ローザはまだ二個目のパンを食べたところだった。
「ローザとジョセフはどこか行きたいところとかある? ダンの用事は終わったし、なんなら案内するけど」
アベルが牛乳を飲み干してから訊ねた。
「え、ええと、そうですわね……うーん」
ローザ姫が町に出ることはそうそうない。そうなってくると行きたいところと言われても、まず町に何があるのかよくわからない。
「ざーっと見回りたいですわ!」
「了解」
おおざっぱなローザの言葉にアベルは苦笑しながらうなずいた。
「ジョセフは?」
「僕はお嬢様が行きたいところなら、どこでも」
「わかった」
アベルの両親にあいさつをして、一同はパン屋から退散した。