第21話 エミリア
ダンが騎士たち三人を優先して救出する頃には、エミリア副隊長が手配していた騎士隊の面々が集まっていた。
彼らは一斉に盗賊団たちを連れて行った。
牢獄へ盗賊団を連れて行く部下たちを見送って、エミリア副隊長はダンとともにそこに残った。
エミリア副隊長はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、ダンを眺めた。
「で、で、で？ 何をやっているのかね、ダニエル騎士団長。ああいや、今のお名前はダン？ だっけ？ そのダンとかいう名前の訓練生があのごうつくばりのウィーヴァー隊長を打ちのめしたとか風の噂で聞いたから、オリバー副隊長補佐に探らせてみたわけだけど……いやあ、まさかダン訓練生がダニエル騎士団長だったなんてなあ！ なんてなあ！」
往来で歌うように大声を出すエミリア副隊長に、ダンはなんとも言えない顔になった。
現在、エミリア副隊長は二十歳。
二年前の戦争時には新兵だった女だが、なんと性格がほとんど変わっていない。
もっともあの頃はダニエルも騎士団長という身分ではなかったが、それでもあの頃だって上官は上官だった。
だというのにこの態度であった。
ふてぶてしいにもほどがある。
ダンはいっそ感心していたが、この状況――王命で密命を帯びている状況でのこの態度には困らされるものがある。
「…………」
むっつりと黙り込んだダンにエミリアは一瞬真剣な顔になった。
「アリアさんにあんまり迷惑かけるものではないよ、ダニエル騎士団長」
「それについては返す言葉もない……」
ただでさえ生きているだけもでアリアには迷惑をかけているというのに。
今頃、アリアはダニエルからの暗号文を受け取っている頃だろう。
ウィーヴァー元隊長の代わりとなる隊長を、信頼できる人間から手配するよう頼んだわけだが、まさかその人物と合流する前にエミリアとこの町で再会しようとは。
「……エミリア副隊長、お前ほどの胆力のある女がいながら、何故、ウィーヴァーの横暴を許した？」
「数の暴力には勝てないさ。それにほら、女というだけで舐めてかかるやつは大勢いるからねえ」
「……まあ、そうか」
ダニエル騎士団長直属の部下のアリアですら女を理由に苦労が絶えないのをダニエルはよく知っていた。
叩きのめそうかと提案するダニエル騎士団長に対して、アリアはその都度、静かに結構ですと答えていたものだ。
「ところでエミリア、俺は今、王命でここにいる。俺がここにいることは秘密にしておいてほしい」
「ほう、もしや腐った騎士隊の視察を？ 騎士団長自ら？」
「…………まあ、そんなところだ」
「ふーん」
エミリアは明らかにダンの言葉を信じていなかったが、うなずいた。
「まあいいさ、それが本当でも嘘でも、あなたが騎士団長と知ってしまった以上、あなたからの命令は絶対になるものね。そして私はあなたの命令が……嫌いじゃなかった。今も昔も」
「そうだな。それは助かるよ」
少し意外に思いながら、ダンはうなずき続けた。
「それから、これは大事な情報で俺からもアリアに送るし、その上で君からも中央に通達しておいた方がいいと思うんだが……」
「盗賊団が南部暴動の主犯格グループと同じ刺青をしてること、だろう」
こともなげにエミリアはそう言った。ダンは驚いた。
「な、なんでそれを知って……」
「ずっと奴らに関してはウィーヴァーに隠れて監視はしていたんだ。斥候が見つけてきた刺青を王都にいる知人に送ったら南部暴動の話が出てきた」
「そうか、把握済みだったか……」
「うん、だからまあ、こっちのことは心配するな。どうにかしておく。あなたは……その訳の分からない状況をどうにかすることを考えたらどうかな？」
「……簡単にそうできたらいいんだけどな」
「ふむ？」
「どうにも投げ出せない理由があってな」
ダンの脳裏に浮かんでいたのは、ローザ姫の顔だった。
「…………まあ、王命なら深くは聞くまい。私は副隊長。ウィーヴァーの代わりが来るまでの隊長代行。それ以上の職務はない。訓練生は私の管轄外だね」
「それオリバー副隊長補佐にも言ってくれ……」
おかげでローザ姫を危険や無礼に晒す羽目になったのだから。
「ははは」
エミリアは笑って誤魔化した。
「それにしても……その腰の物、ハロルド教官の？ 予備の剣などいくらでもあるだろうに、それを預けるとは……ハロルド教官に気に入られているみたいじゃない」
「そう、かな……」
怪しまれているだけな気もする。
「ああ、そうだ、エミリア。元戦友のよしみで頼みたいことがひとつあるんだが」
「お、なんだいなんだい、珍しい。ダニエル隊長が、あの一人で調理以外のだいたいをこなすあなたが、人に戦略上の命令ではなく頼み事だなんて」
「ああ、いや、これはダニエル騎士団長としてではなくダンとしての望みだ。断りたけりゃ断ってもらって構わない。とはいえ簡単なことなんだが……」
続くダンの頼みにエミリアは一瞬きょとんとした後に、爆笑した。
「あははははは。そりゃあいい。本当に訓練生なんだな、ダニエル……いやダン」
エミリアは笑いながらダンの顔を真っ直ぐ見つめた。
「了解した。手配しよう」
「頼んだ」
そうしてダン訓練生はエミリア副隊長と別れ、訓練場への道を戻った。
