第2話 衝撃の出会い
一方のダンは騎士候補たちの手を借り、尻餅の体勢から復活するところだった。
「いやー恥ずかしい。恥ずかしい」
方々に頭を下げつつダンは騎士候補の輪に戻りながら、ちらりと試験官たちを見る。
この中でダンの実力を見抜きそうなのは試験官たちだ。しかし試験官はそれどころではなく、ダンがふっとばした布袋の代わりを準備するのに大わらわであった。
どうやら魔法の実力がバレてしまった様子はない。しかし試験官には悪いことをした。
手加減は、しようと思えば出来た。久しぶりの魔力解放にテンションが上がりすぎてしまった。
そう思いながらダンは他の騎士候補たちの試験を見守る。
(あー、こいつはなかなか魔力があるな。慎重を期して第五小節で唱えたんだろうが、第三小節でも戦力としては十分そうだ。ふむ、こいつは魔法はてんでダメだが足腰がしっかりしている。剣技に期待だな)
ひとりひとりを注視していると、ついつい昔のことを重ねてしまう。
(新兵教育に携わってた頃が懐かしいなあ……あれは八年くらい前か? これも自分の鍛錬になるからって隊の若手が駆り出されて……色んな奴がいたなあ。アリアもあの時の新兵の一人だったんだよなあ。懐かしい。いっそ戦場が無理なら新兵教育の現場に行くってのもありかもなあ……)
しみじみと思い出に浸っていると、その頃のアリアと同じくらいの年頃の少年に魔法試験の順番が回ってきていた。
「名前は!」
「ジョセフです!」
緊張に満ちた顔でジョセフ少年は答えた。
「よし行け!」
「はい!」
元気な返事だ。若いって良いねえ。ダンはジョセフ少年を見守る。
「四大精霊よ、目覚めたまえ。風の精よ、我に力を。空を切り、飛べ。対象を、吹き飛ばせ!」
第四小節詠唱。ジョセフの手の平に風の渦が生まれる。
「おお」
ダンは思わず感嘆の声を漏らす。
生まれた渦は進むにつれて大きくなっていき、的に到達する頃には人間を遙かに凌駕する大きさとなって、布袋を吹き飛ばした。破壊とまでは行かなかったが、的は大きく後ろに倒れた。
(第四小節を使っているとはいえこの威力、これはなかなか将来有望そうな少年じゃないか)
ジョセフは騎士候補たちに拍手で迎えられていた。ダンも合わせて拍手を送る。
さてお次はと見るとジョセフと同じくらいの年齢の少女がそこに居た。
「名前は!」
「ローザです!」
「よし行け!」
「は、はい!」
ローザ少女は人見知りでもするのだろうか、深くローブのフードを被ったまま、前に出た。
「お嬢様ガンバレー!」
ジョセフが声をかける。
(お嬢様? どこかの屋敷の主従で参加でもしたのか?)
貴族の三男坊四男坊が騎士になることはそう珍しくもないが、女子が騎士を目指すというのは珍しいことである。
貴族、あるいは商人か豪農の娘だろうか?
ローザの顔立ちからそれを探ろうとするが、やはりフードが邪魔でよく見えない。
ただその背は凛と伸びていた。
「四大精霊よ、目覚めたまえ。水の精よ、我に力を。冷やし、押し流せ!」
第三小節詠唱。ローザの手の平から水鉄砲のように水が発射される。しかし、その勢いは弱い。的に届くのがやっとだった。布袋がローザの水でかすかに濡れた。
(魔力と魔法能力のせめぎ合い……魔力的に第三小節が限界だが、それでは威力が出ない……剣を振るう力がありそうにも見えないし、騎士になるにはちょっとばかし難しそうなお嬢さんだな……)
ダンは少女の姿をジッと眺めていた。少女は結果にうなだれて逃げるように走り出した。
(だけど魔法能力も剣技も研鑽次第で高められる。本気で騎士になりたいのなら、ここで諦めるなよ、ローザお嬢さん)
心の中でエールを送り、ダンは騎士候補たちの様子を再び見ようとした。
しかし目の前を走り抜けようとしたローザが自分の足につんのめってこけた。
「きゃあっ!」
「おおっと」
ダンはすかさずその体を抱き留める。
「大丈夫か? ローザ……さん……」
腕の中のローザを見て、ダンは衝撃のあまり絶句した。
「だ、大丈夫ですわ! 心配にはおよびません!」
ローザが転んだ拍子にフードが外れてしまった。豊かな金髪が覗き、顔が見えた。
「あ、ありがとうございます! このご恩は必ず何らかの形でお返ししますわ! ですから……あの……離していただけるかしら……? もう自分の足で立てますわよ……?」
ダンが固まっているのをローザは怪訝そうに見上げた。
「あ、ああ、これは失敬。あまりにも美しいお嬢さんだったので、つい」
「…………?!」
あまりのことに言葉をなくしたローザの顔が真っ赤に染まる。慌てて彼女はダンを振りほどくように走り去った。
ジョセフが彼女を迎え入れる。ジョセフがローザに何やら心配そうに話しかけているのを見ながら、ダンは呆然としていた。
(……どこかのお嬢様なんで、とんでもない、ありゃ……ローザ姫じゃないか!)
ダニエル騎士団長は王宮での防衛任務の際に、姫君の顔を見かけたことがあった。
(な、なんで姫様がこんなところに……?)
騎士団長は自分のことを棚に上げ驚愕した。