第19話 盗賊団制圧戦
一方その頃、ローザの心配とは裏腹に、ダンはふんふんと鼻歌を歌いながら、オリバー副隊長補佐の後ろを歩いていた。
「……おい、その不快な歌をやめろ」
「あ、はーい」
ダンは鼻歌をやめた。
ダンとオリバー副隊長補佐、そして食堂に来ていた騎士が二人、計四人はうっそうとした森の中にいる。
隊商が襲われたのとはまた違う森の中である。
隊商が襲われたのは町から見て、西側。騎士寮があるのは東側。そして彼らが今いるのは北側だった。
道はない。足場の悪い森の中を行く。しかしよくよく見ると獣道のようなものがある。
「盗賊団ってここらで何してんすかね、野営?」
「……斥候に出したやつによると、山小屋を建ててるらしい」
「めっちゃ住んでるじゃないっすか」
「ああ……ふざけた話だ」
オリバーは顔をしかめた。
その声からは盗賊団への本気の苛立ちが感じられる。
ダンは少し意外に思う。
「てっきりオリバー副隊長補佐は俺への嫌がらせだけでいやいや盗賊団の討伐に動かれたのかと!」
「素直がすぎないか、お前」
「俺のいちばんの取り柄ですね!」
「……盗賊団とウィーヴァー元隊長は裏で癒着していた」
「あれま」
「今まで放置していたのはそのせいだ……まあ思わぬ僥倖ってやつだな」
「どこまでも腐ってますねー」
とはいえオリバーはオリバーで訓練生を駆り出し、少女をからかい、怒りにまかせて剣を抜くような男だ。完全に信用できるわけもない。
「…………そうだな」
「ああ、そういえばそうだ。オリバー副隊長補佐、ウィーヴァー元隊長って本当に西の国境戦に参戦されていたんですか?」
「してたらあのお年でこんな田舎町の隊長で収まっていないだろう。あれで武功を上げた方々は大体中央か逆に国境に配備されているし、そうでなければ領地を与えられているだろう」
その通りだ。
ダンの戦友たちは王都か熾烈な国境、あるいは領地に配属されている。
北の国境の砦を建設しているもの。南部の暴動にも駆り出されていたもの。手隙になった領地を与えられたもの。
それぞれがそれぞれの責務を果たしている。
「ですよねー。いや、なんでそんな噂が立ってるのか不思議でして」
「……副隊長がそうだからだな。尾ひれがついた」
「ああ、オリバー副隊長補佐の直々の上司……へー、なんてお名前です?」
「エミリア副隊長だ」
「…………へえ」
ダンの顔は引きつったが、森の暗さでそれはオリバー副隊長補佐たちにはわからなかった。
エミリア、その名前は西の国境戦で確かに聞き覚えがあった。
いや、しかしだからといってそれが確実に本人と言うことはないだろう。
エミリアなんてそうそう珍しい名前でもない。
ないはずだが、オリバー副隊長補佐は嘘をついていなさそうだった。
副隊長がダンの知っているエミリアだとしたら。
(め、めんどくせえ! この状況であいつにだけは会いたくないぞ……!)
エミリアという女はダンにとってそういう女だった。
王都から少し遠いからというだけで、とんだ町を選んでしまったものである。
「……ほら、見えてきたぞ」
森の真ん中に、突然家が見えてきた。二階建て。木で作られているなかなかに立派な小屋。
「昼間は寝ているはずだ。できるだけ捕縛。激しく抵抗するのなら……殺してよし」
「はい」
オリバー副隊長補佐の言葉にダンたち三人はうなずいた。
「カールが扉を開き、続いてキドニアが突入、しんがりに俺が続く。ダンは外で待機。俺たちが討ち漏らした盗賊団を拘束してくれ」
「了解」
意外に前線には駆り出されなかった。
これならオリバー副隊長補佐たちに闇討ちされる危険性はなさそうである。
「突撃!」
カールと呼ばれた男が扉を開け放つ。
キドニアが続き、オリバー副隊長補佐も盗賊団のアジトに入っていった。
「さーて」
彼らを見送って、ダンは腰のハロルド教官から借りてきた剣に手を置く。
「どう転ぶかな」
怒号が飛ぶ。
魔法の余波だろう窓がふっとぶ。
ふっとんだ窓から盗賊らしき男が一人落ちてきた。
「おおっと……四大精霊よ、目覚めたまえ。風の精よ、我に力を」
ダンは詠唱を唱え、風が盗賊を受け止め、地面への激突を避ける。
「な、なんだ!?」
盗賊は喚きながら立ち上がり、ダンに気付いた。
「……騎士……見習い?」
「お、意外と学があるな」
盗賊はダンの胸章に目を留め、ダンの立ち位置に気付いた。
ダンは感心する。胸章だけで階級を判断するのはなかなかに難しいものだ。
「……どんな気まぐれで受け止めてくれたかはしらないが、怪我したくねえなら、そこをどけ、訓練生」
そう言いながら盗賊はズボンのポケットからナイフを取り出した。
「悪いが、逃がすわけには行かない」
ダンは剣を抜く。
「一応、騎士だからな!」
「そうか、じゃあ死ね!」
盗賊はナイフを振りかぶった。ダンはナイフにピンポイントで剣をぶつけ、弾いた。
「くっ……」
盗賊はナイフの行方を目で追いながら、叫んだ。
「火の精よ、我に力を!」
「おお」
盗賊が放ってきた魔法に一応驚いたものの、ダンはに生じたこぶし大の火の玉をすぐに避けた。
「安心して眠れ、峰打ちだ」
そう言いながら、ダンは剣を盗賊の胴に叩きつけた。
「ぐふっ……!」
盗賊が衝撃に倒れ伏す。
「やれやれ……ん」
倒れた盗賊の肩に刺青が入っていることにダンは気付いた。
「盗賊団のマーク……か?」
盗賊の腕を持ち上げたダンは驚愕した。
「おいおい……」
そのマークには見覚えがあった。
「……なんで南部暴動の主犯格グループのマークが」
騎士団長として報告を受けていたマークがそこにはあった。
南部暴動は、一部のごろつき、市民、そして正規の騎士までもが加担した大規模な暴動だった。
政府の施設が襲撃され、鎮圧するために王都から複数の隊を送り込まなければならなかった。
解決してからまだ一ヶ月と経っていない。
主犯格グループの残党がいる可能性が取り沙汰されているところであった。
しかしダンには悩む暇はなかった。
次々と盗賊たちが小屋から出てくる。しかも正面玄関ではない方から。
「……裏手には出さないでほしいんだけどなあ」
音を聞きつけてダンはぼやきながらも小屋の裏手に走った。
森の向こうに走り去ろうとする背中が見えた。
「四大精霊よ、目覚めたまえ。地の精よ、我に力を!」
逃げている男の付近の木が蠢き、枝が伸びて男を縛り上げた。
「うわあああ!?」
状況の理解できていない男の悲鳴が聞こえたが、ダンは無頓着にそのまま木の枝で男の体を締め上げた。
男ががくりとうなだれたのを確認する。
そして振り向きざまに回し蹴りを入れる。
背後に忍び寄っていたいた盗賊の腹に綺麗に足が決まった。
「ぐあっ!」
食らったその一発で敵は即座にノビた。
「ふー」
瞬く間に二人を片付け、一息ついたダンの頭が、思いっきり後ろから殴られた。
「いてぇっ!」
この感触は木の棒か何かだ。
そう思いながら、前のめりに倒れ、即座に地面で転がる。
上を向けば棍棒を構えた盗賊がいた。
「うらっ!」
足を蹴り上げ、顎を狙う。
反撃がすぐ来るとは思っていなかったのだろう。
油断しきった盗賊の顎をダンの足先は綺麗に捉えた。
盗賊が倒れ伏す。
その首筋にはやはり刺青があった。
「ったく……いてて、血出てる、これ」
後頭部を擦ると血が手にべったりついていた。
「光魔法は履修してないんだよな……」
魔法は主に四大属性だが、特殊属性として光魔法と闇魔法がある。
光魔法は治癒魔法で、騎士団でも重宝されている。
アリアはこれが使える。西の国境戦ではよく世話になったものだ。
アリアレベルになると千切れかけた腕くらいなら、繋ぎ止めることができる。
闇魔法についてはダンはよく知らない。使い手に会ったこともない。
「さて……」
血をそのままにして、ダンはフラフラと小屋の周りを歩き、敵を探し出した。