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第18話 当惑

 騒動から数分後。


「あ、あの、ダンさん。殴っちゃってごめんなさい」

「ん? ああ、どうってことない。平気だよ、このくらい」


 ジョセフが向かいで昼食を食べながら頭を下げてきた。

 ダンは軽く手を振る。頬はもう痛みすらない。

 この程度の暴力沙汰は騎士をやっていれば日常茶飯事である。


「気持ちはわかるしな。むしろ俺があいつを殴ってやればよかった」

「……そんな相手にどうして協力を?」


 あの後、ハロルド教官はダンの嘆願を前に折れた。ダンは午後からオリバー副隊長補佐に付き従って盗賊団の討伐に向かうことになっていた。


「あいつに協力するんじゃない。盗賊団をやっつけるだけだ。……ここら辺、多いの? 盗賊」


 斜め向かいに座っているアベルにダンは尋ねた。


「……多い、四方が森だし、隊商がよく襲われたり……牧場の動物がさらわれたりしている」


 アベルは顔をしかめながら、そう言った。その横でベンジャミンも大きくうなずいていた。


「……ベンジャミンの親父さん、盗賊団に殺されたんだ」


 アベルが沈痛な面持ちでそう言った。


「そう、だったのか」

「昔の話だよ」


 ベンジャミンは寂しげに笑った。


「……父さんが生きて騎士をしてた頃は、少なくともこんなんじゃなかったと思うんだけどな……それともあれは単なる身内のひいき目だったのかな……」


 ベンジャミンは力なくそう言った。


「……ウィーヴァー元隊長がここに来たのってせいぜい二年前だろう?」


 西の国境戦で武功を上げたと言っているのなら、そうなる。


「うん、父さんが死んだのはその直前だ。盗賊団の討伐に当たって……神の国へ馬に乗っていった」

「たかが二年で、ずいぶんと腐ったもんだな……」


 ダンは顔をしかめた。

 二年前の国境戦を制したあと、ダニエル騎士団長の就任に伴い、国内では大きな配置換えがあった。

 この町はその犠牲者ということになる。


「……しかし、あいつら、どうしてまたダンを」


 フレッドがダンの隣で顔をしかめた。


「何かする気に決まってますわ」


 ジョセフの隣でローザが憤った。


「どう見ても敵愾心たっぷりだったじゃありませんの」

「まあまあ」


 ダンはローザをなだめた。


「あなたねえ……」

「それより、ご自分に言われたことには怒らないので? ローザお嬢様」

「それはジョセフが怒ってくれたからよいのです」


 ローザはきっぱりとそう言った。

 ローザは姫としてそういう教育をされてきている。たとえいかに自分を侮辱されようと、それに直接的に怒りを表現するというのは姫のやることではない。

 無辜の民相手なら大きな心で許すべきであり、ある程度の階級の者が相手でも、直接は怒ってはいけない。


「ですが、目の前で不正や横紙破りが行われるのは看過できません」

「そうですか」

「……なんですか」

「いえいえ」


 ダンは微笑んだ。


「まあ、なんとかなりますって」


 俺は騎士団長ですから、その言葉を飲み込んで、ダンは昼食を完食し、立ち上がった。




 午後、魔法の訓練場。ローザはハロルド教官に詰め寄った。


「ハロルド教官! どうしてダンを行かせてしまったのです!」

「…………魔法の訓練に集中しろ、ローザ訓練生」

「……か、かくなる上は……」


 もはや自分の身分を明かすしかないのだろうか。


「お嬢様! お嬢様!」

「あ、こら、ジョセフ!」


 ジョセフがそんなローザを引きずってハロルド教官から遠ざかる。


「駄目ですよ! 今、自分の身分を明かそうとしましたね!?」

「す、鋭いわね……」

「姫様のやりそうなことはわかりますよ……」


 ヒソヒソとふたりは言葉を交わす。


 ハロルド教官は少しそちらを眺めたが、叱りつけるのはやめておいた。

 ハロルド教官の腰には今、剣はない。盗賊団の討伐に向かうダンへ渡してしまった。

 ウィーヴァー元隊長からもらったとかいう剣の手入れが間に合えばよかったのだが、昨日の今日では間に合わなかった。


「ふう……」


 ハロルド教官自身、自分がどうしてダンを行かせてしまったのかという気持ちはあった。

 しかし、ダンがただ者でないことはわかっている。

 だとしたら、危険だろうと自由にさせてみるのも一つの手かも知れないと考えた。


(これでダンが死体で帰ってきたら俺の責任問題だな……)


 しかし奇妙なことにハロルド教官はダンが死体で帰ってくるとは少しも思えなかった。


(あいつにはそう思わせる何かがある……どこか、懐かしさを感じる)


 ハロルド教官はそこで思考を切り替え、訓練の監督に集中力を向けた。




 一方、ローザとジョセフはひそひそと言葉を交わし合っていた。


「……だいたいダンのこと姫様は他国のスパイだと疑っているんでしょう。だったら……危険な任務で死んでもいいじゃないですか」

「……そ、それはそうかもしれないけれど……いえ、駄目よ。スパイは死ぬより生かした方が情報価値があるわ」

「こういう変なところすごい現実的ですよね、姫様……」

「そ、それにほら、オリバーたちがダンにやられるかもしれないじゃない!」

「それをするつもりなら……食堂でやっていたのでは?」


 オリバーに剣を抜かれたあれは正当防衛が主張できる状況だったように思う。


「……だ、だいたいこうなったのもあなたが悪いのでしょう、ジョセフ」

「……それに関しては返す言葉もありませんが……」


 ジョセフは見るからに落ち込んだ。


「あ、いや、責めたいわけじゃないのよ。怒ってないわ。……私のために怒ってくれてありがとうね」

「いえ……大丈夫ですよ。あいつが本物の凄腕スパイなら、生きて帰ってきますよ」

「……だといいのだけど」


 ローザは小さくため息をつき、そんなローザを見てジョセフもため息をついた。

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