第16話 魔法の実力
「はあ……」
「はい、お嬢様、水を拭いてください」
水を一番被ったのはローザ自身だった。ジョセフは懐からハンカチを取り出してローザに手渡した。
「ありがとう……あ、ダンが訓練に向かうわ!」
「あはは……まあ、魔法の訓練でスパイも何もないのでは?」
ローザが頭を拭きながら、ダンの一挙手一投足を見守るのを、ジョセフは複雑な顔で見守っていた。
「ダン、お前は……暴発が本当なら、この魔力量で魔法をものにするには魔法技量を磨く必要がある」
「は、はい!」
嘘である。
ダンの魔法技量は最高練度だ。少ない魔力量でも十二分に火力を発揮することができる。
ハロルド教官は疑わしげな目でダンを見た。
「……魔法技量を磨くには鍛錬あるのみだが……お前も魔法で遊んでこなかった口か?」
「遊びはしていましたが……」
ダンは必死に言い訳を考える。
「俺は……ええと……どうも大雑把みたいでして……」
「……では、第一小節詠唱、水の魔法で的に届くことを目標にしろ。お前の魔力量に普通の魔法技量ではこの距離を届かせることは……できないはずだ」
「はい!」
(めっちゃ疑われてる……まあ、あれはしょうがないよな……)
しかもここにはハロルド教官と訓練生のみならず、魔法騎士の目もあるのだ。下手なことはできない。
(ええと、魔力出力をなるべく抑えて……)
魔法技量は磨いてしまえばなかなかごまかすことはできない。
使っていないと衰えることはあるが、ダンは訓練を欠かしてはいなかった。
忙しい書類業務の合間を縫って魔法の訓練にも剣の訓練にも時間を費やしてきた。
となれば、コントロールできるのは魔力量である。
(ああもう、しち面倒くさい! やっぱ、試験の時に俺、魔法の天才でしたーってやっとけばよかった!)
そう悔やみながら、的に手をかざした。
「火の精よ、我に力を」
シンプルな第一小節詠唱。
ダンの指先から小さな火の玉がポンと現れ、そして数メートル浮遊すると落下した。
「……難しいっすね!」
「……そのようだな」
あっけらかんと笑ったダンに、ハロルド教官が呆れたようにため息をついた。
それをローザとジョセフは見ていた。
「……しょぼい」
ローザはきっぱりと断じた。
「……や、やっぱりあいつがすごいやつだったなんて……偶然だったんじゃ」
「それはありえません。あの時の……試験の時の魔法能力は専門職の魔法騎士と比べても遜色ないものでした。今がごまかしているのでしょう」
ローザは冷静だった。
「…………そう、ですかねえ」
「そうですよ」
ふたりがそう囁きあっていると、ハロルド教官から大声が飛んで来た。
「おい、ジョセフ! 次はお前だ!」
「あ、は、はい! いってきます」
ジョセフはローザがうなずくのを確認すると、転がるようにハロルド教官の元へと駆けていった。
「ジョセフ! お前は魔力量は十分だ! 短い詠唱で威力を出せるよう技量を磨いていけ!」
「は、はい!」
「第三小節詠唱で試験時くらいの魔法が使えるようになるのを目標としろ!」
「わかりました!」
ジョセフは布袋に向き合い、手をかざした。
「四大精霊よ、目覚めたまえ。風の精よ、我に力を。空を切り、飛べ!」
風が吹きすさぶ。布袋へ真っ直ぐと風は飛び、的にぶち当たった。
試験時同様、倒れるまでは行かないが、布袋がガタガタと揺れる。
「うん、その調子だ!」
「はい!」
そんなジョセフをローザはどこか誇らしげに見守っていた。
「訓練はここまで! 昼食に移れ!」
ハロルド教官の号令に、訓練生の間に一気に弛緩した空気が流れた。
「午後は午前の様子から判定した魔法技量を元にチームを分けるので、そのつもりで!」
「はい!」
ワイワイとざわめきながら訓練生は食堂への道を戻る。
「ふー、骨が折れた」
いつの間にやらダンの隣にはフレッドが来ていた。
「わかっちゃいたけど、俺、魔力量最下位だったよ」
笑ってこそいたが、ダンの目にはフレッドは少し落ち込んでいるようにも見えた。
「お疲れさん」
ダンは気楽に声をかけた。
「魔法技量もまあ大したことなさそうだし……馬にも乗れねーし、剣技に賭けるしかないなあ」
「そういや、昨日の午前中は剣技だったな。どうだった?」
「お前の剣は重すぎて他の訓練生には荷が重いからって、ハロルド教官が相手してくれたよ。突きって怖いな」
フレッドの感想は端的だったが、ダンにはその気持ちがよくわかった。
何しろ自身もハロルド教官の突きに襲われた身である。
しかし、ハロルド教官直々に相手をしたということは、単純に相手がいなかったというのもあるだろうが、それだけ期待されているということでもあるだろう。
誇っていいはずだ。それをフレッドに伝えてやりながら、ダンは調理場への道を行った。