第13話 訓練生寮への帰還
ダンが訓練生寮に戻ると、ハロルド教官とローザ、ベンジャミン、リリィも戻ってきていた。ダンの姿を認めると一斉にほっとした顔になった。
「ダン!」
「よかった!」
「怪我はありませんこと?」
ローザが心底心配そうに尋ねた。
「ああ、無傷だ。ピンピンしてる」
ダンは力こぶを作って見せた。
「ダン、それはなんだ」
ローザたちのそばにいたハロルド教官がダンが手に持つ剣に目を向けた。
「あー……」
思わず拾い上げていたウィーヴァーの剣が手元にあった。
どうせ隊長でなくなった以上、ウィーヴァーが使うならこの剣のデザインは変えなくてはいけないし、恐らく使い古しのそれも床に投げ捨てまでした剣などウィーヴァーももう使う気もないだろう。
そもそも彼が騎士団員でいられるかも怪しい。
「えーっと、ウィーヴァー隊長からご褒美にいただきました」
「…………」
ハロルド教官は沈黙した。ウィーヴァーはそういうことをするほど気前の良い男ではない。ハロルド教官はそれをよく知っていた。
「……訓練生が真剣を使うのはまだ先だ。預かっておいていいかな?」
「はい、もちろん」
ダンは惜しむ様子もなく鞘に収まった剣をハロルド教官に手渡した。ハロルド教官はしみじみと鞘の外側から剣を眺めた。
「うん、いい細工じゃないか。手放すのも腐らせておくのも惜しい……」
しばし、ためつすがめつしてから、ハロルド教官はまたダンに向き合った。
「さて、これからの話をするぞ、ダン。今日のことは人命を救ったお手柄ということもあり、罰則はつけんが称賛もしない。いいな?」
「はい」
「分不相応の振る舞いは死を招くかも知れない危険な行為だ。それは忘れるな。お前は強いのだろうが……あまりそれに驕るな」
「分かりました!」
「……素直だな、いいことだ。少しはふてくされるかと思ったぞ。さあて、ローザ、リリィ、ベンジャミン、お前たちもそれぞれの領分でよくがんばった。小麦と牛乳がまだだが、さすがに持ってきてもらえるよう手配した。昼の準備に入るが良い」
「はい!」
四人は声を揃えると、食堂へ向かった。
ハロルド教官はそれを見送ってから、ウィーヴァーの剣を鞘から引き抜いた。
「……ふむ」
拭い去ってはあるが、血と脂の痕がある。手入れは必要だろう。自分の裁量で町の鍛冶屋に出しておこう。
軽く振る。普通だ。装飾は過多だが、普通の剣だ。普通に良い剣だ。特別な魔力が付与されているわけでもない。
「これで魔犬を切り払ったと隊商からは聞いたが……いや、ダンなら出来る、か……」
ハロルド教官は自分とダンの手合わせを思い出す。
「妙な男だ、まったく……いったいここまでどうして埋もれていたんだ……それか……」
ブツブツと呟きながら、ハロルド教官は剣を鞘に戻すと、指導教官室へと戻っていった。
「それにしてもダン、よくローザが馬に乗れるって分かったな?」
「え、あ、ああ、身のこなしが……なんとなくな!」
ベンジャミンの言葉にダンは冷や汗をかきながら答える。まさかこの国の姫様だからな、とは言えない。
ベンジャミンの左手には包帯が巻かれていた。隊商の人々の手当の最中についでに手当てしてもらったのだという。
「ローザちゃん、帰りの荷馬車も手綱を取ってくれたのよ。すごかったわ。豪商の子で荷馬車を扱い慣れているとか?」
「そ、そんなところでしてよ!」
ローザは引きつった笑みを浮かべる。まさかこの国の姫ですから、とは言えない。
「お嬢様ー!」
そしてたどり着いた食堂の入り口から元気に転がり駆けてくる少年が一人、ジョセフだった。
「ごごごご、ご無事で何よりです!」
「まあ、ジョセフったら、危険なんて私にはなかったわよ」
「ええ……でも、びっくりしましたよ、急に馬に乗って帰ってきたと思ったら、ウィーヴァー隊を率いてとんぼ返りしちゃうんですもん」
「私が率いたのではなくハロルド教官の指示でしてよ。それに私に援軍を命じたのだってダンですもの」
ローザは殊勝にそう言った。
「結局、魔犬だって援軍が間に合う前にダンがひとりで片付けてしまったようですし……」
何も出来なかった自分を恥じるようにローザがうつむいた。
「いやいや、ローザが援軍を呼んでくれてるとわかっていたから、俺は全力で、後顧の憂いなく戦えたのさ」
ダンの言葉にローザは少し顔を赤らめた。
「褒めても何も出ませんことよ」
「…………」
そんなローザの照れた顔を眺めながら、ジョセフがあいまいに沈黙した。
「さて、昼の準備だ。頑張ろうか」
ベンジャミンがそう言って笑った。
「私達が用意した食材だものね!」
リリィも元気にそう言った。
昼食の準備でも、ダンとローザは皿を数える場所に配置された。