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第12話 騎士団長からの処断

 隊商が森を抜け、町の入り口に到着すると、武装した騎士団がちょうどそこに到着したばかりだった。

 ダンは同期たちを探す。

 リリィとベンジャミンが怪我の手当に奔走している。

 ローザは馬の間を練って馬をなだめていた。ローザが首の辺りを撫でると、興奮状態の馬がすぐに落ち着いていく。


「……ダン!」


 ローザがダンと隊商に気付いて声を上げる。


「ああ、よかった……」


 武装した騎士団の中にはハロルド教官もいた。


「ああ、ダン……無事、か」


 さすがのハロルド教官も安堵より先に面食らっていた。


「いやあ、運が良かったです!」


 ダンは快活に笑って見せた。


「またあの極大火の玉が使えましてね! 死骸の火葬まできちんとやっておきましたとも! 焼け跡が残ってるんじゃないかな?」

「そうか……」


 ハロルド教官はほっとした顔をした。


「ほほう、ハロルド殿、これが新入りですか? いやあ、我々出る幕がありませんでしたなあ!」


 そんなハロルド教官に横から声を書ける男が一人。胸元の勲章が隊長であることを示していた。


「…………」


 恐らくコイツがウィーヴァー隊長だろう。ダンはウィーヴァーの顔を穿つように見た。まだ三十代後半といったところか。

 やはりその顔に覚えはない。西の国境戦で活躍した者なら、ダニエル騎士団長の記憶に残っていないわけがない。

 たとえ最初に会ったときにはもう死体になっていようと、いっしょに戦った仲間のことをダンは覚えている。


「……もしやあなたがウィーヴァー隊長?」


 ダンは静かに声をかける。


「おや、私のことを知っているとは。新入りなのに感心感心」


 ウィーヴァー隊長は満足そうにうなずいた。


「あの、ええと、魔犬についての報告をぜひにしたいのですが」

「そうだな、聞いてやろう。ハロルド殿、新入りを借りていきますが、よろしいか?」

「…………」


 ハロルド教官は心配そうにダンの顔を見る。ダンは自信たっぷりにうなずいてみせる。


「……いいだろう」


 ハロルド教官はうなずいた。




 ダンは自分が乗っていた馬を訓練生用の荷馬車に戻す。


「おーい、誰かコイツに馬を貸してやれ」


 ウィーヴァー隊長の声かけに渋々という感じでウィーヴァー隊の一番若い騎士が馬から下りた。

 その馬を預かって、ダンはウィーヴァー隊長と連れ立って詰め所までの道を戻った。




「ほら、入りたまえ。いやあ、感心な新入りだ」


 ダニエルは隊長室をボンヤリと眺める。そう広くはないが、贅を尽くしている。

 勧められたソファの座り心地は王の居室にあるものと比べても遜色ない座り心地だし、カーテンの刺繍は細かく、金糸で出来ている。

 贅沢をしている。一目でよくわかる。まあ、それに関しては騎士団長の自分がとやかく言えた義理ではないが。


「……ウィーヴァー隊長」


 ダニエルの声はずいぶんと低かった。ウィーヴァー隊長は怪訝そうな顔をする。


「ん、どうしたね、ええと、名前をまだ聞いていなかったか」

「自分の名前はダニエル」

「ほう、騎士団長と同じ名前か、それはまたあやかりたいものだな?」

「そう、テラメリタ王国の騎士団長だ」

「……はあ?」


 名前にかこつけた冗談だと思ったようで、ウィーヴァー隊長はあいまいな笑みを浮かべた。


「ああ、そうだ、これ、お返ししますね」


 ダニエルは剣を鞘ごと腰から引き抜き、ウィーヴァーに手渡した。


「何を……? これは! 俺が注文した剣じゃないか!」


 鞘に収まっていても明らかに使用した痕の残る剣を受け取ると、ウィーヴァー隊長は一瞬で青筋を立てた。


「すみません、魔犬を退治するにはどうしても必要でして」

「貴様ぁ……! いや、隊商の連中だ! あいつらが悪い! 商品管理もきちんとできないようなやつら……! 通行料の引き上げを検討してやる……!」


 剣を床にたたきつけながら、ウィーヴァーはブツブツと恨み言を吐いた。大きな音を立てて転がる剣を、労るようにダニエルは取り上げた。


「……彼らも身を守るのに必死だったのですよ。それに、彼らの商品管理の不備を責める前に、あなたの不備を私は責めたい」

「何? 責める? お前が? 俺を? 何様のつもりだ?」


 怒りが収まらないウィーヴァー隊長は早口で威圧するようにそう言った。ダンはそれを淡々と受け流す。


「周囲の森の警邏(けいら)はあなた方、騎士隊の仕事のはずだ。それを……どれだけサボっていたのか、いや、まったく嘆かわしい」


 ダニエルは大きく手を広げて頭を振った。


「いえね、少しくらい態度が大きいとか? 虚言を振りかざすとか? 市民に嫌われているとか? そのくらいならまあ見逃してもよかったのですよ。俺だって暇じゃないんです。しかし実害があることとなれば話は別だ」


 ダニエルの目に厳しい光が宿る。新入り騎士とは思えない眼光に、ウィーヴァー隊長は思わず身をこわばらせた。


「あなた方の怠慢で尊き人命が何人奪われるところだったか。俺がいなければ隊商の何人かは間違いなく死んでいたのです。あなたの剣だってそもそも無事に届いたかどうか」

「…………それを、断罪すると? お前が?」

「はい」


 ウィーヴァー隊長は不気味なものを見る目でダニエルを見た。こいつは頭がどうかしている。そういう目をしていた。ダニエルはその視線を気にせずに人差し指をウィーヴァー隊長の胸元に向けた。


「火の精よ、我に力を」

「うわっ!?」


 ウィーヴァー隊長の胸元が、いや、胸元の勲章が燃え上がった。


「ば、馬鹿な! 陛下から下賜された俺の隊長勲章が!?」

「これでお分かりいただけたのではないかと思うのですが?」


 隊長勲章を剥奪する権利を持つのは、騎士団長、国王、そして軍法裁判所だ。目の前のダニエルは国王より若いし、裁判には手続きが要る。そうとなれば、消去法。目の前のダニエルの正体は、間違いなく。


「ダニエル……騎士団長……?」


 ウィーヴァーは信じられないという目でダニエルの様子をうかがった。言われてみれば黒髪黒目は噂に聞くダニエル騎士団長の特徴と合致しているし、年齢も近いように見える。


「ええ、そう言ったはずです。さて、ウィーヴァー、君の隊長の任を解く。どこからやり直しになるかは……まあ、うちの副官の裁量に任せましょう。そして私がここにいることは他言無用です。私は今、陛下の命令を直々に受けてここにいるのです。私の居場所を他人にバラすことは陛下にたてつくことになりますので、ご承知を」

「うう……ぐぐぐ……」


 ウィーヴァーは顔を青くしたり赤くしたりしていたが、深くため息をついた。


「…………」


 がっくりとうなだれたウィーヴァーにダニエルは言葉を続けた。


「だからそうですね、隊長に関しては辞任と言うことにしておいてください。森の警邏を怠って犠牲者を出しかねなかった自責の念がどうのこうのということで」


 そう言い終え、ウィーヴァーに背を向け、ダニエルは隊長室を後にした。


「ふー。アリアに早馬を出さないとなあ」


 ことの子細をしたためるために、ダニエルは暗号表を頭に思い浮かべた。暗号文を書くのはダニエルがとても苦手なことの一つだった。

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