世界を変える力
俺は暗闇の中にいた。不思議な夢の世界。俺はそこにいた。
子供の頃に助けられなかったシモンがそこにいた。そして助けようとした男性も。お互いに抱きしめあって黒焦げになった姿で。
俺は俺の人生を捻じ曲げたこの日を忘れることが出来なかった。穏やかな日常が実はつかの間の夢だと分からされたあの日のことを。俺たちは本当は理不尽な殺し合いの世界にいるのだと思い知らされたあの日を。
俺はシモンの死に報いることが出来ただろうか。彼の勇気と思いやりを受け取ることが出来ただろうか。
もう誰にもこんな思いはさせたくない! と。そしてこれから起こる全ての悲劇を防ぎたいと思った。その誓いを果たせただろうか。自分を誤魔化しながらも燻っていた思いを果たすことが出来ただろうか。
俺はパチリと目が覚める。
「ここは……どこだ……」
俺は天井を見る。全然知らない家だ。するとカチャリと誰かが部屋に入ってきた。女性だ。俺の視界には女性の姿が入る。
「大丈夫ですか? 英雄さま」
とその女性は俺に微笑みかける。
「ここは……どこですか?」
俺は聞く。
「ここはあなたが守ってくれたモントバーンの街です。その貧民街です」
とその女性は答えた。
「あ……この街から逃げてください。またブラックドラゴンが襲ってくるかも知れませんから」
俺はその女性に言う。
「逃げられないんです。私たちは」
とその女性は言った。
「えっ?」
「私はサシャって言います。ここは私の家です。お名前は? 英雄さま」
たサシャが俺に微笑みかける。
「アーサーです」
「アーサー様。ありがとうございます。ドラゴンを倒してこの街を救ってくれて。私は見てましたよ。ドラゴンに囲まれて攻撃されているのを。そしてドラゴンを倒したアーサーさまを。遠かったですがよく見えましたよ。カッコ良かったです」
サシャが言う。
「そうですか……」
俺は照れる。
「サシャ。さっき言ってた逃げられないってどういうこと? またドラゴンが襲ってくるかも知れないから早く逃げた方がいい」
するとサシャは暗い顔でうつむいた。
「どうしたの? なにか理由でもあるの?」
「実は私たち生贄なんです」
サシャは言う。
「生贄?」
「そうです……この街は一級市民と二級市民と三級市民に分かれていて……この街から逃げるのが許されているのは一級市民だけなんです」
サシャは暗い顔だ。
「えっ? どういうこと?」
俺は聞いた。
「私たちは一級市民が逃げ延びるまでの時間稼ぎの道具なんです。なにも役に立たない市民だから守る必要がないって……この街に閉じ込められてるんです」
サシャは言う。
俺は絶句した。なんなんだそれは……初耳だ。
「えっ? それじゃ……サシャは……」
「怖い兵士さんたちがずっと見張ってて。ここから逃げ出したら殺すぞって」
サシャが悲しそうに笑う。
そんな……人が人を生贄にするなんて……自分たちの幸福のために……
「私たちも分かってます。私たちはこの街にいらない存在だって。だから仕方ないんです。私たちが役に立つ方法はこれしかないんです」
サシャは言う。
「……」
俺は無言になる。
「だからアーサーさんがドラゴンを倒してくれたのが嬉しくて。あぁ。このまま殺されるんだなって思っていたから。それにアーサーさんが倒したあのドラゴン。全部一級市民の住宅街に落ちたんですよ。それがおかしくて。なんかアーサーさんがやり返してくれたみたいで」
サシャは笑う。
そうか……俺が撃墜したドラゴンによる被害は建物だけらしい。
「だから。ありがとうございます。アーサーさん。アーサーさんは私たちの英雄なんです」
サシャは言う。
「……」
俺は言葉が出てこない。自分が死にたくないから必死で戦っていたが誰かに感謝されることになるとは。
「ご飯を作りますね。私にはドラゴンを倒すだけの力がありませんから。でも私が作るご飯をアーサーさんが食べてくれたら、ドラゴンを倒す手助けをしたことになります。これが私の戦いなんです」
とサシャが笑う。
「!?」
なんだか外が騒がしい。
「なんだありゃ……」
「ドラゴンの群れ……」
「多すぎる……」
「騒がしいですね。一体なにが……」
サシャが言う。
「見に行こう!」
気になった俺は靴を履き外に飛び出した。俺に釣られてサシャも飛び出す!
そして遠くの空が見える高台まで歩いた。
すると遠くの空に巨大な黒い雲が浮かんでいるのが見えた! え? いや、違う! あれは雲じゃない! ドラゴンの群れだ! 巨大な黒い雲と間違えるほどのドラゴンの群れだった。
「うそ……あ……あれが全部……ドラゴン……うそ……」
サシャが怯えている。ドラゴンの群れはこっちに向かって来ていた。
「倒してくるよ。あいつら全部」
俺は言う。
「えっ? 無理だよ! アーサー! あんな数! 逃げて!」
サシャは叫んだ。
「サシャ。大丈夫だ」
俺はサシャに言う。
「無理だよ!」
「サシャ。出来るんだよ。俺になら」
「えっ?」
サシャは震えながら俺を見る。
「サシャ。俺は今まで自分のことを運命に流されるだけの存在だと思っていた。自分はちっぽけな存在だと。自分にはこの世界を変える力はないと」
俺は言う。
サシャは俺を見つめている。
「そうやって自分を偽りながら生きてきた。自分は無力だと思って生きてきた。自分の心を蔑ろにして他の人の正しさに従ってきた」
俺は言う。
「アーサーさん……」
「来た! 偉大なるドラゴンが我々を浄化しに! 我々はここから逃げてはいけない! 我々は聖なる供物なのだ!」
遠くでドラゴン教団のドラゴンプリーストが叫ぶのが聞こえる。
「でも駄目なんだ。どうやったって自分の心には嘘をつけない。俺はサシャに死んで欲しく無いんだ。ベッドも使わせて貰ったしね」
俺はサシャに微笑みかける。
「アーサー……」
「誰かの正しさより、俺は自分の怒りを信じる。誰かを犠牲にするのが正しさなら、俺は理不尽に誰かを助ける。サシャ。ご飯を作って待っててくれ。その前に世界を救ってくるよ」
俺は走り出した。
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