決戦前夜
「我々はこれから攻勢に転じる!」
リザードマンの男、タージ・ハーが壇上より集まった多くのクランの冒険者に向かってそう叫んだ。
「このモントバーンの街から東に行ったヴァロンドの遺跡にブラックドラゴンを産み育てるマザーが住み着いている。そのヴァロンドの遺跡は言わばドラゴンの兵士生産工場だな。そこを潰さなければこの街に未来はない。その心臓部であるマザーを倒すんだ」
『鉄皮の騎士団』の団長であるタージ・ハーはそう言う。タージ・ハーはいわゆるリザードマンだ。大柄で知能があり二本足で歩くいわゆるトカゲ種だ。
俺たちはモントバーンの冒険者ギルドに来ていた。多くの冒険者のクランの人々が集まっていた。その中でリーダーとして壇上の上で演説をしているのがリザードマンのタージ・ハーだった。
俺たち『白銀の翼』のメンバーたちは座ってその演説を聞いていた。
「我々は調査団をその遺跡に派遣した。すると多くの卵が孵化寸前だと分かった。数にして数百! これら全てのドラゴンの卵が孵化したらこの街は一瞬にして滅ぼされる。我々はこの卵が孵化する前に卵を全て破壊しなければならない」
タージ・ハーが言う。
すると冒険者たちからどよめきが起こった。
「数百……そんなに……」
「そんなのが街に来たらひとたまりも……」
「そこで役割分担をしたい。まずドラゴンを討伐するチーム。そして街を守るチーム。この2つに分けたい。そして討伐チームには兵力を集中させる。その分街を守るチームが手薄になる。が、ここで攻勢に転じないとジリ貧だ。ドラゴンの卵が孵化したら街の防衛どころではなくなる」
ザワつく聴衆。
「まず! 討伐チームがやるべきことは3つだ。まずマザーの破壊。全ての元凶を打ち倒す。討伐チームには最強の盾である【聖女】エリスさんが入る」
タージ・ ハーがそう言うとパラパラと拍手が起こった。エリスはその拍手に答えて立って会釈をする。
「そして若いドラゴンたちの討伐だ。数十匹の成長したドラゴンがヴァロンドの遺跡にいる。それを討伐する。これは討伐メンバー総出で行う。最後にまだ孵化していないドラゴンの卵の破壊だ。ここまででなにか質問はあるか?」
タージ・ハーが言う。すると一人の人間の男が手を上げた。
「なぁ。そのドラゴンの卵はいつ孵るんだ?」
男は不安げだ。
「おそらく2〜3日ほどして卵が全て割れ孵るだろう」
タージ・ハーが言う。
「そんな! もうすぐじゃないか!」
「そんなギリギリな……」
「他の街から応援も呼びに行けないじゃないか!」
「この作戦は速さが全ての鍵だ。ドラゴンは早朝から狩に出かける。帰ってくるのは昼過ぎだ。残るのは少数のドラゴンとドラゴンマザー。そして卵だけになる。そこを急襲する。狩に出かけたドラゴンが戻ってくるまえに、残ったドラゴンとマザー。そして卵を全て破壊する」タージ・ハーが言うと周囲がざわついた。
「数時間でドラゴンマザーを倒せるのか?」
「お前ドラゴンマザーって知っていか? 普通のブラックドラゴンよりも数倍デカいやつだぜ。それを……」
「もちろんこの作戦は決死の作戦だ。全ての人間が生きて帰ることは出来ないだろう。だがこれを達成したクランには報奨金二千万クローネとこのモントバーンの街の一等地が報奨として与えられる!」
タージ・ハーが言う。
するとまたどよめきが起こった。
「一等地だってよ! ここで商売を始めたら自分の孫やその孫まで贅沢させられるぞ!」
「二千万クローネって言ったら一生……いや何生でも遊んで暮らせるぞ!!」
口々に男たちは言う。
「そしてこのモントバーンの街を守るグループがやるべきことは二つだ。街を襲ってきたドラゴンの討伐とそして町の人々の速やかな避難誘導だ」
タージ・ハーが言う。
「避難誘導って国王が命令したら国民なんて勝手に避難するんじゃ……」
冒険者の一人がタージ・ハーにそう言う。
「そんなに簡単なものじゃない」
タージ・ハーは思い悩むように言った。
◇
ここはモントバーンの街の広場。ある団体が大声を上げていた。
「決して街から逃げてはいけません! ドラゴンは私たちを襲いません! 国王や衛兵。そして雇われた冒険者ギルドの連中は嘘をついています!」
プラカードを掲げながらその団体の男性は大声を上げた。
「ドラゴンは我々に警告をしているのです。今の信仰心を失った我々に! もう一度信仰心を取り戻させようと! 自分たちの罪から逃げてはいけません! それに国王は嘘の恐怖を広めて我々を我々自身の土地から追い出すつもりです! そして土地を奪い自分の物にして、それで土地も財産も失った我々を奴隷のように扱うつもりなのです!」
どよめく観衆。
「そんなことが……」
「いや昔似たようなことが……緊急事態だからと言って財産を没収されたことが……」
「あの緊急事態は嘘だったんだよな……確か。恐怖で煽って土地も財産も手放させた。命が大事だからってみんな手放したんだ。だけど……」
観衆は口々に言う。
「繰り返します! 街から逃げてはいけません! 街を逃げ出したら家は兵士たちによって焼かれ土地を没収されます! お願いです! どうか街に留まってください!」
大声で男は叫んだ。
◇
「ドラゴン教団?」
俺はミラーカに聞く。あたりはすっかり夜になっていた。もう大分暗い。
「あぁ。昔からいる教団だ。ドラゴンを神と崇め、その炎によって焼かれ、死ぬことも厭わない教団だ。それが街から逃げないように街の人を説得している。これは国王の陰謀だとな」
ミラーカが俺に説明した。
「なんなんだそれは……」
俺は呟く。
「巨大な力はそれだけで神格化されやすい。嵐や雷、地震すらも神格化されているだろう?」
ミラーカは言う。
まぁ確かにその通りだな。
俺たちは街を歩いていた。街には兵士たちに誘導されながら街の外に向かって避難を始めている人たちの行列が見えた。
「しかし、良いのか? 離れ離れになるが」
ミラーカは俺を見た。
俺たち『白銀の翼』は討伐チームに選ばれた。強力な魔力をもつ【聖女】であるエリスがいるためだ。だが、俺だけは街を守るチームに入ることにした。俺がそう決めたからだ。理由は過去のトラウマだった。今の俺では足手まといになるだろう。
だからエリスとミラーカは討伐チーム。俺とミヤビは街を守るチームに別れることになった。
「あぁ。大丈夫だ。自分は自分のやるべきことをするだけだ。英雄には英雄の戦い方が、そうでないものには、そうでないものの戦い方がある。全ては町の人々を守るためだ。その役割をこなしてみせるよ」
俺は言った。
「先生……」
ミラーカが言う。
「エリスもミラーカも危なくなったら無理するんじゃないぞ? まずは自分たちの身を守るんだ」
俺は言う。
「街の人々の守護。それも大事だがそれも討伐するミラーカやエリスも大事だ。死地に行っても死んでいい訳じゃない。生き残ってこそ任務を達成出来る。折れた剣では敵を倒すことは出来ない。自分を犠牲にする必要はない。いいか必ず自分たちの身を守るんだ」
俺はミラーカやエリスに言う。
「大丈夫ですよ。ミラーカは不死ですしそもそも強力な自己回復能力を持っています。そして私は絶対守護の能力を持っています。先生も見たでしょう? ドラゴンを飲み込んだあの門を。『天魔降伏』と私は呼んでいますが、私を攻撃しようとしたもの全てを地獄に転生させることが出来る能力です。だから安心してください」
エリスは笑う。
「そっか……まだ教師気分が抜けてないみたいだな。俺は……」
俺はつい説教臭くなってしまう。
プッっとエリスは笑った。
「大丈夫です。余裕ですよ。でも無事成功したら先生とデートがしたいなぁ……」
エリスは指をモジモジさせる。
「分かった。約束するよ」
俺は言う。
するとエリスが俺を抱きしめた。
「ありがとう! 大好きです! アーサー先生!」
討伐は明日。
夜明け前決行だ。エリスなら必ず成功する。俺はそう思った。
◇
「タージ・ハーさん。ドラゴンの孵化が近いというのは本当なんでしょうか?」
同じ鉄皮の騎士団のメンバーの一人がタージ・ハーに聞いた。
「あぁ。そうだ。まず卵にヒビが入るのが二〜三日後だな。そしてヒビが入ったら数時間で中のドラゴンが殻を割って出てくる。ブラックドラゴンは産まれた直後のヒナのドラゴンも獰猛なハンターだ。本能で狩りを始める。だからその前に必ず破壊しないと」
タージ・ハーが言う。
◇
ここはヴァロンド遺跡。
昔のエルフたちの城の廃墟。そこにブラックドラゴンたちはいた。そこには何百という卵を守るドラゴンマザー。
すると
ピキッ! ピキッ!
パキパキパキパキパキ!!
と無数の卵がヒビが入る戦慄の音が廃墟に鳴り響いた。
パキ……パキパキパキパキパキパキパキパキパキ!!!
と多くの卵にヒビが入る。
ドラゴンマザーはそれを愛おしそうに見る。
あと数時間で孵化するドラゴンの卵を。
主人公がもうすぐ覚醒します
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