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【加筆修正版】イノチノバショ  作者: 蘭 ネリネ
4/5

第二幕

 ザーザーと勢いよく雨が降っている。校庭にある土のグランドは、雨を吸いきれずいくつもの大きな水たまりを作る。

 梅雨に入ってから初めての雨だった。

「結構、降ってるね」

 窓越しに外を見ているスミレが言った。

「昨日までの晴れっぷりが嘘みたいだな」

 スミレの横にコンが立つ。

「今日のご飯、どこで食べようか?」

 外を見ていたスミレが振り向き、質問すると、

「わたしは、どこでも構いません」

「俺もだ」

 とシャルとアスカが応える。

「んじゃ、たまには学食行こうぜ」とコンが提案すると、おのおのうなずいた。

 学食に行くと、人、人、人と見渡す限り人がいた。

「んーやっぱり、さすがに雨だとみんな学食来ちゃうんだね」

 スミレが、困ったように言う。

 紅葉学園の食堂はかなり広いため、普段であれば滅多に見られない光景である。一同は席を探すが、点々とは空いているものの、まとまった席は無さそうであった。

「四人分の席は無さそうだな」

 というアスカのぼやきにコンが乗り出す。

「ふっはっはっはー、まっかせなさい」

「なにかいい手があるの?」

 得意気に語るコンに、スミレが質問する。

「相席だ! ちょっと行ってくる!」

 コンは、そう言うと女子が座っている席に走って向かう。その様子を見た、シャル、アスカ、スミレの三人は顔を見合わせ、揃ってため息をついた。

 コンは、段々に座っている女生徒のグループを見つけると声をかける。

「へい、そこの可愛い彼女たちー!」

 コンが声をかけると、座っていた女生徒たちは話しかけた人物を見る。

 するとそっと立ち上がり「やだ、あの人と話すと妊娠しちゃうって噂よ」「やだーもう最悪ー」などと言いながら去って行った。このコンの女好きは、学園の誰もが知っている情報であるものの、傍目から見てもなかなかの言われようだ。

 コンは、泣きそうな顔をし、シャルたちを見つめる。

「さすが、女性忌避剤の二つ名を持つだけのことはあるな……」

 アスカの言葉にスミレは、さらに深いため息をするのであった。

「とりあえず、四人分の席は空いたようですよ、兄様」

 そう、女子が去ったことで、皮肉にも四人分の席が空いたのであった。これが手柄と言って良いものか悩むことではあるが。

 ともあれ、尊い犠牲のもの一同は空いた席に座る。アスカはシャルに弁当を渡し、自分の分も取り出す。同様に、スミレもコンに弁当を渡し、自分の分を取り出す。

「今日はアスカが作ったんだな」

 とアスカの弁当を見てコンが嗤いながら言う。

「不本意なことに、台所に入ることを禁止されてしまいましたので」

 そう言うと、シャルは恨めしい顔をしながらアスカをにらむ。アスカは(そんなににらまれてもなあ……)と思いながら困ったようにスミレを見る。

 アスカの視線に気づいたスミレが「まあまあ、さあ、食べましょ」と助け船を出すのであった。

 アスカは目でスミレに感謝を示すと、スミレは「いいのよ」と微笑んだ。

 シャルはその言葉にしぶしぶという顔をしながらも、弁当箱を開ける。アスカの作った弁当はのり弁であった。おかずは、ちくわの磯辺揚げ、ベーコンとほうれん草の炒め物、ポテトサラダ、そしてサケの切り身である。もちろん海苔とご飯の間には、おかかがまぶしてある。

「おお、のり弁か。うまそうだな」と言いながら、コンも弁当箱を開ける。

 スミレの作ったお弁当は、チキンライスにハンバーグ、マッシュポテト、茹でたにんじんとインゲン、そしてタマネギは簡単酢に漬けてある。

「そいや、次の授業ってなんだっけ」

 もぐもぐとハンバーグを食べながらコンが聞いてくる。

 それに対し、スミレが

「陰陽道だよー」

 と答えた。

「陰陽道かー……むずかしいんだよなあ……」

「確かにねー。ゲゲゲの鬼太郎や、京極夏彦が好きな人なら兎も角、アヤカシの名前を聞いても想像しづらいよねー。陰陽師の歴史も長いから、歴史の授業が二つある気分だよー」

「まったくだ。その点、アスカやシャルちゃんは良いよな。陰陽師の免許持ってたら、授業で覚えることないだろう」

 アスカは、口に含んでいる食べ物を飲み込んでから答える。

「まあ、陰陽道の授業は、基本的に免許取得のためにあるからな」

「更新試験だとどういうことやるの?」

 スミレが珍しく興味津々に聞いてきた。

「レポートの提出と実技試験だね。基本的に両方行うんだけど、例えば前線で戦う人は、一定の知識レベルのみで、実技だけ特化しても更新はできる。そして、研究主体の陰陽師は、レポート重視で実技レベルは基本的なことだけでも更新できる。この一定のレベルは、ここの授業で覚えるくらいでも十全なんだ」

「じゃー、戦えなくても陰陽師にはなれるんだね」

「そうなんだけど、免許取得時のレベルは必要だからね。銃を撃って的に当てるくらいはできないと厳しいかな」

「アスカとシャルちゃんは、やっぱ、実技メインなのか?」

 コンも乗り出して聞いてきた。

「シャルと俺は、両方重視してるよ。俺らは希だけど、前線で戦う陰陽師は、一人で行動することが多いから、ちゃんと知識が無いと対応できないことになるからね。レポートと実技のどちらかに片寄って更新する人は、ほぼほぼいないんじゃないかな」

「ほうほう」

「あ、いや……まてよ」

 アスカは、なにかを思い出したような表情をすると、「生徒会に二人いたと思う」と言った。

「生徒会ってここの学園の?」

 とスミレが聞く。

「うん、確か副会長の滝川タキガワさんが実技主体で、書記の八重野ヤエノさんがレポート主体だったと思う。タキガワさんは陰陽師最強の一人とも言われているくらいだ。そしてヤエノさんのレポートは、学会で発表されるほどなんだ。二人とも前線で戦う陰陽師なんだよね」

「生徒会かー」とコンが考えながら「たしか生徒会全員が陰陽師なんだっけ?」と言う。

「そうだね。まだ今年の生徒会役員には、会ったことがないけどね」

 アスカがそう言うと、予鈴のチャイムが鳴った。

「あれ、いつのまにかこんな時間。チャイム鳴っちゃったねー。また今度、陰陽師のこと聞かせてねー」

 皆が席を立つと、ピンポンパンポンという軽快な音がスピーカーから流れてきた。

「お、呼び出しか?」とコンが言うと、スミレが「コンくん、またなにかやったの……?」とじと目でコンをにらむ。

「なんで俺限定なの!?」

 アスカたちは、そんなやりとりをしながら出口に向かう。

 しかし、その歩みは、スピーカーから聞こえた声で立ち止まったのであった。

『愛しのアスカくーーーーーーーん、シャルちゃーーーーーーーん! 今すぐに理事長室に来てねー! 待ってるよー! はやくー!』

『こら! 理事長! なんて放送ですか!』

『えー』

『えーじゃありません!』

『教頭先生、マイクが』

『あああああ』

 プツン。

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

 四人の時は止まっていた。

「すまん、行ってくる」

 が、アスカの言葉に再び動き出した。コンとスミレは、疲れた顔のアスカを見送ったのである。


 コンコン。

 二回のノックは、トイレのノックだと誰かが言っていたが、そもそもトイレでノックをする人を見たことがない。

 ということを以前、シャルにそんなことを言ったら、「え、前はよくしてましたよ」と返されたことがある。

「はーい! でもノックは三回じゃなきゃ開けてあげないんだから」

 シャルとアスカは、このまま帰ろうと目配せをした瞬間、ドタタタと走ってくる音と共にドアが開いた。

「なんか帰ろうとしなかった?」

 シャルとアスカは、再び目配せした。そしてフレイヤに首を振ったのである。

 シャルたちが中に入ると、フレイヤは「ちょっとそこで待ってて」と告げると隣の部屋へ入っていく。

 開けっ放しの扉からは、カチャカチャとなにかを探している音が聞こえる。

「こんなもんでいいかな」

 そんな声がすると、フレイヤが戻ってきた。そして、よいしょよいしょと机に手に持っていた物を並べる。

「これはシャルちゃんね」

 そう言って渡してきた物は、日本刀である。

「太刀は無かったから、打刀になっちゃうけど良いよね。まあ、無銘みたいだけど、結構良さそうな刀よ」

 そしてフレイヤは、もう一種類の武器をアスカに渡す。

「アスカくんにはこれね」

 アスカに渡された武器は、グロック18Cと呼ばれるハンドガンである。そして予備の弾倉を十個。

「姉さん、またなにか企んでる?」

 突然呼び出しをされ、突然武器を渡されれば、疑うのも当然ではある。

「失礼ね。今回は私じゃないわよ」

 とふてくされながら言うと続けて説明をする。

「そろそろなのよねー。あと二十分くらいしたら、この学園に向かう交差点辺りでアヤカシを乗せた車が来るわ。助っ人に行って頂戴。たぶん追っ手もいるだろうから、遠慮無くやっちゃって。アヤカシは保護対象だから必ず守ってね」

「なるほど。規模は?」

 アスカは弾倉をグロックに入れ、薬室に弾を装填しながら聞く。

「んー、たぶん一班くらいの規模だと思うから二人なら余裕余裕。とりあえず、端末に向かってくる陰陽師のパーソナルデータ送っといたわ。向こうにも送ってあるから、あとは頑張って」

 端末を見ると高遠タカトオ 茉莉花マツリカという女性の名前があった。

「兄様、行きましょう。時間があまりありません」

 シャルが、刀を竹刀袋に仕舞い肩に担ぐ。

「そうだな」

 アスカも、グロックをホルスターに入れ、予備弾倉も仕舞う。

「それじゃ、よろしくねー」

 フレイヤは、手を振りながら見送ったのである。

 シャルたちが外に出て扉がバタンと閉まると、フレイヤは背もたれをリクライニングにして、天井を見る。

「さて、あの三人なんとかしてくれるでしょう。座敷童ちゃんには、二〇〇年振りの外も楽しんで貰いたいしね」


「兄様」

 歩きながら、シャルはアスカに声をかける。

「どうした?」

「個人で行動することが多い陰陽師なのに、助っ人が必要というのは珍しくありませんか」

「確かにね。それに助けを呼んだ場合は、最寄りにいる陰陽師へ連絡が行くはずだ」

「では、どうして私たちが呼ばれたのでしょう」

「助けを呼んだ陰陽師になにかあったのか、フレイヤが独断で派遣したかのどっちかだろうな。まあ、もし陰陽師になにかあったら、端末から緊急招集がかかるし、後者だとは思うけど」

「よほど、重要なアヤカシがいるってことですね」

「俺たち目的かもしれん。急ぐぞ」

 アスカの言葉に、シャルは頷き走り出す。


 交差点は静かだった。車はおろか、人っ子一人いなかった。おそらくフレイヤが付近一帯を封鎖したのであろう。

「間に合ったか」

 シャルとアスカは、警戒しながら周囲を見渡す。

 すると前方から、車が走ってくるのが見えた。車種は、ブルーのマツダ3。マツダ3は猛スピードを出しながら向かってくる。

 その後ろからは、大型車両が追ってきていた。

「あの車は!」

 アスカが言うと同時に、大型車両からの銃撃でアクセラがスピン。交差点の真ん中で停止した後、ドアを蹴り破って中からマツリカが出てきた。

「ああもう! ローン残っているのに!」

 大型車両に乗っている兵士が窓を乗り出し、銃口をマツリカに向ける瞬間、アスカは傘を投げ捨て、グロックを抜く。

 そして抜いている最中にスライド後方にあるスイッチを切り替え、兵士に向けてトリガーを引く。


 ガガガガガガ!

   

 グロックからは、弾がマシンガンのように発射された。何発かは車にカンカンカンと当たり、一発が兵士の頭に直撃した。

 アスカの持つグロック18Cは、フルオートが可能なハンドガンである。しかしポリマーフレームという軽量な素材でできているため、反動が大きく銃身が跳ねやすいのが欠点ではある。

 また毎分千二百発の連射速度は、弾の消費が非常に激しい。

 兵士を一人倒されたためか、大型車両は急ブレーキをかける。そして扉を盾にしつつ兵士が展開していく。

「だれかは知らないけど助かったわ!」

「陰陽師です。助っ人に来ました」

 マツリカにそう返すとアスカは、車内に女の子が座っていることに気づく。

 展開した兵士が手に持つライフルを構えると、「車のエンジン側に伏せろ!」とアスカと叫び、車の中にいた女の子を外に引っ張りだす。

 マツリカとシャルはエンジン側に伏せる。アスカは女の子を抱きながら後方のタイヤ付近に伏せた。


 ドドドドドド!


 轟音を鳴らしながら、ライフルを撃つ兵士たち。弾が車に当たる度に揺れ、そしてサイドガラスは割れ、ボディは削れて穴だらけになる。

「耳塞いでてね」

 アスカは、抱えている女の子に言う。女の子は、頷きながら両手で耳を塞ぐ。

 アスカは、その姿を確認するとグロックで応戦する。

 しかし、車両からはカンカンカンという音が聞こえるだけであった。

「L‐ATVと六四式ライフルとか、どこの軍隊だよ!? グロックじゃ装甲を抜けない!」

「今井財閥よ! あたしの四十五口径でもダメだったわ!」

 アスカの嘆きにマツリカが叫んで返す。

 L‐ATVとは、フォーバイフォーの装輪装甲車である。軽量かつ防御力も高い。巨体ながらも舗装された道路では時速百キロを超えるスピードで走れる。

 兵士の持つ六四式ライフルは、七.六二ミリNATO弾を使用するアサルトライフルである。日本人の体型に合わせた設計であり、また命中精度が高く、連射しても集弾性能が高い。アサルトライフルというカテゴライズではあるものの、携帯性のある軽機関銃とも言える銃である。


 ドガガガガガガ!


 兵士たちは隙間無く六四式ライフルを撃ってくる。

「きゃっ!」

 アスカは、銃撃が来る度に女の子の頭を抑えかばう。アスカの頭にはサイドガラスの破片が積もっていた。

 このままでは車が持たないことは明白であった。運良く引火はしていないものの、ガソリンが漏れたら一巻の終わりである。

「兄様! わたしが行きます」

 シャルは、ポニーテールに髪を結いながら言う。

「ダメだ! さすがにシャルでも撃たれる」

 アスカはシャルの提案を制しする。

「ですが」

 反論するシャルに対しアスカは、無言で首を振る。

「わかりました」

 シャルが悔しそうな顔をする。

「あれ……」というマツリカがつぶやくと、アスカは銃撃が止んでいるのに気づいた。

 そこで、アスカは慎重に顔をそっと出すと、兵士がL‐ATVに備え付けてあるシールド付きの機関銃に向かっているのが見えた。

「やばいやばいやばい! 奴らM2機関銃を使うつもりだ!」

 アスカが叫ぶ。

 M2機関銃は、なんと九十年近く前に開発された重機関銃である。十二.七ミリという巨大な銃弾を音の三倍ものスピードで射出する。その上、1キロ近い距離を正確に打ち抜く精度も持ち合わせている。その性能故に、現代でも現役の軍隊に第一線で活躍しうる機関銃なのである。マツダ3を簡単に木っ端微塵にできてしまう。

 アスカは、突っ込んででも止めるかと覚悟を決めた時、マツリカの呼びかけがあった。

「後部座席にある、A2と書かれたトランクこっちに投げて!」

 アスカは、それを聞くと開けっ放しの後部ドアから目的のトランクを引っ張り出すと、マツリカの方へそのまま滑らせながら渡す。

「ちょっと、時間稼いで!」

 マツリカの台詞を言い終わる前に、アスカはグロックで撃つ。


 ガガガガ。

 ズドドドドドドドドドドドドド!


 アスカが撃つと、兵士が撃ち返してくる。

「四発撃ったら、百倍で返ってくるんだが……ええい!」

 そうぼやきながらも再び撃つが、兵士を止めることができず、M2機関銃の銃身がマツダ3に向く。

「できた!」

 マツリカの声にアスカは、マツリカの持つ銃を見た。そしてその意図を察し、足止め相手を機関銃の射手から、ドアに隠れている兵士に切り替える。

 マツリカの持つ銃は、バレットM82という対物アンチマテリアルライフルであった。その上、マツリカが出したライフルは、対空兵器として改良されたA2というバージョンである。仰角が取れるように担ぎながら撃てるのが特徴である。

 対物ライフルから発射される十二.七ミリ弾は、現行の第三世代戦車には無力であるが、装甲車両程度なら貫通する。それはもちろんL‐ATVのシールドにも通用する。

「そこから、上に五度、右に二〇度!」

 アスカが狙いを言う。

「OK!」

 マツリカが、車から乗り出しトリガーを引いた。

 

 轟!


 銃声が轟いた。

 機関銃の射手はシールドごと貫かれ、上半身が無くなっていた。

 残りの兵士たちは、その様子を見て思考が一瞬停止してしまいトリガーの指が止まる。

 その隙を見逃す二人ではなかった。

「シャル!」

 アスカが叫ぶ前に、シャルは跳んだ。そしてアスカも少女の頭を撫でるとマツダ3のトランクを滑りながら前にでる。

「やあああああああああああ!」

 兵士たちがシャルたちに気づいた時には、すでに手遅れであった。

 シャルは刀を振りかざし、


 スパンッ!


 そんな小気味の良い音が聞こえそうなくらいに、ドアごと兵士を斬った。

 アスカは、L‐ATVのボンネットに足をかけ跳び、上空からグロックのトリガーを引く。


 ガガガガガガガガガガガガガシャン。


 グロックは弾が切れ、スライドが止まる。その銃口の先には血まみれになった兵士が倒れていた。

「兄様」

「さすがにやばかったな……」

「ええ、久々に焦りました」

 シャルは髪をほどき、普段通りに後ろに結ぶ。アスカは弾倉を変えると、グロックをホルスターに仕舞い、マツダ3に駆け寄った。

「ありがとう」

 マツリカは、スカートについた埃を払いながらお礼を言った。

「いえ、こちらこそ助かりました。俺は立花 飛鳥で、こちらが和名が立花 秋桜でフルネームは、シャルロット 秋桜 プチ 立花です」

「あたしは、高遠 茉莉花よ。よろしくね、アスカに……シャルロットでいいかしら」

「ええ、どちらでも構いません」

 自己紹介を終えるとアスカは、女の子の方を向いて、「大丈夫?」と声をかける。しかし女の子は、アスカをじーっと見つめてくるだけであった。

「どうしたの? どこか怪我した?」

 女の子はそれでも見つめてくるだけだった。

「…………」

「…………」

 にらめっこ状態となっている。

 しかし、そのにらめっこは長く続かなかった。

 女の子が、その重たい口を開き、「お兄ちゃん……」と言った。

「「お兄ちゃん!?」」

 アスカとマツリカは同時に叫んだ。そして、その後ろに鬼神が誕生した瞬間であった。

「兄様? またどこでこんな可愛らしい妹をこしらえてきたんですか? ねえ? 兄様? 聞いてますか? ねえ? どうしてですか?」

 顔は微笑んでいるものの、目が全く笑っていないシャルがいた。

「しゃ、シャル、どうしてまた髪型をポニーテールにしようとしているのかな。ちょっま、お、落ち着こう。話し合おう、いや、お願いします、俺の話を聞いてくれるかな、いや、聞いてください、頼みます、頼むから刀抜かないでください、洒落になってないなってないなってないからー!」

 じりじりと下がるアスカに対し、日本刀を抜きながらじりじりと迫るシャル。

 その様子を見ていた女の子が、「あ、ご……ごめんなさい」と頭を下げる。

「あの……以前、お会いした人に、雰囲気がよく似ていたもので……」

 と続けて告げた。その言葉にシャルは、刀を鞘に納め髪をほどく。しかし恨めしい顔でアスカをにらんだままではあったが。

 そんな様子を尻目に、マツリカが興味本位で、「へー、そんなに似ているの?」と聞く。

「はい、でも顔立ちは少し似ているだけです。それにわたしの知っているお兄ちゃんは、もう昔に亡くなっています」

 と少女は顔を伏せ言った。

「あ、ごめんね……」

 マツリカは、申し訳なさそうに言う。

「いえ、大丈夫です」

「ところで、この子がアヤカシなのですか?」

 少し重い空気になったところに、シャルがマツリカに尋ねた。するとマツリカが答えようとする前に、「はい、わたしは座敷童です」と女の子は言った。

「座敷童……?」

 アスカは、驚きを隠せずつぶやく。

「そうよ、この子は座敷童。長い間、今井家が富を得るために閉じ込めていたアヤカシよ」

 マツリカの言葉にシャルとアスカは顔を見合わせる。するとタイミング良く、


 ピコンピコン。


 と三人の端末が鳴る。

 どうやらグループ通話のようだ。アスカが端末に出ると、フレイヤの声がした。

「そろそろ終わったかしら?」

「え……長官!?」

 マツリカの驚きに対し、「そうよ、長官ですよー」と返すフレイヤ。

「え、なんで長官があたしたちに?」

 そのマツリカの疑問に、アスカが「身内です」と答える。

「そうそう、アスカくんとシャルちゃんは家族なのよー」

 マツリカはぽかーんとするしかなかった。

「まあ、それは置いておいて、座敷童ちゃんは無事かなー」

「うん、大丈夫」

 アスカは、端末のカメラを座敷童に向ける。

「あらあらあらあら、可愛い子!」

 座敷童は、端末を不思議そうな顔で見ている。

「あの……皆様はどうしてその箱のようなものと話しているのですか」

「まあ、無理もないわねー。二〇〇年振りに外に出るんだから。このカラクリは、電話と言って離れた人と話せるのよー」

「離れた人と話ができるのですか! すごいです!」

 座敷童は目をらんらんに輝かせながら言った。

「可愛いわあ……シャルちゃんに匹敵するくらい可愛いわあ……」

「フレイヤ、いいから続きを」

 シャルがうざったそうな顔で言う。

「もう……まあ、いいわー。とりあえずー、その子は保護対象ではあるんだけど、庁舎も受け入れ体制ができてないのー。なのでー、受け入れ体制が整うまで、うちで預かることにしましたー」

「は?」

 アスカが目を丸くする。

「いやね、陰陽庁設立してから保護対象のアヤカシって初めてなのよー。だからー、これからどうするかって決めなきゃダメなんだけど、泊めるところがあるわけでもないし。それならうちで預かろうとー」

「いやいや、また狙われるんじゃ?」

「うんー、まあ、そこは大丈夫じゃないかなー。ほらー、陰陽師三人もいるし、しばらく屋敷の周りは封鎖するしー。それに長官の屋敷を襲ったら、さすがに財閥とはいえ、隠ぺい工作は通用しないわー」

「まあ、そうだろうけど……って三人?」

 アスカが疑問を口にする。

「そうよー。アスカくん、シャルちゃん、そしてマツリカちゃん」

「あたし!?」

 マツリカは、突然の名指しに驚く。

「今井財閥の本邸に潜入したんだから、あなたも狙われる可能性あるしー、当然だと思うわよ。しばらく、うちに泊まりなさい」

 日本最大の財閥にけんかを売って、確かに無事で済むはずがなかった。

「まさか、あの財閥に単身突入して、さらに虎の子の座敷童まで救出するなんてねー。評判通りの偵察能力よー」

「そしたら着替えを取りに帰って、シャワー浴びたら向かいますよ」

 三人と一アヤカシはこの雨で立ち回ったため、びちょびちょどころか泥だらけであった。流石にこのまま向かう気はしない。しかし、その願いはフレイヤの一言で霧散する。

「え? あなたの家はもうないわよー」

「へ……?」

 マツリカは、想像していない言葉を聞いた。

「あなたの住んでいたマンションは、攻撃ヘリで蜂の巣になった後にー、ヘルファイアで焼け落ちたわー」

「ええええええ!? ローンが残ってるのに……」

 マツリカはへなへなと座り込んでしまった。

「まあ、着替えは私のを――って胸の部分がゆるゆるになりそうね……まー、一時的に我慢してね」

「!?」

 マツリカは、ショックなところにさらに小ぶりな胸を指摘され、追い打ちをかけられる。座敷童がいるのに、幸運が来ることは無かった。

「とりあえず、一旦帰ってきなさい。そのままじゃ、風邪引いちゃうわよ。座敷童ちゃんの服は、シャルちゃんを着せましょう。だぼだぼな上になりそうだけど。誰かに持ってこさせるまで我慢してねー。それじゃよろしくー」

 プツンと通話が切れる。アスカは、相変わらず勝手だなと思いつつも座敷童と目線を合わせるためにかがむ。

「というわけで、君は俺の家に来ることになった」

「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」

 アスカの言葉に対し、座敷童はぺこっとお辞儀をする。

「そういえば、名前を聞いてなかったね」

「あ、昔はあったのですが、今は特に名前は……」

 アスカはなるほどと思い、少し考える。

「そうか……んー、じゃあ、キリはどうだろう」

「え!」

 座敷童はその名前に驚いた。

「あ、気に入らなかった?」

「いえ! キリで……キリでお願いします!」

 座敷童は、目に涙を溜めながら頷いた。

「どこか痛む?」

 アスカは、涙の理由がわからず戸惑った。

「いえ、だ、大丈夫です。ありがとうございます」

 座敷童は、そんなアスカに笑顔を向けたのであった。

「じゃあ、行こうか」

 アスカは、座敷童に手を差し出すと座敷童はその手を握った。

「むう……」

 するとシャルが、むくれたように座敷童と反対の腕に抱きつく。

「はははは……」

 アスカは乾いた笑いをし、投げ捨てた傘を拾う。その傘は穴だらけで傘の役目はしなかったが差してみた。その後ろをマツリカがふらふらと追う。

「ローンが……それに胸は……」

 そしてマツリカの嘆きは、誰にも届かず雨の音に霧散していった。

  

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