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無口王子と白豚姫  作者: 鈴木うめ子
2/2

どうせ太るんだったら

 太るのはそれほど難しいことでないだろう。

 何故なら、公爵家の娘。私が欲しいと言えば食べ物は無限に出てくるし、元々食べることが好きだったから。

 けれど、山のように積まれたお菓子を見て、ただ食べて太るだけがアラン様の婚約者として相応しいのかしら? という疑問も生まれた。

 太るだけなら食べるのが苦じゃない人間で富を持っているのなら誰だって出来ると思うの。少し前の世代は太っているということは裕福の証であったみたいだし。

 なんの努力もせず、料理人たちが作ってくれた美味しい食材だけを食べているのが、正しい行いなのかしら。


「ねぇ、ブラン」


 少し疑問を解消したくて、食事が終わったあと、私は調理長であるブランに声をかけた。

 ブランは顎に髭が生えていて、コック帽を脱げば伸び切った前髪で目が隠れる。一見、小汚いおじさんだ。

 公爵家の調理人の最高峰に立つような人材とは思えないのだけれども、世界各国を旅してきた料理の腕前は本物で、彼が作る料理はどれも美味しいものばかりだ。


「なんですかお嬢さん」


 昼食の後片づけを終え、束の間の休息をしていたのだろう。もしかしたら仮眠をとる前だったのかも知れない。コック帽を外し、調理場の酒樽の上に腰かけていた彼は少しばかり不機嫌そうだった。


「急にごめんなさいね。ちょっといいかしら」

「使用人は断れませんから。良いですよ」


 仕方ないというのが顔に書いてあった。ゆっくりと腰を上げ私の方へと近づいてきてくれた。


「嫌味な言い方ね。あのね、ブラン。私、太ろうと思ってるのよ」

「それは、まぁ……最近、よくお食べになるのはそう言った理由で?」


 呆気を取られブランは珍しく目を見開いた。そして、しばらくの沈黙の後、そういえば、よく食べていることに気付いたのだろう。なんだか納得したように、首肯した。


「ええ、そうなの。それでね、ただお菓子や好きな食べ物ばかりを食べて太るのは簡単よね。なにか未来の王妃として相応しい太り方をしたいのよ」

「……えぇっと、そもそもなんで太る必要が? お嬢さんは子どもにしては少し痩せすぎですけど、太るほどの体系ではないと思いますが」

「あの、ん―――言わなきゃダメ?」

「まぁ、出来れば」

「その、あのね、アラン王子がもっと太ってる子の方が好きなんですって」

「はぁ」

「だから、太りたいの!」


 拳を握りしめ力説すると、ブランは我慢できなかったのか、噴き出して笑い出してしまった。そ、それほど笑う事かしら!? と思いながらも、ひとしきり彼が笑い終わるのを私はじぃっと黙ってみていた。


「はぁ、すみません。面白かった。お嬢さん、健気ですね……」

「そ、そうかしら? 王子の婚約者として彼好みの容姿になるのは当然じゃなくて!? あ、けど、その、まぁ、もう、その話は横に置いておいて。恥ずかしいから」


 自分でもやり過ぎじゃないかしら? という自覚はあるのだ。ただ、アラン王子に「可愛い」と言われたいがためなんて。馬鹿じゃないの? と言われてしまう側面があることくらい気づいている。


「恥ずかしいんですか」

「ちょっとね……それでね、ただ太るだけじゃなく、これを機に食べ物に関わることに詳しくなろうと思って」

「それは、料理したいってことですか?」

「馬鹿ね、違うわよ! 未来の王妃が料理上手だって何の役にも立たないわ!」


 厨房に公爵家令嬢が入ってくる事態を恐れたのか、ブランは目を顰めた。私はすぐに違うと首を振って否定をする。

 そりゃ、料理がどのように作られていくのか自分が体験して、現場で働く方々の苦労を知れるというのなら、良いと思うけれども、料理を教わるのはちょっと違うは。王妃になって自ら料理する機会に恵まれるとは思わないし、普通にプロが作った方が美味しいに決まっている。


「私はね、例えば世界各国の料理を食べ比べてみて、食文化の発展に貢献したり、高く売れる農作物を見つけ出したりしたいのよ」

「へぇ」

「例えば、この国では砂糖が高価だわ。それはサーイウ帝国から輸入しているからなの。と、いうことは自国で生産できるようになればもっと安くなると思わない? それこそ庶民が毎日、三時のおやつを食べられるようになるかも知れない。そういう知識を手に入れたいなって話よ」

「思ったより具体的な案が出てきましたね。そりゃ砂糖が安くなれば俺としても有難いが」

「でしょ! だからね、ちょっと協力して欲しいなぁって思って」


 お願いします、と頭を下げるとブランは少し困ったように笑った。雇い主の娘、しかも大貴族の令嬢に頭を下げられて彼が断われるわけがないと私は知っていた。

 はぁ、と深いため息が聞こえる。申し訳ない気持ちはあるが、新しく人を雇うよりブランに聞くのが一番早いと思ったのだ。

 何故なら、彼はこの国一番の料理人と名高い人で、なにより世界各国を旅した経験を料理人ながら持っている珍しい人なのだ。


 私が知らない食べ方、食べ物を、彼は知っている筈。

「私のお小遣いからお給料出すから!」

「いや、子どもにお金はもらえませんよ。まぁ、あまり時間はとれないと思いますが良いですよ。面白そうですし。ちゃんと、将来的に砂糖を安く買えるようにして下されば」

 降参です、と両手を広げたブランに私は喜びのあまり抱き着いてしまいそうだったが、ぐっと抑えて頭を下げた。

 




 

 

 それから、ブランは世界各国の料理を私に振舞ってくれたし、その料理を私たちの舌にあうように改造したりした。

 ブランも行ったことがない国には、視察と称して旅に出て実際自分の目と鼻と口で確認したりした。

 



 サーイト帝国には中等部に上がると同時に、留学した。

 砂糖の作り方は神秘に包まれており、時間を掛けないと分からないな、と思ったので家族に頼み込み留学することにしたのだ。

 そこで、実際、砂糖がどのように作られているのかを学んだ。

 当然、砂糖の原料となる植物が我が国では栽培出来ていないので製造方法を教えてくれたということは、すぐに分かった。

 気候に恵まれ、年がら年中あたたかなウォルフォード王国では、サーイト帝国の砂糖の原材料として使われているテンサイは栽培出来ない。一応、四季はあるけれど、冬だって雪が降り積もるほどは寒くなれないのだ。

 そこで、自国で栽培出来る植物を世界中から取り寄せ、試してみた。候補は色々あったけれども、最終的に、キビと呼ばれる南国の竹のような見た目をしている植物で落ち着いた。

 そこから、学んだ知識を生かし、製造までこぎ着けたのだ。

 大々的に売り出すまでには至っていないが、中等部を卒業するころには流通できるようにするつもりだ。

 

 

 私の体重も順調に増えて行った。

 初等部の時は背が伸びるので、ちょっと太ってるなぁ~~くらいの体系にしかなれなかったのだが、サーイト帝国へ留学してからというもの、縦への成長が止まり、横へと増えていった。

 鏡を見る私のフォルムは丸。

 見事な丸を描いている。

 どこからどうみてもデブだ。幼い頃の可憐さはどこへ行ったのだろうか、とすっかり肉が盛り上がり細くなってしまった目で鏡を見つめる。

 留学中の著しい成長具合に、周囲の私を見る目は、厳しくなっていった。

 そう、外見でやはり人というのは差別してしまう生き物なのね、と痛感してしまうことも何度かあった。

 横を通っただけで「くさ」と呟かれたり、身体を動かしているだけで笑われたりもした。

 ウォルフォード王国の公爵令嬢なので直接的な被害は受けたことはないけれど、私は別に何もしていないのに、初対面の人から蔑ろにされることの方が増えた。

 まぁ、実際に私が臭いわけでもないし、太っているのに比例して大量の汗が出るのは仕方のないことだ。

 見た目で判断して馬鹿にされるのは、その人の品性の問題であって私のせいではないので気にしたことはあまりない。

 

 それに、太っているからといって能力が低いわけでも、怠惰なわけでもないのだと、証明したい人には誠意をもって対話したら分かってもらえるのだ。

 そりゃ「お前の様なデブと仕事は出来ない」と砂糖を作る工場を作りたいのだと、商会の会長へ挨拶に行ったときに吐きつけられることもあった。外見がマイナススタートなので、その分、話術で挽回しなければいけないけれど。

 それでも、太ったことを後悔した日はないは。

 私が今していることも、太ろうと思わなければ関心を持たなかっただろうし、それに、アラン様にだけ可愛いと思われればいいのだ。

 再びじぃっと鏡を見つめる。

 

 素晴らしい。

 素晴らしい真ん丸具合よ。

 これは、アラン王子の「可愛い」もいただける。いや、絶対にいただけるは!

 

 

 アラン王子とはサーイト帝国に留学中は会えなかった。

 手紙でのやり取りは続いているが、ここまで太った姿をまだ彼に見せられていない。自国へと帰ることもあるけれど、砂糖の開発に熱心に取り込み過ぎて、会う時間を上手くとれずにいた。私が会える日はアラン王子がダメで、アラン王子が会える日は私がダメ。

 無口な人だけれど、きっと可愛いと言って貰えるはずだ。何回か「可愛い」と言って貰えるのを妄想して、変な笑い声をあげてしまいそうになったこともある。


「早く、会いたいなぁ」


 アラン様はどんな風に成長していらっしゃるんだろう。いくら手紙を書いているとはいえ、やっぱり会えないのはやはり寂しいものね。

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