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東の魔女  作者: 松本真希
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 目を開けると、見慣れない天井が広がっていた。瞬きを数回繰り返し、エドはゆっくりとベッドから起き上がった。そう言えば、昨日は、代官の屋敷に泊まることになり、この客間に通されたのだった。

ベッドの脇の窓辺に立ち、大きく伸びをして空気を吸い込むと、フッと一息吐き出した。朝の冷えた空気が、つんと鼻の奥を刺激し、エドの目を覚ます。窓からは朝靄に覆われ、淡い光に照らされた町が見えた。


 通された客間は天井が高く、この時期は冷えるので苦手だ。この建物の中で最も格式の高い部屋だけあって、やけに豪勢な作りになっている。天井に格子状に突き出した梁までにも絵が描かれ、天井が一つのカンバスの様だ。天井の周囲を茨が波打つように囲み、部屋の中だというのに紫がかった空が描かれている。柱にも細やかな装飾がなされ、ご丁寧に金箔まで貼っている。

鈴を鳴らして人を呼ぶと、一人の女中がやってきた。暖炉に火をくべるように頼むと、「分かりました。」とだけ短く答えた。部屋を出ていくと、すぐに薪を持って帰ってきた。火を付け、赤々と燃えたのを見届けると、女中はエドに近づいてきた。

 

「これは、最近流行っている香です、良かったらどうぞお使いください。」

そう言って、一つの匂い袋を手渡してきた。そっと鼻を近づけると、甘い匂いの中にわずかにつんと鼻を刺激する匂いがした。

 

 「ところで、これは何の香を使っているのかい。」

 

 「よく知りませんが、たしか、何かの動物のものと聞いたことがあります。」

 

 「そうかい。ありがたく使わせてもらうよ。」

 

 エドは女中が部屋を出て行くのを見届けると、暖炉の近くにある机に向かった。机の上に匂い袋を置くと、鞄から一冊の本を取り出し、おもむろに椅子に腰掛け読み出した。

しばらくは、部屋の中には、暖炉にくべた薪がパチパチと跳ねる音と、時たまページをめくる音以外せず静かなものだった。

 

 エドは、あるページのところではたと本を捲る手を止めた。馬車の中で読んでいた日記なのだが、以前は読み飛ばしており気が付かなかったが、文が飛んで意味がくみ取れない箇所がある。

よく見ると、帝国図書館が燃える二ヶ月程前から、一部のページが直線的に切り取られている。誰かが乱暴に切りとったのではなく、定規を当てて刃物で丁寧に切り取った様だ。エドは、切り口を指で軽くなぞった。最近になって切り取られたものではなさそうだ。

更にこの当主は、図書館の火事の一年ほど前から、各地方を精力的に回って、帝国の建国初期の資料を大量に集めていたようだ。日記の中にこんな記述がある。 



七月二五日

帝都から帰還。ウルバルフの公爵邸に着。


八月一日

フローレス伯爵領に至る。当主に面会し資料を四十二点譲り受ける。建国記の写本を含む。


八月九日

侯爵領に至る。前回と同様、資料五十一点を譲り受ける。


二ヶ月の間に十カ所ほどの所領を廻り、集めた資料は数えた所、三百点を超えている。その全てを図書館に持ち込んだらしい。加えて興味深い記述がある。


八月六日

領境の関に至る。刻限を過ぎていたが、関守に鈴を見せ無事に通過。


 

 この鈴はおそらく、帝室から勅使が下賜されるものだろう。そうではなくては、関守が公爵といえども、そう簡単に通すとは思えない。けれども、この日記には図書館の炎上の一年ほど前から帝城に参上した記録が不自然なほど少なく、帝室に関わる記述もまたあまりない。おそらく切り取られた部分に帝室に関する記述があったのだろう。という事は、誰だか知らないが―大方、この当主自身であろうが―資料の収集に帝室が関与していたことを隠そうとしたということだ。まぁ、この記述がなければ帝室が関与していた確信は得られなかっただろうし、この当主の性格に感謝したい。

ドアをノックする音が聞こえた。

 

 「どうぞ。」


 エドは、日記から目を離し、ドアの方に振り向いた。するとジークがドアをゆっくりと開け、部屋に入ってきた。


 「朝食のご用意ができましたよ。召し上がった後すぐに出発とのことでして、出立の準備をば。」

既に、ジークは身支度を済ませ、昨日と同じく皺の無い服に身を包んでいる。まだ自分が部屋着であった事に気づき、少し恥ずかしい。エドは「分かったよ。」と短く答えた。


 「また、それを読んでいられるのですか。」

 

 ジークは、足音を立てずに、エドが座っている机に近付いてきた。


 「あぁ。前に言っていたよりも面白いものだったよ。」

 

 エドは、日記の表紙を軽く指でトントンと叩いた。


 「色々と気になる記述はあったが、極めつきはこれかな。」


 エドは、あるページを開いて、ジークに見せた。


 「ここには、こう書いてある。十一月八日―帝国図書館が燃えて大体一週間後―なのだが、一人の歴史家が、扇動の罪で捕らえられ処刑されている。かなり高名な方だったらしく、編纂所の所長を務めていたらしい。というのだが、聞いたことあるかい。」


 「いえ、一度も聞いたことの無い名前ですね。」


 「あぁ、私も聞いたことが無い。帝国の歴史に精通していから抹殺されたのだろうね。ここまで、徹底的に歴史を改編するとはね。」

 

 面倒な事をしてくれたものだ。エドはやれやれと首を振った。


 「そう言えば、この匂い何か分かるか。香に関しては明るくなくてね。ジークの方がよく知っているだろ。」


 エドは、机に置いてあった匂い袋をジークに渡した。


 「ええ少しはですけども。有名なものでしたら多少は分かりますよ。」


 ジークは鼻を近づけ、何回か嗅いだ。


 「これは、おそらく最近流行っているものですよ。確か、鹿から取れたものを使っているらしいですよ。」


 「鹿ね、何かどこかで読んだ気がするんだが。」


 エドは、思い出そうとしたが、あと一歩のところで出てこない。


 「こんなことをしている暇は無かったのですよ。ライラント様をお待たせしているのですよ。早く着替えてください。」

 

ジークは急に早口になると、エドをせっついて椅子から立ち上がらせた。


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