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馬車は再び大きな通りに出た。急に太陽の光が車内に差し込み、目がチカチカする。エドは目を細めて、手で目の所に陰を作った。
通りを歩いていた人達は、路地から出てきた馬車と騎馬の一群を、奇異なものを見たかのように、一斉に足を止め視線を向けた後、興味を失ったのか、再び歩き出した。
道を行く人達は、どこかの家に仕えているのだろうか。皺の無いパリッとした服に身を包み、アルベルト通りにはあった雑然さは見受けられない。道を行く馬車も、荷馬車では無く屋根付きの二頭立てのものが行き来している。
エドとジークが乗った馬車は、大きく右に弧を描く緩やかな坂道を、少し勢いをつけて上っていく。しばらく進むと、左手に並んだかわいらしい建物が途切れ、今まで通ってきた市街が見下ろすことできる。
赤茶けた瓦の屋根が城壁近くまで一面に広がる。その屋根の合間からは、尖塔が何本も飛び出し、特徴的なドーム型の屋根が、教会の場所を教えている。
城壁は町を囲むように両翼から伸び、真ん中の川のところで途切れ、そこには港が広がる。水面は鏡のように日差しを反射し、マストの帆を下ろした帆船が何艘も港に停まり、帆に風を受けて波止場から離れようとする船も見える。
左手には堂々たる城がそびえ立ち、居館ですら周りの建物の二倍ほどの高さがあり、城を囲む城壁は、町の外を囲むものよりも幾分か高いだろうか。
いつの間にか、馬車は、三方を囲まれた跳ね橋の上を、ゆっくりと進んでいる。いつもは閉じられているであろう、重厚な門扉が、今は大きく開きエド達を迎え入れている。その門をくぐり終えたところで馬車が止まり、馬から下りた騎士の一人が、ドア越しに声を掛けてきた。
馬車を降りると、先ほどの建物が目前に広がる。エドはあたりを見回した。なるほど、この城がいかに巨大なのかが、ここからはよく分かる。城は視界から見切れるほどの間口と高さを持ち、物見塔に至っては首をほぼ真上に持ち上げない限り、頂上を見て取れない。
一人の男が、護衛を二人引き連れ、城からこちらに向かってきた。男の頭には白髪が目立ち、顔に刻まれた皺からは、彼がいくつもの修羅場をくぐり抜けてきた過去が偲ばれる。
「お久しぶりです。エドワード様。」
男は膝を付き、エドに挨拶をした。
「久しぶりだな、ライラント殿。去年の冬に、領都の公爵邸であったぶりかな。そんなに畏まられても困るのだが。」
エドはライラントに歩み寄ると手を貸し、立ち上るように促した。
「ジークは彼に会うのは、初めてだったかな。彼はユーリ・ライラント、この町ウルバルフの代官で、我が公爵家に長く仕えている家の者だよ。」
エドは、ジークに振り向き、手でライラントを指した。
「お初にお目にかかります。ジーク様。」
ライラントはジークの元に歩み寄ると、エドにしたのと同じように膝を付いた。
「様付けなんて恐れ多いですよ。私は既に臣下に下った身ですので。そのような挨拶は結構です。」
ジークは慌てて、首を横に振った。その後、二言、三言話していたが、エドには何を言っているか聞こえなかった。
「要件についてはもう聞いているかな。」
エドは、二人の挨拶が済んだところで口を開いた。
「ええ。昨日、早馬で聞いております。この町の近くにある、新しい開拓地の視察でございますね。案内役を出すようにとの事でしたが、私奴がご同行しましょう。」
「いいのかい。他の用件もあるのではないか。」
「いえ。必要なことは既に終わらせております。それに、開拓地の造成の責任者は私でありますので適任でしょう。あぁ、それと、こちらからも護衛を出しましょう。エド様が連れて来られた護衛では、ここらの地理に不案内でしょうから。」
「それは助かる。では、明日よろしく頼む。」
「ええ、分かっております。」
ライラントは鷹揚にうなずいた。