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東の魔女  作者: 松本真希
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 馬車は水堀に架かった石造りの橋を、ゆっくりと進んでいる。そそり立つ城壁は、四丈ほどの高さはあろうか。この頃城壁の修繕が終わり、絡み付く蔦などが無綺麗なものだ。きれいに長方形に切り出された石が丁寧に積み上げられている。城壁には多くの狭間が開けられ、等間隔に並んだ櫓の上には、臼砲が鎮座している。城壁の上に目を移すと、所々に歩哨が立っており、帝国旗共に公爵家の旗が風にはためいている。


 城門の前でいったん止まり、詰め所から駆け寄ってきた衛兵に、二言、三言御者が話した後、また馬車は進み出した。


 石畳が敷かれた通り沿いには、淡く黄みがかった白壁を持つ建物が、高さを揃えどこまでも道なりに続き、その上にはお揃いの赤茶けた屋根がちょこんと載っている。


 大通りには露店が所狭しと軒を連ね、色とりどりの露店の屋根が、町を鮮やかに彩る。多くの人々が食事を楽しみ、陽気な音楽がかき鳴らされる。道端に敷物を一枚引いた上に、品物を並べただけの簡素な店先にも、多くの人が足を止める。その間を縫うように荷馬車や、売り物を背負った人々が入り乱れ、前に進むのも難しい。


 「随分と賑やかな所ですね。この通りの名前は何と。」


 ジークは、辺りをキョロキョロと見回していた。


 「確か、アルベルト通りだったかな。このまま先に進むとオベリスクで有名な広場に出るぞ。」


 百五十年程前の戦勝を記念して作られたもので、ここら辺ではかなり有名な広場だ。それにしても、自分の名前を通りに付けるなんて、その時の当主は随分と自己顕示欲が強い人だったらしい。自分の巨大な像を造らせるよりは、まだましだとは思うが。


 けれども、その気持ちが分からなくはない。貴族という束縛の多い世界に生きている反動のせいだろうか。時折、無性にその様な気持ちが、むくむくと浮かび上がり、自分の中で暴れ出す。


 町の中心部の小高い丘の上には、一際大きい建物があり、町外れの城門近くのこの場所からも、はっきりと見て取れる。町の建物と同じく赤茶けた屋根を持ち、物見塔が四本ほど空へ向け伸びている。全体として直線を基調としており、無骨で近寄りがたい印象を与える。


 「なんだか代官の屋敷にしては、随分と立派な建物ですね。城と言っても差し支えないかと。」


 「元々、領都はこの町にあったから、その名残さ。使わないのも、もったいないだろう。」


 エドが言葉を発している間に、馬車は大通りから外れ、脇道へ入っていった。馬車一台がようやく通ることができる程度の道だ。


 「正門へは、向かわれないのですか。」


 ジークは、焦った様子を見せた。


 「昼間は、正門の周りは貿易商達で混んでいるからな。普段使われていない東門へ回ろうと思ったんだよ。先方にもそう伝えてある。」


 エドは、馬車の外を眺めたまま何の感情も持たない、平坦な口調で言い切った。


 ウルバルフに行くと決めたときからこの道を通る事にしていた。地図を見たときから興味があったのだが、ここまでひどい場所とは思ってもいなかった。


 道路には周りの建物の陰が落ち、昼間だというのに太陽の日は届かず、陰鬱な雰囲気を醸し出す。いつの間にか石畳はただの土に変わり、道の所々に大きな穴が空いている。車輪が穴に引っかかる度に、馬車の車体は大きく揺れる。


 道路脇には、壁の漆喰が剥がれ落ち、レンガが露わになった建物が目立つようになり、崩れたまま放置されている建物もある。まだ使える部分や、建材として売れる物は全て持ち去られ、欠けたレンガや割れた石だけが残されている。道路脇に投げ捨てられたごみや排泄物が流れていかず、その場で饐えた匂いを発し、馬車の中にまで流れ込んでいる。


 建物の間からは更に細い路地が迷路のように伸び、人の気配はするものの一人の姿も見当たらない。


 道ばたに座り込んだ一人の男が公爵邸の馬車に、ねっとりとした視線を向けている。男の服はよれ、破れや綻びが目立つ。長らく水浴びすらしていないであろう肌は、黒くくすんだ色をしている。紫がかった唇の端が薄気味悪く、持ち上がった。


 「わざわざこんな道を通らなくても。」


 ジークは男と視線が合ってしまった様で、非難めいた目をエドに向けた。


 「いやぁ、まぁ、この道が一番近かったんだよ。先方も特に何も言ってこなかったから大丈夫だろ。さらに言うと、護衛もいることだし。」


 エドは、馬車の後ろに付き従っている、騎兵に目を向けた。

ジークも釣られて、エドの目線の先に目を遣った。馬車の後ろに五騎、馬車の前にも五騎の護衛が付いている。


 「どこに雇い主の子どもに、意見できる人がいるのですか。さらに先方だって、こんな裏道を通ってくるとは、おもっていませんよ、絶対に。何かあっては遅いのですよ。」


 ジークは、頭を抱えていた。


 「まぁ、ここは、町の中心に近いというのに、この有様か。町外れは随分とひどいのだろうな。脇道を通らなければ、分からなかった事だ。」


 エドは何か言わなくてはと思ったが、取って付けたような理由しか思いつかなかった。


 かすかに、ジークの唇が動いた気がしたが何を言ったのかはエドの耳には届かなかった。


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