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東の魔女  作者: 松本真希
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4


 ゴトゴトと、車輪が立てる音が、馬車の中まで響いてきている。エドは、ジークの正面に座り、書庫か

ら持ち出した本に目を落としている。


 「何か、分かりましたか。」


 ジークがそう口を開いた。


 

 「全く、何も分からなかった。」


 エドは、本をパタンと閉じ表紙に両手を重ねたまま、外に目線をぼんやりと向けた。

いつの間にか、結構遠くまで来ていたみたいだ。春の霞がかった青空に、掠れたインクのように筋状の雲が幾本も並んでいる。


 領都にあった公爵邸を、出発してから四時間ほどがたった。あたりの景色はすっかりと変わり、周囲には青々とした小麦畑が広がる。風に揺られた小麦の波が、次々と畦道に打ち寄せ、その中を馬車は、ゆっくりとした速さで進んでいく。遠くにぽつぽつと見える集落からは食事時なのか、ゆらゆらと煙が森の木々に隠れつつ上っている。


 「レメリア建国記が焼失した頃の、公爵家当主の手記なのだが、帝国図書館が燃えたとの記述しかなかった。何か新しいことでも書いているかと思ったが、残念だ。」


 帝国図書館が燃えた経緯や、焼失した書物の目録でも書いてあればと思ったが、さすがに虫のいい話しだったようだ。


 「そうでしたか。ところで、出発前に言っていた、気になっていた記述とは。」

 視線をゆっくり馬車の中に戻したところで、ジークと目があった。


 「それは、建国記の冒頭部分なんだが、こんな風に始まる。少し長いから、紙に書き写そう。」


 エドは、脇に置いてあった鞄を膝の上に持ってくると、何も書かれていない一枚の紙と筆記具を、鞄から取り出た。しばらく無心に書き続け、ジークに渡した紙にはこんな言葉が並んでいた。



 レメリア建国記

     序

 我々が住みにし所は、乾き痩せし大地なり。その日の食うものにさえ困り、多くの人、水を求め、遠き泉まで汲みに行く。我々の望み続けし事こそ安寧の地なれ。その折、我々の里を訪れし御方有り。その御方、東の魔女と名のり給い、水を求めらる。御旅の中程にて、水筒を失わるらし。東の魔女、水を頂し事に謝を伝えられし後、我々に仰せられる。

 「我は海を渡りつる先の地の人。海を渡りし先は豊饒の地なり。水の謝として、そこに連れていかん。」

 我々その言に従い、見えぬ豊穣の地を目指しき。



 「まぁ。ざっとこんな文章で始まる。」


 エドは、ジークが読み終え、顔を紙から上げたのを見計らい声をかけた。


 「なるほど、これは不思議ですね。今の歴史書には私たちの祖先が、海を渡ってきたことは、どこにも書かれていませんよね。」


 ジークは怪訝そうに眉をひそめた。


 「あぁ。レメリア史録が書かれたのは、今から百五〇年近く前のものだった。その時期なら建国記の原本やそれに準じたものから書き写す事もできたはず。つまり、この記事が実際にあったと考える蓋然性はある。けれども、今の歴史書では私たち帝国の祖先は、北部のアルバニール山脈の近く、今のレスランド伯爵領のあたりだということになっている。」


 「確かに、そうですね。」


 ジークは頷き、話しを続けるように促してきた。


 「もし、このレメリア史録の記述が、合っているとするならば、この一五〇年のどこかで、私たちの認識は歪められた事になる。歴史の改変なんて、多大の労力をつかうものを。でも何の為に…。」

何故、レメリア建国記の内容を歪める必要があったのか分からない。エドは、手の甲を口につけ、うつむいた。


 「一番に考えられるのは、やはりその方が、都合が良かったからなのでは。」

ジークは口に出すのをためらうかのように、ゆっくりと閉じていた唇を開いた。


 「都合がね…。」


 エドは腕をくみ、馬車の天井を見上げて唸りだした。私たちの歴史の認識を、変えることができるのは、今も昔でも帝室だけだろう。だが、変えたところで、何の利点があったのか。それに、帝室がそれに関わった確固たる証拠も無く、またその方法も分からない。グルグルと生産性の無い考えが頭の中を周り続けている。


 「もうすぐ着くようですよ。」

 

 ジークは馬車から外の景色を眺めていた。


 「あぁ、ほんとだ。」

 

 再び外に視線を移すと地平線の先に、黒々とした無骨な城壁が小麦畑の中に浮かんでいる。城壁には、円筒形の櫓が等間隔に並び、空に伸びている。道を行く馬車の数も、先ほどより心なしか多くなっているだろうか。どの馬車も荷台に多くの荷物を載せ、すれ違っていく。


 「やはり、ウルバルフの城壁は立派なものですね。」


 ジークは、馬車の外をキラキラとした目で見つめていた。エドはジークに昔の自分を重ね、目を細めた。


 そういえばジークは、この町に行くのは初めてだったか。この町に両親に連れられ、初めて来たときは、同じような反応をした記憶がある。母親に、はしたないとやんわり窘められたのは今となっては良い思い出だ。ジークの珍しい面を見ることができ、エドは少し得した気分になった。


 「そうさ、公爵領で第二の町だもの。」


 エドは、自分の事のように誇らしげに言った。


 ウルバルフは二重の城壁を持ち、公爵領では領都に次ぐ人口を誇る。領都の十五里ほど南にあり、大河ドルトエル川の畔に位置する港町だ。領都の外港として港には、多くの商船が行き来し、物資を買い付ける商人も公爵領中からやってくる。


 この時期は、海から吹く風に乗り、多くの帆船が河口の港から外国の商品を満載しやってくる。そのため、毎朝、市が立ち大変賑やかで楽しいものだ。昔、市に遊びに行った時は、領都でもあまり見ることのできない、珍品を見つけることができるので、それはもう、はしゃいだものだ。


 「このまま、目的地に向かわれるのですか。」


 「いや、一回代官のところに、寄ってからになるな。案内役の人がどうしてもほしい。」


 この町の近くで、何やら古い遺構が見つかったらしい。帝国の祖先達がどこから来たのか解く鍵になるかと思い来たが、今考えてもどうしようもない。もっと情報が欲しい所だ。エドは再び本に目を落とし、馬車の中は、沈黙が訪れた。


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