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特別国庫管理部  作者: 安曇 東成
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二章 一 ヘルプマーク


 今日は珍しく電車で移動だ。

 古城戸は街を歩く時は地味な服装をする。今日も白いブラウスにベージュのタイトナロースカートで、胸元にチェーンタイプのドレスピアスをしている。


 以前あいつがそこそこの装いで街を歩いたとき、十分毎にスカウトマンらしき男に「どちらの事務所の方ですか?」と声をかけられたらしい。最初の二回は古城戸も丁寧にあしらったそうだが、三度目には「公務員です!」と怒鳴り返したと言っていた。それ以降、なるべく地味で目立たない格好しかしないそうだ。


 山手線は乗車率百八十パーセント程度で、吊革がそろそろ埋まる頃合いだ。そんなとき、俺たちの近くの優先席で、一人の男性老人が咳払いをした。その老人の前には、四十前後の男が座っている。


 俺はその男性の鞄に、赤い布地に白い十字とハートマークの入った「ヘルプマーク」があるのを見て取った。この男性は身体のどこかが良くないらしい。隣で吊革を持つ古城戸も見ていたから気づいているだろう。ただ、このマークはあまり普及していないから、老人が知らないだけの可能性もある。二〇一八年には大阪・東京・名古屋で配布が開始されたが、その後あまり広報されていないのだ。


 そのとき老人がもう一度先ほどより強めに咳払いをした。前の席の男性はそれでも俯いて座っている。老人は右足の踵を二、三回踏み鳴らした。それで、男性は立ち上がって右手のドアから隣の車両へ移動していった。それをみて老人は不満気な顔で勢いよくその座席に座る。


 古城戸が老人に向かって歩き始めたが、俺は右肩を掴んで制止。古城戸は無言で俺を睨む。相当頭に来たらしい。


「やめとけ」


 俺がそう言うと古城戸はため息を一つ落とし、元の位置に引き返した。古城戸の気持ちは痛い程わかる。俺の気持ちも古城戸は察した。


あの老人はおそらく死ぬまでヘルプマークの存在を知らずに過ごす。そういう類の人間だ。そしてヘルプマークに限らず、自分の無知を棚に上げて不満を漏らすのだ。


 俺は古城戸に、そういう人間と関わって欲しくなかった。


この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

記載されている会社名および製品名は、各社の登録商標または商標です。

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