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特別国庫管理部  作者: 安曇 東成
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一章 八 あの場面に必要だったのは格好いいバイク


 俺が午前三時に起きた時、古城戸はもういなかった。俺はXperiaを確認すると、古城戸からメッセージが残っていた。


『よく寝ていたので先に帰るね』


 メッセージの時間は今から二時間前だ。どうやら目覚めるどころか熟睡したらしい。起こしてくれてもいいのに、薄情な奴だ。文句の一つでも返信したかったが、深夜だから返信はできない。こうなったら朝にチェックアウトしよう。もう数時間で朝だ。


 俺はもう一度Xperiaを手に取り、今度はアルバムを見る。例の書類が写っていた。もちろん役に立たない。俺の能力はこの程度でしかない。持ち帰られるのは写真だけだ。古城戸のような、奇想天外な力があればと思わなくもないが、人類には過ぎた力な気もする。実際そんな力があったらどう使うだろうか。オーバーテクノロジーの道具を衆目気にせず乱用したらすぐにろくでもないことになるだろう。結局は現代社会の中で目立たないように使うしかない。

 

 古城戸が寝ていた側のベッドを見ると、布団を丁寧に伸ばして綺麗にしていた。俺たちは仕事で寝る時、布団の中には入らない。いつも二、三時間で起きて帰るのが普通だからだ。俺は皺になったスーツのズボンを脱いで、備え付けのプレス機にかける。


 シャツも脱いでハンガーにかけ、下着のまま今度は雪のように柔らかい布団に入ってもうひと眠りすることにする。先ほどまで寝ていたにも関わらず、ものの数分で俺の意識は遠のいた。


 やがて、いつものXperiaのタイマーで目覚め、ガラス張りの浴室で一人シャワーを浴び、プレスしていたズボンとハンガーのシャツを身に着ける。顔を洗い、ホテルの部屋を出る。ロビーでチェックアウト手続きをして領収書をもらい、ドアマンにLEXUSを入口まで回してもらい、自宅へ向かった。


 古城戸は毎回、事務所に近いホテルのうち、高級なところを数か所のうちから選ぶ。だから事務所に自宅が近い俺は、徒歩で家まで向かえる距離だ。車で十分程走って自宅に戻り、着替えて今度は事務所に向かった。


 事務所の駐車場にはYAMAHA YZF-R3があった。古城戸はもういるらしい。LEXUSは適当に停めておこう。


 事務所の『国庫管理部』に入ると、古城戸は自席でパソコンに向かっていた。今日はベージュのパンツに白いワイシャツ。革ジャケットはいつものようにハンガーにかかっている。俺が自分の席に近づくと、あちらから声をかけてきた。


「昨日はごめんね。よく寝てたから起こせなくって」


 謝ってくるのは予想外だったが、ここで「まったくだ、自分だけ帰るなんてひどいな」などと返すと気分を害するだろう。俺は別に古城戸と喧嘩したいわけでも険悪になりたいわけでもない。それに、古城戸にしてみれば、起こせば身の危険があると思ったのかもしれない。おそらくそれでフォローを入れているんだろう。


「いや、いいんだ。高級ホテルだからな。よく眠れたよ」

「そう。ならよかったわ。帰ってから気にしてたの」


 俺を気にしてたと聞いて少し心拍が上がったが、大した意味はないだろう。それにこの話題はもういい。ついでとばかりに手を伸ばしてLEXUSの鍵を古城戸の机に置いた。


「夢の中で起きたすり替えはリアルでもあったと思うか?」


 古城戸は重々しく頷く。


「合意文書をすり替えた上で日本に公式の場でその文書を出させて、追及する腹づもりだったのね」

「すり替えられた文書が事故で灰になったのは、とんでもなくラッキーだったということか」


 事故がなければ俺たちに依頼がくることもなく、偽文書で公式の場に出るところだったのだ。だが偽物の書類が事故で燃えたことで俺たちに依頼がきて、逆に本物が用意されたため、日本政府としては命拾いをしたことになる。


「そうね。政府にそれを知らせるかは考え物だけど」

「某国政府の仕業ではなく、反日組織の仕業かもしれないが」

「どちらにせよ、これでそいつらも面食らうってもんよ」


 俺と古城戸はひとしきり笑いあう。仕掛けた組織を潰すことができれば一番いいが、某国政府が相手なら潰すことは不可能だし、反日組織も潰したところで無数に沸いてくるから今回の結果で十分だろう。


「そういえば、夢の中で聞きそびれたんだが」


 古城戸は、LEXUSの鍵を取ると顔を上げて黒曜石で作られた芸術品の瞳でこちらを見た。


「逃げるとき、なんでデイトナだったんだ?」


 古城戸は一瞬小さな口を開けて呆けると、不敵な笑みを浮かべる。


「あの場面に必要だったのは格好いいバイクでしょう?」

「はいはい全米が泣いた」


 俺は肩をすくめる。古城戸はパソコンに顔を戻す。が、「ふふ……ふふ」と変な声が漏れていた。

 気持ち悪いので黙って部屋を出た。



「上田さん、速達です」


 集配係が、庁舎の部屋の入口に立って声を張り上げた。僕宛に一通の書類が届いたみたいだ。僕は部屋の入口まで歩いて、A四サイズの封筒を受け取ると裏返して送り主を確認する。住所は記載がなく名前だけ『特別国庫』となっていた。僕は思わず変な声を出してしまった。集配係の人は不思議な顔をしたけど、間違い郵便ではないことがわかると去っていく。


 開封はせずに、急いで藤原さんの元に持っていくことにした。中身は見なくてもわかっているんだ。僕は議員からの資料閲覧申請対応をしていたけど、それを放り出して藤原さんのもとに向かう。


 藤原さんは和多田議員と話し込んでいた。僕が封筒を持っていることに気づくと和多田議員の肩を叩いて僕を指さす。


 和多田議員は冷や汗をかいていたけど、僕の姿を見て命拾いをしたかのような表情になった。僕が会話ができる距離まで近づくと、藤原さんは大きな声で「届いたか?」とだけ言った。僕は笑顔で大きく頷いた。藤原さんは「ほらね」と和多田議員に声をかけている。

 和多田議員は小走りで近寄ってきた。


「見せてくれ」


僕は無言で封筒を差し出す。和多田議員は手に取り、書類の束を引き出した。書類は英語で記載されており、表紙から何枚かめくったあたりのページ下部には某国のサインと、日本の安納総理のサインがされているのが見えた。てっきり押印があると思ったけど、サインのみで押印はない。そういうものなんだな。

 和多田議員は書類の裏を見たり照明に透かしたりして、何度も頷く。


「うん、これだこれ。やっぱり写しが特別国庫にあったんだな」


 和多田議員は特別国庫の正体を知らないんだな。古城戸さんを知っているのは極少数の議員なんだ。


「先ほど特別国庫から届きました。お間違いないですね」


 和多田議員は安心した様子で書類を封筒に戻して頷いた。


「おかげで助かったよ。明日の国会で使うからそろそろ資料の締切期限だったんだ」


 国会で使う資料は国会で配布したりするために議員は前日までに揃えて次官に提出しておくんだけど、いつも時間ギリギリで出してくる議員が多いから、官僚は残業が無くならないんだ。


 和多田議員は藤原さんのほうにも頭を下げて去っていく。議員にしては珍しく腰が低くていい人だな。大抵の議員はふんぞり返って偉そうにしていて、官僚の仕事にお礼を言う人なんていないんだけど。そう思っていると藤原さんが近づいてきていた。


「これで一件落着だな」

「そうですね。ちゃんと用意してくれましたね」


 藤原さんは自分が大仕事をしたかのように勝ち誇った顔になる。でもボサボサ頭だから全然格好良くない。


「古城戸さん達にお礼をしたほうがいいのでしょうか」


 藤原さんは首を横に振る。


「彼女達への接触は極力控えるんだ。緊急時以外連絡は取らないし、連絡手段も特殊だよ」

「電話やメールできないってことですか?」

「うん。情報漏洩は何より避けたいだろ?」

「そうですね。この前お会いしたのは、本当に特別だったんですね」


 当分、古城戸さんに会うことは無さそうだ。少し残念だな。明日からはまたいつもの日常が始まるかと思うと、少し気が重くなったぞ。



この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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