十章 八 光の中で
八
「出でよ、陵光!」
俺は炎の梟を召喚し、長髪の男に放つ。だが男はそこに来ることが分かっていたかのように躱していく。いや、わかっているのだ。『巽為風』の因果により何十秒か前からやりなおしているのだろう。時間が戻ってしまうので因果を発動したかどうかも確かめられない。
古城戸が『地雷復』を使うと燭陰が現れたので、刑天が引き受けてくれている。光速の熱線も撃ち出す時の視線や殺気を察知して躱すことができている。俺たちへの流れ弾には注意しなければならない。
長髪の男と一緒にいる亜門という男は古城戸と何故か仲良く並んでお互いの陣営を応援している。古城戸を人質にとったりしないし案外いい奴なんじゃないか?
やり直し男はナイフを投げてくる。通常なら躱せるはずだがイヤなタイミングで投げてくるため傷を負ってしまう。『巽為風』でやり直しているのだ。ナイフを投げて俺が躱したらやり直し、当たるまでそれを繰り返す。そうすることで確実に俺にダメージを入れられる。このまま長引けば不利だと判断。
この"やり直し"男を詰ませるのは簡単だ。やり直せない一撃必殺の不意打ちをすればいい。だが相手もそれは警戒しているので、確実にハメるには不意打ち攻撃を二種類用意し、一つ目をやり直させて覚えさせ、一つ目を躱させたところで本命の攻撃で仕留める。
俺は陵光の攻撃による爆発で砂煙が舞う隙に、『雷沢帰妹』で出した虎バサミを見えないように埋める。もう一つはその横三メートルの辺りに対人地雷をセット。
もし虎バサミを躱されたらそれは一度やり直していることを意味し、地雷の場所に誘導すれば完了だ。
刑天は燭陰の攻撃でかなりのダメージを受けている。あいつがいくら強いといっても最強の神使燭陰相手では分が悪い。戦闘不能になるまで時間の問題だ。
「出でよ、孟章!」
『雷沢帰妹』により召喚された緑の鱗が輝く龍は、長髪の男に雷光を放つ。だが、長髪の男はそれを読んでいたかのように躱す。これはやり直しをしている動きだ。
さらに男は虎バサミの地点を露骨に避けた。つまり一度経験済みなのだろう。俺は男がその横三メートルの位置に逃げるよう孟章の位置を調整。
男は読み通り地雷を踏み、轟音と共に吹き飛んだ。
吹き飛んで地面に叩きつけられた男はまだ息があったが、八卦を使う集中力はもはや出せない。
俺は地面で呻き声をあげる男に近づきしゃがむ。俺も手や足に傷を受けているので痛い。
「浩宇が八卦を使っている。つまりこれは現実になるってことだ」
「嘘……だろ……」
息も絶え絶えに男は震える声でつぶやく。
「その程度なら死にはしないさ」
俺は適当に慰めを言うと燭陰を見る。燭陰は巨大で長大な龍だった。胴体は白く輝き細長い。その長さは果てしなく、山の向こうまで続いていた。頭部だけで小さなビル程の大きさがあり、角は四本、目は十二もある。
動き自体は素早いわけではないが、とにかく体が大きくダメージを与えるのが難しい。
刑天はちょうど限界を迎えたようで、膝をついて肩で荒い息をしている。
「あとは任せろ」
俺がそういって刑天の肩を叩くと刑天は立ち上がる。
「頼もしくなったじゃないか」
「やれーっ燭陰、そいつらまとめて食い殺せ!」
亜門がそう命じ、燭陰は小さく吠えた。
「雄太ーっ! やっちゃえ!」
古城戸も亜門と並んで応援を始めた。
俺と刑天はしばらく燭陰と戦うが、攻撃は全く通じない。陵光の爆発だろうが、監兵の牙だろうが鱗に傷すらつけられなかった。物理的な攻撃ではダメだ。
俺は当初、『藤柄八山勾玉』で太歳の因果、『沢風大過』を使っての即死攻撃で燭陰を斃すことを考えていた。だが亜門の八卦が能力封じであったので、プランを変更せざるを得ない。変更案は二つ。一つは時間を稼いで延行が勝つのを待つ。延行が勝てば燭陰の支配は解け、戦う必要は無くなる。もう一つは『藤柄八山勾玉』はここで使わず斃す、だ。一つ目はそもそも勝てるかどうかの保証もないし、それまでの時間粘れるかも怪しい。二つ目はもっと望み薄だ。脳内での勝率はかなり低くなってしまった。
「ぐあっ!」
刑天の悲鳴が聞こえたので振り返ると光速の熱線に灼かれたのか、足を押さえてる。立ち止まっては駄目だ。俺は燭陰の射線に入りづらい位置を動き回りながら作戦を考える。孟章を召喚し、背中に乗って空中を逃げ回る。
燭陰は身体を捻って孟章に体当たり。その衝撃で俺は空中に投げ出される。世界がスローモーションになり、放物線の頂点で無重力状態となった時、何故か姉の顔が脳裏に浮かぶ。あぁ、俺も死ぬから姉貴の顔が浮かんだのかな。
その瞬間、俺の脳に閃光。
俺は燭陰の魂を引き、夢の入口に移動する。辺りは白んで自分と世界との境界が曖昧になる。
俺は昔、姉から聞いたことを思い出した。
「夢の入口には望天吼という恐ろしい何かがいて、後ろを振り返ると食べられちゃうのよ」
この白い光の世界に燭陰の魂も来ている。俺は思い切って後ろを振り返る。
そこには姉の言ったとおり、間違いなく望天吼がいた。
大きさは、とてつもない。太陽は地球の一〇九倍の大きさで、さらにオリオン座のリゲルはその太陽の約一一〇倍の大きさだが、それよりも大きいと感じる。もはや大きさというものがわからない。
俺が後ろを振り返ったことで釣られて燭陰もそちらを見たようだ。これで勝負はついた。
後ろを振り返った俺は『火水未済』で作られた幻影。本物の俺は後ろを見ちゃいない。幻影が見たことも俺が見たうちに入るならアウトだが、それはもう賭けだ。
以前古城戸が教えてくれた望天吼の話だと、龍が餌らしいから喜んで食うだろう。
しばらくして、背後に小さな咆哮が聞こえた。
俺は再び子涵の夢に戻る。
夢に戻ると空中にいたせいか、落下していく。この高さで地面に激突したら死んでしまうが、湖の真上だったので俺は湖に落下した。泳いで陸地に上がると亜門は観念したのか湖の隣にある扉の無い小屋で古城戸と並んで椅子に座っていた。
古城戸は俺の姿を認めると立ち上がって俺に駆け寄り、飛びついてくる。
「勝ったのね? 良かった!」
「びしょびしょだから濡れるぞ」
「いいの!」
そういって古城戸は余計きつく抱き着いてくる。
「お~い」
遠くから聞き覚えのある声。延行と石橋が坂の上で手を振っている。
「あっちも勝ったか」
古城戸は俺から離れて延行のほうに向かう。
「兄さん、大丈夫? 怪我はない?」
「大丈夫。冬美も大丈夫かな?」
「私は大丈夫。由井薗君は怪我しちゃったけど」
二人の後ろから子涵がついてきており、俺と古城戸は警戒。
「あぁ、もう彼女は大丈夫。正気に戻っているよ」
延行が手を挙げて俺達を落ち着かせた。浩宇の姿が見当たらないから、あいつが黒幕だったということか。
延行と石橋が湖の小屋に着くと亜門と話をする。
「わかった、俺の負けだ」
亜門は両手を挙げて潔く諦めた。延行は一つ息を落とす。
「じゃあ、まずはこの二人の能力を封じてくれるかな」
そういって蚩尤が担いできた山路と印南を示す。亜門は二人に触れて因果”水天需”を発動。
「封じたぜ」
「次はこの男」
重傷で意識不明の長髪の男も同じように能力を封じさせた。
神使白澤は俺と長髪の男の傷を癒す。
「じゃあ、亜門君とはこれでお別れだね。またそっちの地球で会おう」
「やなこった」
亜門はしかめっ面でそう答えた。延行は笑う。
「よし、これで起きよう。子涵、起きたら特別国庫管理部に来るんだ。いいね」
「わかりました、延行様」
そうして俺たちは夢から覚める。
朝一でビジネスホテルを出た俺たちは庁舎に移動し、子涵を待つ。
やがて子涵も到着し、一同は庁舎九階の会議室に集まった。現実世界で見る子涵は二十九歳の落ち着いた女性。
「僕と子涵は反地球に行く」
延行は皆にそう告げる。それを受けて俺が続ける。
「『藤柄八山勾玉』はあと一回使える。それを使えば『天雷无妄』で反地球への扉を作ることができると思う」
「延行は神に追われる身じゃ、それも仕方あるまい。だが子涵はいかずともよいのではないか?」
神子島がそういう。
「僕はまたあっちに孤児院を作りたいんです。パーグアじゃない、一般のね。それを手伝ってもらおうかと」
「私はすでに孤児院の運営については経験済みです。だからお手伝いもできるかと」
子涵はもともと夕子と延行の作った孤児院育ちで大きくなってからは運営自体も手伝ってきたから頼もしい。
「そうか……達者でな」
「神子島さん……大仰さんも」
「元気でね。手紙書いてよ」
「ハハ、届きませんよ」
「夢でもらいましょう。そしたら俺の雷沢帰妹で出せますから」
「夢で逢えるなら手紙はいらないと思うけどね……」
一同は笑う。
「兄さん……」
古城戸は延行を抱く。延行も古城戸の頭を撫でた。
「冬美、元気で」
「また会えるよね?」
「夢でなら」
二人はしばらく無言で抱き合い、ゆっくりと離れた。
「由井薗君、世話になったね。僕のせいで君たちには本当に迷惑をかけてしまった」
「いいえ、こちらこそ。おかげで冬美さんに会えたわけですし」
「……冬美をよろしく頼むよ」
「ハハ、引き受けました」
古城戸が俺の背中を叩く。
「二人で決めないでよ」
一同はまた笑顔になり、神子島は感極まったのかハンカチで目元を抑えた。
「じゃあ、由井薗君、お願いするよ」
「わかりました」
俺は九階会議室の倉庫の扉に向かって『天雷无妄』を発動。観測されていない扉の向こうを反地球に繋げる。『藤柄八山勾玉』の力は絶大で、太陽を挟んだ反対側、三億キロの距離だろうが関係なしに接続。
「どうぞ」
俺が手を差し出すと延行と子涵は倉庫の扉を開く。そこには緑豊かな大地が広がっていた。暖かく爽やかな風が九階会議室に吹き込む。
延行と子涵は足を踏み出し倉庫の扉を越え、あちらの大地に足を下す。
二人はこちらに向き直って深々と頭を下げ、ゆっくりと扉を閉めた。
風は去り、草の匂いだけが広がる。
次回、完結となります。




