十章 七 『雷水解』
七
石橋は山路と印南に追いついた。
「おいコラ」
二人はその声に目を見開いて振り向く。
「お前は! 麻雀の時の!」
「久しぶりやのう。 今日は逃がさんで」
その言葉に二人は戦闘態勢。
「フン! こっちにはバケモンがついてるんだ、やれるもんならやってみろ!」
山路が自信タップリに言い放つ。それと同時に黒く毛の長い、巨大な犬のような何かが現れた。
「渾沌! その男を食い殺せ!」
印南が黒い犬に命じると同時に猛スピードで石橋に迫る。石橋は涼しい顔で散歩でもするかのように印南達に向かって歩く。
「子涵に何を言われたか知らんが、用が済んだら始末されるんとちゃうか」
「そこまで冷酷な人じゃない。こっちの地球に居場所が無い俺たちを拾ってくれたんだから」
そんな言葉を交わすうちに渾沌の牙が石橋に迫る。だが寸前のところで渾沌は弾き飛ばされる。そこには牛の頭に黒い毛に覆われた胴体、六本の腕に蛇の尻尾、蝙蝠の羽をもつ悪魔のような姿をした化け物がいた。
「何ぃ!」
「こっちも化物はおるんや。そうじゃないとこんなに悠長に歩いてくるかいな」
渾沌は立ち上がると蚩尤に向かって突撃。蚩尤は右手の槍で迎え撃つ。それと同時に山路から八卦の気配。火天大有が発動した。渾沌の攻撃は蚩尤の防御をすり抜け命中。六本ある腕の一本が鋭い牙に切り裂かれ千切れ飛ぶ。火天大有により攻撃の命中確率を百パーセントにしたのだ。
「どうだ、こっちの攻撃は必中だ!」
石橋は意に介さず前進。渾沌は再び蚩尤に飛び掛かる。蚩尤は炎の槍を目にも留まらぬ速さで突き出すが、山路の火天大有が発動。攻撃は命中せずに躱され、逆に反撃を食らい、またもや腕を一本もがれる。
「ハハ、てんで弱いじゃねーか!いいぞ渾沌!」
渾沌は攻撃を続ける。蚩尤は躱そうとするが、その度に渾沌が最適な位置におり攻撃が命中する。一方蚩尤の攻撃はことごとく躱されてしまう。
やがて蚩尤の腕は五本がもがれ、残すは槍をもつ右腕一本のみとなった。渾沌は無傷である。
気が付けば石橋は山路の三メートル前まで来ていた。
「俺の狙いは最初からお前だけや!」
そう言って石橋は鋭く踏み込み、強烈な右ストレートを山路に放つ。山路は咄嗟に火天大有で右ストレートの命中率をゼロに、できない。石橋の雷水解が止めた。
鈍い音とともに山路は地面に叩きつけられ、身動きしなくなる。
「いって~。殴った手のほうが痛いわ」
そう言って右手を振る。それを見て印南も石橋に殴りかかるが蚩尤が残った右腕で印南の頭を掴んだ。側には炎の槍が脳天に突き刺さった渾沌が倒れている。
蚩尤が手を放すと印南も気を失って倒れる。
「なんやこの程度かいな。俺のとこに燭陰おると思ったんやけどなぁ」
山路と印南は蚩尤が肩に担ぐ。
「ほな、延行さんに加勢するか……」
石橋はそう言うと孤児院に向かって歩き出した。
孤児院では子涵、浩宇に延行が対峙していた。
「子涵、もう馬鹿なことはやめるんだ」
「延行様はどのみち反地球に行かれるのですから、我々に協力されたほうがよろしいのですよ」
延行は首を振る。
「何が君たちを変えてしまったんだ? 昔の君たちは素朴な生活を愛する心優しい人間だったろう」
「人生は一度きりなのです、延行様。 何を成し遂げるかが大事なのでは?」
「まるで覇道にでも目覚めたかのようじゃないか。何かを成すのは大事だが、それが侵略なのはいただけないね」
仮面の男、浩宇が小さく笑う。
「僕が"理想"の子涵を現実にしたんです……土と埃に塗れて生きる子涵は見るに堪えなかった。今の彼女はまさに理想そのものだ」
浩宇はさらに笑いを堪えるように肩を揺らす。
「延行さん、あなたは反地球に行かなければならないんでしょう? 僕たちと組まずしてどうやってあちらに行くのです?」
「間違っても今の君たちとは組めない。浩宇、君が元凶だったんだな」
浩宇の仮面が赤から黄色になり、両脇に二体の魔物が現れた。
辟邪と九嬰である。辟邪は美しい女の上半身に鹿の下半身。九嬰は目が九つある巨大な蛇だった。
「もういいです。俺たちと組まないならここで終わりにしましょう。殺して現実にしてあげます」
浩宇がそう言うと二体の魔物は動き始める。延行は驕虫を土星の環のように周囲に回転させる。
九嬰は口を大きく開き、猛烈な炎を吐き出す。延行の周囲を飛ぶ驕虫は集まって盾となり、炎の直撃を防ぐ。それと同時に残った甲虫は弾丸となって浩宇を急襲。
しかし辟邪は美しい声を発すると光の盾が現れ甲虫の突撃を弾いた。お互いの攻撃は通らないように見えたが、延行の足元には焼け死んだ甲虫が何匹か転がる。このまま長引けば不利になる。
九嬰はさらに炎を吐き出す。甲虫は回転しながら盾となり炎を退ける。延行は子涵の支配をまだ完全に振り切れていない。振り切れれば神使は正気を取り戻すがそれは難しいと感じる。
お互い五分程攻撃しあったが決定的な打撃は与えられていない。
その時、不意に周囲が暗くなり、あらゆる音が消えた。まるで宇宙に投げ出されたかのうような浮遊感。
暗闇が晴れたとき、九嬰の頭は蚩尤の持つ炎の槍に貫かれていた。
「俺も混ぜろや」
その声に延行が振り向くと、石橋が孤児院の入口に立っていた。
「石橋君!」
石橋がここにいるということは、山路と印南は始末できたということだろう。しかし、蚩尤を見れば腕が一本しかない。相当削られている。
蚩尤は辟邪に向かって槍を突き出すが、甲高い声と共に光の盾が現れ槍を阻む。延行の甲虫も攻撃に回すが辟邪の防御を破れない。
浩宇は唇を噛む。攻撃手段がもう無いに違いない。だがまだ最後の切り札があった。
「燭陰!来なさい!」
最強の神使である燭陰は延行の『山沢損』で支配することはできたものの、その強靭な精神力によって自由に動かすことはできなかった。おそらく命令を聞くのはただの一度。その一度を使った。
「燭陰? 你怎麼不來?」
「燭陰は由井薗と戦ってるんやろ。もう斃されてるかもな」
石橋が告げる。
「馬鹿な! 最強の神使が負けるはずがない……」
蚩尤と驕虫は攻撃を続けるが光の盾は攻略できなかった。子涵の水火既済も槍や甲虫を反射して攻撃を通さない。
蚩尤と驕虫はタイミングを合わせて攻撃。辟邪は光の盾で甲虫の群れを弾き、子涵は蚩尤の槍を水火既済で反射、できない。石橋の雷水解が止めた。
無言の叫びと共に子涵は蚩尤の槍に貫かれる。
「小涵!!」
浩宇は子涵のあだ名を呼ぶ。この夢は浩宇の因果、『火水未済』で現実になる。子涵は現実で死ぬだろう。
子涵は両膝をつき、大量に血を吐いた。目には理性の光。
「延行様、申し訳ありませんでした。この孤児院での生活は、本当に幸せだったのです。何故私はそのことを忘れていたのでしょう……」
子涵は最期にかつての自分を取り戻していたが、すでに命の炎は消えかけている。浩宇は子涵に駆け寄ったが、蚩尤の槍が子涵を貫いたまま、さらに浩宇も貫いた。
浩宇も大量の血を吐き出すと無言のまま絶命した。
「……終わった……のか?」
蚩尤が槍を引き抜くと、延行はまだかろうじて息のある子涵の手を取る。
「延行様……」
その言葉を最後に意識を失いもうダメかと思った時、孤児院の入口に一匹の獣がいた。それは白い四足獣。しかし頭部は禿げ上がった老人。延行は十年前に見た記憶がある。神使の一体、白澤。
白澤はゆっくりと歩み寄ると子涵の額に軽く口づけをする。
「おぉ!?」
石橋が驚きの声を上げると同時、子涵の身体が柔らかい光に包まれる。霊獣白澤は癒しの力を発動。子涵の傷は塞がり、蒼ざめていた顔には血の気が戻る。
「治した……のか?」
延行は恐る恐る子涵に触れる。温かい。どうやら助かったようだ。
延行の支配は解け、神使はすべて解放されたはずだ。まだ生きていた辟邪も既に戦う意思は見せていない。
「さて、由井薗君はどうかな。もう燭陰は敵じゃなくなったわけだけど」
「どうですやろ。ボチボチ見に行きますか」
「そうだね。片付いていると願うよ」
延行と石橋は孤児院を出て、南の湖へと向かう。
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