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特別国庫管理部  作者: 安曇 東成


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十章 六 正義


 夜になり、俺たちは夢に入る準備を始める。ビジネスホテルの一室であるここは三人部屋なのでベッドは三つしかない。古城戸兄妹が一つにベッドを使い、俺と石橋で一つづつ使うことにする。侵入先は、延行と石橋ペアは子涵(ズーハン)の夢に。俺と古城戸もそれについていくことにした。夢の中に入ったら別行動になるだろう。

 

 延行は子涵(ズーハン)に自分の『山沢損(シャンツーセ)』を反射されている関係で侵入は容易らしい。

 

 遠い光を目指す。その頂を目指すことしか考えない。昔誰かに聞いたことを思い出す。後ろには望天吼がいるから振り返ってはいけないと。

 光の中に入ると(もだ)となる。俺が俺である何かがそこでは全て。そうして、溶けあい、繋がる。


 侵入した先は俺の知らない建物だった。木造で、どこか学校を思わせる。すこしカビ臭いが全体的には綺麗に掃除されていた。俺の周りには他の三人もいた。古城戸が窓の外を見て、俺に振り返る。


「中国の孤児院ね」

「ここがそうなのか。とりあえず子涵(ズーハン)の気配は感じないな」


 俺の因果、風雷益(フーレーイ)は周囲の別の因果を感じることができる。だから子涵(ズーハン)が近くにいればわかる。


「ここが子涵(ズーハン)の夢に間違いないんやろ? ならそう遠くないところにはおるよな」

「そうだね。外を探そうか」


 全員で建物を出て外を歩いてみる。孤児院の周囲には広大な菜園があり、自給自足に足る野菜を育てているようだった。さすが中国だけあって土地はとにかく広い。


「辺り一面、畑しかないな。子涵(ズーハン)達がいそうな場所、わかるか?」


 俺がそう尋ねると古城戸は首を傾げる。


「南の湖かしら」


 古城戸はそう言って南を指差す。ここからでは見えないが、この先に湖があるのだろう。


「行ってみよう」


 俺たちはのどかな田舎道を歩く。やわらかな日差しと田舎特有のバクテリアの匂い。


「どうして姉貴は反地球を作って移り住もうなんて思ったんだろう」


 俺がそうつぶやくと延行が後ろから話す。


「パーグアは一般人から見れば異物だよ。存在が明るみになったら排除の対象となると思う」

「なりますかね?」

「なるね。人間はそういう生き物だ」

「今は法治社会ですよ。パーグアにも人権があるでしょう」


 八卦の力、いわゆる超能力を持った人間を世間はどう扱うだろうか。崇拝され、教祖のように崇められるかもしれないし、恐れられ、それこそ魔女狩りのように排斥の対象になるかもしれない。だが現代の日本は法治社会であり私刑などは考えられなかった。


「こんな力を持つと、必ず崇拝されることになる。そうするとどうなるかわかるかい?」


 延行の問いに考え込む。答えたのは石橋だった。


「派閥ができるやろな。石橋派、由井薗派、みたいに」

「その通り。そうなると本人が望んでいなくても派閥間で争いが起きる」

「確かに、それはありえるかもしれません」


 延行は頷く。


「もしそれで、どちらかの大事な人が傷ついたり失ったりしたらもう止まらない」

「ありがちな話ですね」

「そうやって争いに疲弊していくと民衆はパーグアの存在を疎むようになるだろうね」


 ……そういうことか。俺の姉もそれを懸念してパーグアが安心して暮らせる新天地を作ろうとしていたのだ。


 田園を一キロ近く歩いたところで俺の胸がざわつく。俺が足を止めると、皆も止まり俺に注目した。


「……いるな。子涵(ズーハン)だけじゃない。何人かいる」


 俺たちはそれ以降、息を殺して音を立てないように進む。ゆるい上り坂を越え、見下ろした先には湖が見えた。湖の側には小さな小屋と桟橋、小舟があり、その小屋の周りに何人か人影が見える。


「いた」


 古城戸が俺の背中に隠れ服を掴んだ。


「あれ、私を殺した男だわ」


 古城戸の視線の先には長髪で顔立ちの整った男がいた。上半身裸だが、全身に刺青がある。俺は男の腕に太極に鎖の刺青を確認。鳴神が言っていた男に違いない。他にも子涵(ズーハン)浩宇(ハオユー)、夢であった反地球人の亜門という男に山路と印南(いんなん)までいた。六人は何やら話し込んでいるが会話の内容はここからではわからない。


「鳴神が言っていた男だ。『巽為風(シーウーフォン)』の因果だな」

「何ができそうや?」


 石橋が確認する。


 『巽為風(シーウーフォン)』は『柔軟に、正しい順序で行えば上手くいく』という暗示だ。俺は巽為風(シーウーフォン)に触れてみる。


「何ができそうや?」


 石橋が確認する。


 ……そういうことか。これは危険すぎる因果じゃないか?


「俺が使って二秒巻き戻った」

「は?」

「二秒前からやり直せる因果だ」


 それで石橋も把握したようだ。それに今の反応からすると巻き戻しの記憶は無く、俺しかそれを覚えていない。石橋もそれは理解しただろう。


「なるほどな、てことはあの男はもっと巻き戻せるわけや」

「俺は劣化コピーだからな。だがそれでもせいぜいニ、三十秒程度だと思う」


 自分だけタイムリープする、というのは危険すぎる。失敗しそうになったら戻せばいいのだ。


「あいつが麻雀しても強そうやな」

「振り込んだらやり直せばいいのか」

「そうや」

「山を崩して牌を見てから巻き戻してもいいな」

「それはあかんな。牌はめくるまで確定してない。巻き戻しても同じ結果にはならん」


 量子論的に麻雀牌やトランプは観測するまでは確定していないからやり直しても同じ結果にはならない。


「そうか。量子論か」

天雷无妄(ツレイウーワン)とは違って『結果』を操作することはできんやろ。だからあくまで気にいらん場合にやり直すための因果や。よっぽどやり直したい願望があるんやろな」

「しかし、あの男が『巽為風(シーウーフォン)』なら、能力を封印する奴はあの亜門ということか?」

「その可能性が高いやろ。まだ確定ちゃうけど」


 そんな話をしていると、子涵(ズーハン)達は用事が済んだのか散会した。


 俺たちは草むらに隠れて様子を窺う。子涵(ズーハン)浩宇(ハオユー)は孤児院に向かい、亜門と刺青の男は湖の小屋の残る。山路と印南(いんなん)は別の方角に歩いていく。


「別れてくれたな。こっちも分散していこう」

「冬美。神使を二体預けます。お役立てください」


 俺たちが草むらから出ると虚空から声がしたので驚く。


 この声は聞き覚えがある。始祖夢魔だ。この中で唯一始祖夢魔を見ることができる古城戸は虚空に向かって話しかける。


「イリナちゃん。ありがとう」

「いいえ、私は政府関係者を始末するので精一杯です。申し訳ありませんがこちらのお手伝いはできそうにありません」

「ううん。私たちがなんとかするから」


 それきり始祖夢魔の声は聞こえなかった。去ったのだろう。石橋は幽霊の声でも聞いたかのように目を見開く。


「今の、始祖夢魔なんか?」

「うん。かわいいのよ」

「見えんなー」


 始祖夢魔が置いていった神使は無数の甲虫と俺に稽古をつけてくれた刑天(シンチィン)だ。


「この甲虫は驕虫(ジャオチョン)だよ」


 延行は十年前に戦ったことがあるので神使については詳しい。


「俺は山路と印南(いんなん)をやるわ。蚩尤(シユウ)こっちにもらってええか」


 石橋がそう言ったので頷く。


「じゃあ僕は子涵(ズーハン)浩宇(ハオユー)を。驕虫(ジャオチョン)は僕が借りるよ」

「なら俺と古城戸であの男と亜門を。刑天(シンチィン)は俺たちと来てくれ」


 そうして俺たちは三手に別れた。石橋が因縁のある山路と印南(いんなん)を、延行が同じく因縁のある子涵(ズーハン)浩宇(ハオユー)を。そうして俺と古城戸が鳴神(なるかみ)の仇である男に向かう。


 俺と古城戸は湖の小屋に歩を進める。小屋に扉はついておらず、雨をしのげるだけの単純な造りだった。


 俺たちが小屋に近づくと二人の男は身構える。


「お前たちは!」

「よぉ」


 長髪の男は古城戸を見て目を見開く。自分が殺した女が目の前にいたら驚くに決まっている。


「何故……!」

「地獄から帰ってきたわよ」


 古城戸は両手を前に垂らし、お化けの真似をしながら言う。


「俺たちの自己紹介はいらないな? 古城戸と鳴神(なるかみ)を殺したのはお前で間違いないか?」


 俺がそう言うと二人は即座に戦闘態勢。もし燭陰(ショクイン)が亜門を守っているなら逆に俺たちのほうが危険だ。亜門という男から感じる因果は『水天需(スーツーシー)』、"需。有孚光亨。貞吉。利渉大川。" 時期を待って大河を渡れ。停滞を暗示する因果。なるほどこれで八卦を封じるわけか。石橋の雷水解(レースーシ)に似てはいるが原理は異なる。


「待て待て。そっちのロン毛野郎はともかく亜門君には用事があるんだ」

「用事だァ?」


 亜門が巨体を揺すりながら返す。


「そ。お前たちがさらっていた古城戸延行の八卦を封じて欲しい」

「それはできん相談だな」

「まぁそうだろうな。『山沢損(シャンツーセ)』を封じると神使の支配が解けてしまうからな」


 亜門は鼻を鳴らす。


「こっちはお前たちに用は無い。邪魔をするなら始末するまでだ」

子涵(ズーハン)は反地球を支配しようとしているんだろう? 何故あいつに肩入れするんだ? 君たちにとってはむしろ敵だろうに。世界の半分をやろう、的なアレか?」

「ま、そんなところだな。 あの二人にはそれを実現する力がある」

「しゃべりすぎだぞ」


 長髪の男が亜門を(たしな)めると大男は肩をすくめる。


「とまぁ、俺たちの世界の話だ。お前たちには関係ないだろう」

「そうはいかない。こっちの世界の住人が侵略するなど見過ごすわけにはいかない」


 俺がそう言うと長髪の男が苛立ったように俺を睨む。


「関係ねぇって言ってんだよ。お前何様だァ?」

「君たちだけで世界征服するというなら俺も放っておくが、こっちの人間を関わらせるわけにはいかないな。こっちのパーグアにも誇りがあるんでね」

「誇りだぁ?」


 長髪の男が凄むが俺は涼しい顔。古城戸が代わりに答える。


「こっちパーグアはそんなことに八卦を使わないのよ」


 俺は頷く。


「何故だかわかるか? わからないだろうな」


 長髪の男は黙る。


「教えてやろう。世界征服なんかに八卦を使うと、八卦がそういう道具に成り下がる。単に人との上下をつけるためだけのな。俺たちパーグアはそんな下らない道具ではない。少なくともこっちの地球ではな」


 大男の亜門は自嘲する笑みを浮かべる。


「それは歴史の差から生まれる価値観の違いだな。俺たちの地球ではパーグアが特権階級になっている。すでに上下関係はできているわけだ。お前たちの地球に『神』と呼ばれる連中がいるだろう? そいつらは元々俺たち側の地球にいた住人共だ。そいつらがお前らの地球を作り、パーグアを管理する世界を作ったのが始まりだ」


 そんな歴史があったのか。こっちの地球の神は元々あっちの世界から来たと。


「お前たちにも自分たちの価値観があるだろう。それを否定するつもりはないさ。俺たちもそうだ。八卦で世界を支配する、それは俺たちにとっては英雄にふさわしい誉れ高い事だ」


 バカだと思っていた大男だったが、まともなことを言った。お互いの正義があるならあとはもう戦うしかない。


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この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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