十章 五 最後の目的地
五
俺たちの目の前に古城戸は現れた。素っ裸で出てきたらどうしよう、等と考えていたがちゃんと服は着ている。
「……やった」
俺は無言で古城戸を抱きしめる。古城戸は延行と石橋にも見られているので恥ずかしそうに離れた。
「よし、次は古城戸の番だ」
俺がそう言うと古城戸は頷き目を閉じる。自らの因果に触れる。長らく海那岐姫と同化していたが分離も完了し、真の姿となった。古城戸の魂は長らく眠りにあったがようやく芽吹く。魂は再生し、回復し、復活する。『本来の姿』となったその魂が持つ因果はただ一つ。
「『地雷復』だ!」
俺がそう叫ぶと、石橋と延行はガッツポーズ。古城戸も飛び上がって喜ぶ。
「由井薗が成功して、冬美ちゃんが失敗するなんてことあるわけないやろ? 俺はわかっとったで」
「失敗するなら僕を救出する時点でしているさ。君たちはもう単純な確率なんかに縛られていないよ。運命のままに、なるべくしてそうなる」
「これから大一番ですからね。最後に失敗して『ちくしょう……』っていうパターンかもしれませんよ」
延行は笑う。
「そうだね。まだ子涵達もいるわけだし油断はできない。せめて僕が子涵の支配を振り切れれば燭陰と戦う必要はなくなるんだけど」
「『地雷復』でなんとかならないかしら」
古城戸がそんなことを言った。確かに『本来の姿』を暗示する『地雷復』なら延行の支配を解けるかもしれない。それができればかなり有利になる。
「やってみよう」
俺が言うと古城戸は『地雷復』を発動し、延行に触れる。延行の身体がほんのりの光ったように見えた。
しかし、延行は首を振る。
「ダメだ。さっき由井薗君が起きるまで試してたんだけど、石橋君の『雷水解』もダメだった。発動してしまった因果は変えられないんだ」
「由井薗は今『藤柄八山勾玉』を持っとるんやろ? ならなんでもできるんちゃうの?」
俺は手の中の勾玉を見つめる。
「勾玉を持っていても俺が使えるのは今まで触れたことのある因果だけだな。浩宇の因果、『火水未済』で支配されていない状態を現実にする、ならできるかもしれない」
俺が風雷益経由でアクセスできる因果は以前の古城戸の因果『雷沢帰妹』、石橋の因果『雷水解』、延行の『山沢損』、今の古城戸の『地雷復』、山路の『火天大有』、神子島の『雷山小過』、鳴神の『沢火革』、太歳の『沢風大過』、天花寺の『風天小畜』、虚王の『風火家人』、皆本の『坤為地』、印南の『天雷无妄』、神子戸の『天地否』、子涵の『水火既済』、浩宇の『火水未済』、大仰の『地天泰』、六渡夕子の『雷火豊』、中国人の男の『火地晋』と『火山旅』か。
「それこそ本当の博打やな。失敗したとき完全に詰むやろ」
「虚王の因果で願いを叶えられるのかな」
「あの妖精の因果だよね? 僕は御免こうむりたいかな」
延行も過去に虚王と対面したことがあるから知っているのだ。
「石橋はどうだ? 何かアイデアはあるか?」
石橋は小さく頷く。
「最初から由井薗はアテにはしとらん。そやけどな……」
珍しく石橋が言い淀んだ。
「なんだ、言いにくいことなのか?」
「……延行さん、能力を捨てる覚悟はありますか」
石橋が延行にそう尋ねる。延行の能力は非常に強力だ。どんな相手、それこそ神の使いであろうと支配してしまえる。今はそれが仇となっているものの、最強と言える能力の一つだ。それを手放すことなどできるのだろうか。延行はしばらく考えていたが、やがて口を開く。
「この能力は夕子を助けたい一心で発現したんだ。その後もこの力には随分助けられた。……でも夕子も逝ってしまった以上、これはもう不要なものなのかもしれない。もちろん、惜しいけど」
石橋は頷く。
「以前、印南が言うとったんですが、子涵の仲間に『能力を封じる』やつがおるらしいんですわ。それって大仰さんの反対で、たぶんパーグアでなくす因果やと思うんです」
確かに以前雀荘で戦ったとき、印南がそんなことを言っていた。石橋はそれを覚えていて、作戦に入れるつもりだったのだ。
「それを延行さんに使ってパーグアでなくし、反地球に送ればすべて完了する、ということか」
「おいしいところだけ言うなや。俺に言わせろクソ」
石橋が俺を蹴る。
「それも『雷水解』と同じようにすでに発動したものには効かないかもしれないよ」
延行がそう言ったが、石橋は首を振る。
「それが効きますんや。効くからこそ、子涵は手元に置いてるんですわ」
石橋の説明には説得力があった。子涵は当然延行の『山沢損』を知っている。だからそれに対抗できる因果を用意していて当然なのだ。大仰さんが中国に囚われていたのも、封じた後、再び覚醒させるためか。
「じゃあ次の狙いはそいつだな。延行さんをパーグアでなくせば燭陰と戦う必要もなくなる」
「いや、それは子涵達にとっての急所やからな。絶対守ってるやろ。だから周りを削るほうがええ」
二期の神使でここまでわかっているのは、盤古と四神、応龍、蒲牢、負屓、燭陰の九体。
「延行さん、子涵が動かせる神使はあと三体ですよね? どんなやつなんですか?」
延行は腕を組んで考える。
「残っているのは九嬰、渾沌、辟邪だね。能力は僕も詳しくはわからない。わかる前に支配した、というほうが正しいかな」
先手必勝で支配したなら能力を知らないのは当然だ。俺は今まで気づかなかった重要なことに気づいた。
「そういえば、二期の神使って現界してないですね?」
「そうだね。燭陰も現界してない。だから夢に入らなければ燭陰と戦うこともないよね」
「マジか? なんでそれもっと早く言わんねん」
石橋は頭を抱えた。
「いや、今気づいたんだ。これまで二期の神使は全て夢で戦ったなって」
「……おかげでカラクリがわかったわ」
「どういうことだ?」
石橋は渋い顔をする。
「能力を封じる男は反地球におるんや。こっちの地球じゃいくら探しても出会えんわ」
それで俺もなんとなく話が見えてきた。
「……反地球との情報交換は夢で行われているということか」
「それが一番楽や。亜門っちゅう男がこっちに来た方法は浩宇の因果でこっちに来たことを現実にしたんやろな」
「マズい。それができるなら軍隊を一気に反地球に送ることを現実にすることすら可能かもしれない」
夢を現実にする因果は危険すぎる。侵略派の政府関係者を始祖夢魔が始末し始めたとはいえ、軍隊丸ごと始末することなどできない。
「なら、夢に入るしかないのね」
ここまで話を聞いていた古城戸がようやく口を開いた。
「二手に別れよう。能力封じの男は延行さんと石橋で、燭陰とその他の神使は俺と古城戸で」
「待てや、こっち戦力無いやんけ」
「そっちには蚩尤についてもらおう。それで構わないか?」
俺が影に向かって言うと影から『是』と答えがあった。蚩尤はもう自分の目的を果たしたが、神使として使命を果たす必要がある。ここで『藤柄八山勾玉』を渡せば使命は終わり、一期の神使は帰るだろう。だが二期の神使は子涵に支配されていて帰らない可能性もある。そうなれば完全に詰んでしまうからまだ勾玉は返せない。そういう事情は蚩尤もわかっているようだった。
作戦は決まり、夜までは単独行動は避けての自由行動だ。俺と古城戸は食事がまだだったので、ホテルに併設されたレストランで何か食べることにする。
レストランは手狭で、あまり大したラインナップがなかったので、俺はパスタのカルボナーラにした。古城戸も同じくパスタのボロネーゼを頼んだ。やがて注文の品が来た。パスタをフォークでつつきながら古城戸の様子を見るが、どことなく不機嫌だ。
「なんだかさっきから不機嫌じゃないか?」
「別に……」
「ボロネーゼ、マズかったのか?」
「……夢では名前で呼んでくれたのに、なんで戻ったの?」
……呼び方でスネてたのか。
「いや、あの二人の前だと恥ずかしいし……呼び慣れてないしさ」
「まぁいいけど。私も恥ずかしくて呼べなくなっちゃう」
あの時はテンションが上がって名前で呼ぶのも平気だったが、これまでずっと苗字で呼んできたので慣れない。
「最初は二人きりのときは名前で呼ぶようにするよ……そのうち慣れると思うから」
付き合いたてのカップルみたいな会話になった。実際そうなのかもしれないが、今は恋人気分に浸っている場合ではない。
すべてが片付いてからだ。
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