十章 三 黄泉送る(みおくる)
三
延行と夕子は神子島の前に歩み寄り、深く頭を下げる。
「夕子を探していただき、本当にありがとうございました」
「ありがとうございました」
神子島は小さく笑みを浮かべる。
「十年前、二人には何もしてやれんかったからな。年長者の儂が諫めるべきじゃった」
「僕こそすまない。この十年、ずっと中国に監禁されていたんだ。つい先日やっと帰ってこられた」
大仰は延行と夕子に頭を下げる。
「大仰さん……でもよく中国から帰って来られましたね?」
「実は僕にもよくわからないんだ」
大仰はそう言って頭を掻く。
「始祖夢魔じゃろ。あやつは今、政府要人の中で反地球侵略支持派の人間を片っ端から始末しはじめた」
それも石橋の読み通りだ。始祖夢魔の存在を忘れてはいけない。
「始末って、問題にならないんですか?」
延行の疑問には俺が答える。
「始祖夢魔は、No.5、盧亀を連れているんですよ。支配した男に盧亀を見せ、取り憑かせて自殺させているんでしょうね」
「じゃあ、侵略計画は始祖夢魔が阻止してしまうんですね」
「政府による侵略は、な。じゃが子涵の一味は自分たちだけでもやるつもりじゃろう」
「それを止めるのは俺たちです」
そう言うと六渡夕子は俺の前に立つ。
「ゆう君、ごめんね。お姉ちゃん一緒に行けなくて」
十年前に煉獄に落とされた姉の見た目は十六歳頃。俺よりも年下になってしまった。
「何がお姉ちゃんだよ、もう妹みたいじゃないか。あとはお兄ちゃんに任せとけ」
「ゆう君たら!」
俺は姉をやさしく抱きしめる。
「また会えるかな?」
「会える。すぐに会いに行くよ」
俺が姉から離れると、蚩尤が姿を現す。蚩尤は海那岐姫の前に膝を付き頭を下げる。
「姫よ、御物をお返しします。また、奪還に際し御物の力をお借りしたこと、お詫びいたします」
これまで俺たちのやり取りを見つめていた海那岐姫は美しい唇を開く。
「我に嘘が通じると思うてか。お前が我欲のために十年戻らぬ挙句、玉を使ったことはわかっておる」
そう言いながらも蚩尤から『藤柄八山勾玉』の欠片を受け取る。どうやら海那岐姫は蚩尤が正直に言うわけがないとわかり切っているようだった。正直に言えば神使といえど只では済まない。
蚩尤は喉で笑うと姿を消す。
「……まったく度し難い。其の方にも手間を取らせたな」
どことなく古城戸と似た少女から発せられる美しい声。俺は思わず片膝をついてしまう。
「海那岐姫。改めてお願いがございます」
「申せ」
「我々はこの後、燭陰を斃さなければなりません。彼の龍を誅する因果をお教えください」
燭陰との戦いは人間が招いたものであり、神が関与することはない。「俺たちの代わりに斃してください」は聞き入れられないだろう。だが、斃しうる因果であれば教えてくれるに違いない。それを海那岐姫から聞き出すのがこの作戦の一つ。そして、その因果をパーグアでなくなった古城戸に覚醒させるのがこの作戦のヤマだ。八卦は全てで六十四。つまり、一.五パーセント。
「『地雷復』を使うのじゃな。『地雷復』は『本来の姿』を暗示する。消えた燭陰を暴ける唯一の方法じゃ」
姿を暴けるだけで斃せはしない。つまりその先はなんとかしろということか。
「ありがとうございます。また、その際御物を用いますことご容赦ください」
「玉は只人が使うことは許されぬ。が、取り戻せるなら二度の使用は認めよう。三度の使用は制裁の対象とする」
使い放題に期待したが、二度だけだと釘を刺されてしまった。それはやむを得ない。神の裁定は絶対だから誤魔化したりはできないだろう。だがそれも石橋の読み通り。一回は使い道が決まっているから、対燭陰戦ではあの因果で一発勝負することになりそうだ。
「しかと肝に命じます」
俺がそう言って離れると海那岐姫は六渡夕子に歩み寄り、手を取った。
「挨拶はもうよいか」
「はい」
二人は東屋の中に進む。中には孟婆が待っていた。
「延行さん、今のうちに俺たちは行きます。次に会うのは起きた時ですね」
「本当にありがとう。僕は夕子を見送る」
延行は涙を流した。神子島も涙を流していた。
「儂らも夕子を見送る。戦いには参加できんが、幸運を祈る」
大仰は神子島の肩をさする。
「僕には最後の大仕事が残っているね」
「冬美、こっちにおいで」
延行がそう声をかけると十三歳の古城戸は延行に近寄る。
大仰は静かに因果『地天泰』を発動。十年前は古城戸に同化した海那岐姫の因果が発現したが、今回は古城戸自身が持つ因果を起こす。
「どの因果が目覚めたかは、僕は見ないでおく。二人に幸運を」
石橋は俺の肩を叩く。
「よし、行ってこいや。男を見せたれ」
「燭陰と戦うより緊張するぜ」
そう言うと石橋は爆笑した。
「古城戸、行こう」
十三歳の古城戸は俺が誰だかまだ分かっていないようだったが、無理やり手を取る。モタモタしていると孟婆が六渡夕子を送り、古城戸の順番が来てしまう。
俺は古城戸を連れて煉獄を抜け、古城戸の夢に侵入しなおす。神子島と大仰が手を振る姿が白んでいき、辺りは真っ白になった。
東屋の中には海那岐姫の他に孟婆と夕子、あとは神子島と大仰、そして延行がいた。
孟婆と夕子は部屋の中に置かれた木製の机と同じ造りの椅子に座っていた。
孟婆は急須から湯飲みに透明な茶を入れると夕子に勧める。
夕子はその湯飲みを取り、茶をゆっくりと啜る。夕子は茶を飲み干すと湯飲みを机に置く。
それを見た孟婆は椅子から立ち上がり東屋の扉を開けた。開かれた扉の先は、先ほどまでの煉獄と景色が違う。どうやら茶を飲んだ後に扉を開けるとその亡者にふさわしい行先につながるらしい。
夕子に開かれた扉は、山の麓だった。
「天国への登山の道じゃ」
神子島はこの山を登り天国への道を辿ったから知っていた。夕子は罪を犯したが死ぬことでその罪は償った。だから天国への道が開かれたのだ。
「みんな、本当にありがとう」
夕子は涙を流し、全員に向かって大きく頭を下げた。
「夕子、達者で」
「僕もそのうち行くよ。でもすぐは無理かな」
神子島と大仰が声をかける。
延行が夕子の前に立った。
「夕子、愛してる」
「私も。でもノブ君は私を忘れていい人を見つけてね。そしたら私、ノブ君の子供に転生するかもしれないよ」
「忘れるもんか。でも夕子が子供になるなら考えとくよ」
「うん。絶対だよ。私、また会いたい」
「愛してる」
最後に二人は硬く抱き合った。延行は震え、涙を流す。もう夕子に会うことはない。夕子は扉の向こうへ去り山に向かって歩いていく。後ろは振り返らない。
夕子の姿が見えなくなったとき、孟婆は扉を閉め、再び開くともとの煉獄の風景になっていた。しかしもう石橋の姿は無い。先に夢から出たのだろう。
「僕らも起きようか」
大仰が神子島と延行に声を掛ける。神子島は静かに頷く。
延行は両手をメガホンにして、どこにともなく叫ぶ。
「夕子ー! またなー!」
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