十章 二 復讐戦
二
作戦開始前に俺は神子島や天花寺にいくつか依頼をしていた。神子島には大仰という男をなんとしても見つけてもらわなければならない。携帯を見てもメッセージは入っていなかったので不安になる。
しかし時間が来たので俺たちはビジネスホテルで古城戸の夢に侵入を開始する。
「ちゃんと冬美ちゃんの夢に入れるんか? 俺は無理やで」
「任せろ。古城戸の夢ならもうどんなに距離があっても関係ない」
「冬美ちゃんの兄貴も頼んだで」
「あぁ」
遠い光を目指す。その頂を目指すことしか考えない。昔誰かに聞いたことを思い出す。後ろには望天吼がいるから振り返ってはいけないと。
光の中に入ると黙となる。俺が俺である何かがそこでは全て。そうして、溶けあい、繋がる。
侵入した古城戸の夢は、夜の草原だった。草原には一面のニチニチソウが広がり、夜空には星が果てしなく輝く。小高い丘の上には一本の大きな樹が伸びる。
周囲を確認すると、石橋と古城戸延行も俺の近くにいる。
「これは……」
やはり予想通り古城戸はもう死んでいる。この一面のニチニチソウは古城戸を暗示するもので間違いない。予定通りとはいえ、胸が痛い。せめて楽な死に方であったことを願おう。
「やっぱり殺られたな。こっからが本番や」
石橋は俺の肩を叩き、前を向く。古城戸延行はまだ苦しそうにはしていたが、自我を取り戻していた。
「すまないな、君たち。僕は古城戸延行だ。ここは冬美の夢なのか?」
「俺は由井薗です。こっちは石橋。ここは冬美さんの夢ですが、お察しの通り冬美さんは殺されてますね」
延行は唇を噛む。
「子涵、よくも……!」
「……ここまでは予定通りなんです。冬美さんは死ぬ必要があったんですよ、海那岐姫を分離させるために」
延行はそれでハッとする。
「分離した海那岐姫は冬美さんの魂を煉獄に連れていくでしょう。俺たちはそれを追いかけます」
さらに石橋が続ける。
「その先には神子島さんが待たせとる六渡さんもおる」
「夕子が!?」
俺は頷く。
「神子島さんが何年も煉獄に潜って探してくれていたんですよ。ひどい悪夢を見続けながらね」
「神子島さんが……お礼を言わなければ」
「あの人のことだから、おそらく現地で待ってますよ。孟婆もいますからね」
「僕はまだ完全に子涵の支配を振り切れてないんだ。八卦は使えそうにない」
「期待はしていません。俺と石橋でなんとかしますから」
俺たちは丘の頂上に向かう。頂上の樹の根本には十三歳の古城戸が座り、何かを待つように空を見つめていた。
「冬美!」
そう言って延行は走ったが、まるでスローモーションのように遅く古城戸に近づけない。
「くそ、あの時と同じだ……」
「海那岐姫の結界やな。死人の魂を迎えるために結界を張るんや」
「そんなものが……」
やがて丘の上には透き通った階が現れ、空の上から和装の美少女が降りてくる。
「あれが、海那岐姫か……」
「ちょっと冬美ちゃんに似とるな」
「同化してたんだから似るだろ」
「それもそうやな」
延行は俺たちのやり取りを感心して見ていた。
海那岐姫が階の中腹に差し掛かった頃、生臭く冷たい風が背中を叩く。
「来たな。この気配は応龍に間違いない」
俺がそう言うと影から蚩尤が姿を現す。
「契約は完了した。ここからは我の戦いである」
古城戸はあの時饕餮、今は蚩尤だが、応龍との戦いの場を与えると約束した。ついにそれが果たされた。
俺たちは下がり、龍と悪魔の決戦を見守る。
龍は咆哮。強烈な波動が俺の内臓を震え上がらせた。蚩尤は翼を広げ、足を屈めた後に強く蹴りだし飛翔。右手には黒い槍を持っている。龍も白い羽を広げ、高速で舞う。
蚩尤は巻き付こうとする龍を躱し、逆に龍の長い胴体に槍を突き立てる。槍は鋼鉄よりも硬いと言われる鱗をやすやすと突き抜け、鮮血が噴出した。
龍はその程度では怯まず、巨大な質量での体当たりで蚩尤を粉砕しにかかる。蚩尤は龍の攻撃を掻い潜り、次々と槍で穴を穿っていく。
「すげぇ、優勢じゃないか」
俺が興奮気味に言うと石橋は首を振る。
「いや、急所には当たってないし応龍の攻撃がだんだん正確になっとる」
改めて見てみると龍は傷こそ負っているものの急所には命中していない。それどころか反撃を何度か食らった蚩尤のほうがダメージは深刻だ。龍の巨大質量で体当たりを食らえば全身の骨が砕ける。今動けているのは『藤柄八山勾玉』が蚩尤の肉体を再生し続けているからなのだ。
龍は大きく咆哮。水を水圧カッターのように操り高速で刃のように振り回す。蚩尤は全力で飛翔し躱していたが、ついに翼に水の刃が命中し、蝙蝠の翼が真ん中辺りで斬られてしまった。
地面に落ちたハエを見るかのごとく上から見下ろす龍。
その冷たい眼差しを受け、蚩尤の目に炎。かつて目の前の神龍に首を取られた戦を思い出したのだ。
蚩尤は地面に槍を突き立てると龍の周囲から四十八本の黒い手が伸び龍を束縛。あれは盤古の腕。さらに蚩尤の腕が左右三対の六本に増加し、槍は炎に包まれる。取り込んだ四神の力だろう。
勾玉の力で翼を再生した蚩尤は大きく跳躍し、龍の頭部に向かってジグザグに飛行。龍は水圧の刃を吐くが蚩尤は左手に持つ甲羅の盾で刃を受け流す。ついに蚩尤は応龍の頭部に到達。右手の黒槍を右側の三本の腕で持ち、全力の刺突。槍は応龍の頭部を貫通し、上顎と下顎を縫い付ける。
龍は咆哮を上げることすら叶わず絶命。ついに復讐を果たした蚩尤は空を仰いで勝利の雄たけびを上げる。
「やりやがった……」
「勝ったんはええけど、神使同士でやり合って問題にはならんのやろか」
「これまでも普通にやりあってたし、結構あるんじゃないか?」
俺たちがバカな会話をしていると延行は丘を指差し、声を上げる。
「冬美が!」
俺たちは慌てて丘を振り返ると古城戸が海那岐姫に手を引かれて透き通った階を登っていた。蚩尤と応龍が戦っている間に大分登ってしまっている。
「結界が消えた!」
丘に向かっての抵抗がなくなり、俺たち三人は丘に向かって走る。階はそんなに幅が広くないので三人一列で駆け上がって古城戸を追う。古城戸と海那岐姫は階の頂点、白い雲の中に消えていく。
「後ろが!」
石橋の声で後ろを見ると階が下から消えてきている。
「急げ!」
俺たちは必死に階段を昇り、雲の中に飛び込む。視界は真っ白になり、上下の感覚もわからなくなったが、雷沢帰妹の因果の気配を頼りに進んでいく。この雷沢帰妹はおそらく海那岐姫のものだろう。古城戸は海那岐姫と分離して、もうパーグアではなくなっているはずだ。
石橋や延行は俺の服を掴んでついてきているようだ。
やがて霧が晴れるとそこは荒涼とした草原。空は赤黒く泣き声や悲鳴が時折聞こえる。
「階段ダッシュなんて高校の部活以来や」
「夢だから疲れないだろうが」
俺と石橋がくだらないことを言い合っていると延行が俺の肩に手を置く。
「昔、孟婆の夢でここに来たことがあるよ。間違いない、煉獄だ」
十年前に孟婆の夢を見ている延行が言うなら間違いない。俺たちは煉獄まで辿り着いた。あたりを見渡すと古城戸と海那岐姫もいる。二人の二百メートル後方あたりからついていくと、広大な草原の中に小さな東屋が建っていた。
「あれって」
石橋が東屋を指差すとそこには三人の人影が待っているようだった。
「夕子だ!」
延行は三人の姿を認めると駆け出す。俺たちも後を追って走る。距離が近づくと三人の顔がわかった。一人は俺の姉、六渡夕子。もう一人は神子島、最後の一人は知らない男だった。
ちょうど古城戸と海那岐姫が東屋に着いたとき、俺たちも追いついた。
六渡夕子と延行は静かに歩み寄り、やがて固く抱き合った。
「夕子……すまない」
「ノブ君は何も悪くないよ……私が全部悪いの」
「悪いもんか」
二人は静かにキスをした。この二人は恋人だったのだ。離れた二人は手を繋いで俺たちを見る。
「ゆう君? なんでこんなところに」
「姉ちゃん……」
小学生の頃に生き別れた姉に対して言うことなど思い浮かばなかった。十年煉獄にいる姉に「元気?」なんて馬鹿らしくて言えない。
「ここまでは予定通りのようじゃな」
神子島がそう言う。
「神子島さん、ありがとうございます。……どうやら見つかったようですね」
俺が隣を男を見ると神子島は頷く。隣の三十代の男はやさしく微笑む。
「こいつが大仰じゃ」
「作戦を聞いたときは驚いたよ。無茶が過ぎる。うまくいく保証は無いよ」
「そうだ、古城戸は」
俺が十三歳の古城戸を見ると古城戸は延行の手を握っていた。胸が痛い。
「あなた、誰?」
幼い古城戸の声に俺の胸が抉られる。
「古城戸、記憶が?」
「死んだショックで一時的に記憶がなくなることはよくあるよ」
大仰はそう答える。だがそれは予定外だ。
「まぁそれは後回しや。今は海那岐姫に聞かなあかんことがある」
そうだ。最強の神使、燭陰の討伐方法を海那岐姫に聞かなければならない。延行は燭陰を支配したが自分の『山沢損』で支配している以上、それ以上はどうしようもないのだ。『山沢損』以外の討伐方法を知る必要がある。
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