九章 七 観測地点
七
翌日、天花寺が俺の机にやってきた。
「由井薗先輩、昨日の話を聞いて思ったんですけど」
「どうした?」
俺はパソコンから目を離し、天花寺に向き直る。
「前に大阪で助けた山根さん、いたじゃないですか」
「あぁ」
「山根さんのお父さんが議員なんですよね?」
「そうだ。山根不二彦な」
「なんでその議員さんのスキャンダルを子涵さん達が狙ったんでしょうね?」
ようやく天花寺もそこまで思考が追いついたか。
「山根不二彦が反地球侵略の反対派だった、ということだろう? それで失脚させて反対派を排除するための動きじゃないのかな」
天花寺は頷く。
「じゃあ、私がこの前石橋先輩と見た人も、その関係で間違いなさそうですね」
「"見た"んだろ? その議員は何か知ってたか?」
「えぇ。この前は何の話かわかりませんでしたが、今ならわかります」
俺は立ち上がる。
「詳しい話を頼む。古城戸も呼ぼう」
俺たちは面談室で天花寺の話を聞く。
「その議員の聞いた情報だと、反地球の存在が認識されたのは数か月ほど前のようです」
「数か月前に認識されていたのか。しかしどうやって」
反地球が太陽を挟んで真裏にあったとしても、地球の公転軌道は真円ではないのでいずれ発見されてしまう。だが今まで発見されていなかったのは、子涵達が言っていたように火天大有で発見される確率をゼロにしていたからなのだろう。
「昨日の所長のお話にでてきた『虚王』の話を聞いてようやくつながりました。去年の政府の願いは『反地球を作ってくれ』だったんですよね?」
「古城戸の兄貴はそう言っていた」
俺がそういうと古城戸も頷いた。
「でも確かその願いは叶わなかったのよ。すでにあるから……そうか」
「そうです。日本政府はそれで反地球がすでにあることを認識しました。それで中国に一つの打診をしました」
「何の打診?」
「昨年二〇二三年に、中国が無人月面探査車『玉兎三号』を月に着陸させました。その玉兎三号は現在も月面で活動中ですが、その玉兎三号を使って反地球を観測するように打診したんです」
中国は来年二〇二五年に有人月面着陸を計画しており、その前段階として昨年に無人月面探査車を送り込んで成功し、ニュースにもなっていた。玉兎というのは月の兎のことだ。月の模様を兎に見立てるのは日本だけではなく中国もそうなのだ。
「無人探査機のことは知っていたが、まさか月から反地球を発見していたとはな。地球からは『火天大有』で発見される確率がゼロだったかもしれないが、月から発見されることは普通考慮しない」
「『火天大有』の効果が月まで及んでなかったから、月から観測できたのね」
天花寺は頷く。
「玉兎三号がおよそ半年前に反地球を発見してすぐさま侵略の計画が持ち上がりました。ですが、人類はまだ月に行くのがやっとで、太陽を挟んで反対側に行く技術はありません。ですが、反地球なら行く方法があります」
「どうやって?」
俺と古城戸は若干前のめりになる。
「中国は公転軌道上に時計回りに探査機を向かわせました。そうすることで、反地球のほうから来てくれるわけです」
「なるほどな、公転しているからこそできることだな」
かつてアポロ十一号が月まで行ったときは四日と少しかかった。それと同じ速度で飛んだとしたら太陽まででも一五〇〇日以上かかる。だが公転軌道上で待てばたった一八二日だ。時計回りに進んだのならそれより短い時間で反地球に到達する。
「その結果、あちらも同じように人間が生活していることがわかりました。ですが、同じ方法をつかっても大量の軍隊を送ることはできません」
天花寺は続ける。
「それで目を付けたのが八卦でした。中国政府は日本にも優秀なパーグアがいることを知っていたので、元々話を持ち込んだ日本政府にも協力を打診したのです」
ようやく俺も繋がった。政府の上層部もこの情報を知り、それが研究所の職員にも伝わった。それを始祖夢魔が知り、行動する気になったのではないだろうか。
「政府は、今年の虚王の願いを『反地球への巨大な門を作ってくれ』とするつもりのようです。いまやデメリットも判明した虚王ですから、政府はためらわず使うでしょう」
虚王のデメリットは三親等以下の子孫ができなくなることだ。天涯孤独の老人に願いを言わせれば実質デメリットはない。だがその老人が裏切ればすべてがご破算になる。
「でもどんな願いも叶うなら政府のいいなりに願いを言う人なんているわけがありません。でも言わせる方法があります」
古城戸が口を開く。
「『山沢損』!」
「そうです。所長のお兄さんの力で支配できれば好きな願いを言わせることができます」
そうか。だから子涵は延行を。虚王もおそらくは厳重に警備され、手出しすることはできないだろう。この前子涵達と戦った時、燭陰が呼ばれなかったのはもしかしたら虚王の護衛についているからではないだろうか。
「先日の議員が知っていたのはこれくらいでした。所長が会われたという反地球人がどうやって来たかはわかりません」
「いや、有益な情報だった。さすがだな」
俺が褒めると天花寺は照れた。
「"門"が開いたら大変なことになる。なんとか阻止しなければ」
「政府からは天花寺さんから聞いた反地球関連の情報は一切ないわ」
「つまり政府は味方ではないのか」
「隠し事をするんだから、何かやましいことがあるのね」
今にしてみれば思い当たることもいくつかある。政府が山路や印南に対して特別国庫に捕らえるよう依頼を出したのも、俺たちを使って二人の性能を見極めるためだったのではないか。事故で重要書類が燃えた件や、皆本の写真を撮りに行かせたのは俺たちの力を量るためか。
「俺たちは政府の手のひらで踊らされていただけなのかもしれない」
古城戸もなんとなく気づいているようだった。俺たちにとってベストな決着とはなんなのだろう。古城戸延行を無事反地球に送り、子涵達をどうにかし、日本中国両政府の企みを阻止する。さらに俺たちパーグアの地球における安全を確保すること……なのだろうか。凡人である俺にはこれ以上の着地点は想像できなかった。
「俺たちにとってベストな決着はなんだと思う?」
俺は二人に聞いてみる。古城戸は腕を組んで考え込んだ。天花寺が先に答える。
「政府に刃向かったら、私たちどうなるんでしょう? 犯罪者にされたりするんでしょうか……」
最近は割とポジティブな思考をするようになっていた天花寺だが、以前のネガティブな性格が出てきてしまったようだ。
「確かに政府の企みを阻止したら俺たちは政府にとって完全に敵になるわけだからな。今のような自由は無くなるだろうな」
「それなら、政府を阻止できたら、私たちもみんな反地球に行ったほうがいいんじゃないでしょうか」
天花寺の気持ちはわかる。反地球ではパーグアも多いようだし普通に暮らすことができるのかもしれない。俺が古城戸に視線をやると、古城戸は首を振った。ノーアイデアのようだ。おそらくは俺と大体同じ考えに違いない。
「石橋の意見も聞きたいな」
あいつならいい考えが浮かぶかもしれない。あいつは俺たちの思考の外にいる。
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