九章 六 集結
六
翌日の朝は古城戸は登庁していなかった。傷を見てもらいに病院に行ったのだろう。俺は昨日の出来事を報告書にまとめていたが、反地球の事に関しては触れないでおくべきか悩んでいた。古城戸延行が政府を信用するなと言った以上、ありのままには書けない。だが、「中国人のパーグアと戦闘になりました」などという内容でいいのだろうか? 古城戸は日中両政府が反地球を支配することに反対のようだった。ならば虚偽の内容にしたほうがいいのではないだろうか。だが、あからさまな嘘では特別国庫管理部の裏切りがバレてしまうから、うまく真偽を織り交ぜる必要がある。俺は一つの策を思いつき、その内容で報告書を作ることにした。
資料を作り終わった頃、私服姿の天花寺が姿を見せた。下はロングスカート、上はストライプのシャツと大学生のような装いだ。
「おはようございます」
「おはよう。 珍しいな。学校は休みなのか?」
「今日は代休なんです。学園祭の準備で日曜日にみんな出てたんで」
「そうか。昨日は楽しかったよ」
そういうと天花寺は口に手を当てて笑う。
「いい感じでしたねぇ」
「茶化すなよ。天花寺はそういう話はないのか?」
「私? 無いですねぇ」
天花寺はおかっぱで童顔だが可愛らしいしスタイルも悪くない。それなりにモテるはずだからそういう話が無い、ということは無いはずだ。にもかかわらず「無い」と言ったのは、「ロクな男がいない」という意味なのだろう。
「告白してきた男を風天小畜で見てるのか?」
俺の言葉で天花寺は頷く。
「そりゃ、身体検査はしますよ。でもただのバカで猿ばかりなんですもん」
身体検査というのは風天小畜で相手の人生ダイジェストを見ることを言っているのだろう。
「男子に対してそれは酷ってもんだぞ。若い頃はみんなそうなんだから」
「……私も先輩みたいな大人の恋愛がしたいんですよ。猿の相手はできません」
天花寺は多くの人生を見ているので、高校生や大学生のような幼稚で爛れた関係にはもう興味はないのだろう。
「見るのと実際に経験するのとでは違うぞ? 一度試してみたほうがいい」
「先輩とだったら試してみてもいいんだけどなー」
そう言って天花寺は背後から俺に抱きつく。
「何を試すのかしら?」
部屋の入口から声がしたので振り返ると古城戸だった。病院から庁舎に到着したのだ。
「あ、おはようございます!」
天花寺は慌てて俺から離れた。古城戸は特に気にしたそぶりは無いが、なんとも思わないのなら少し残念だ。
「腕、大丈夫か?」
俺がそう声をかけると古城戸は左手で右腕をさする。長袖の服を着ているので怪我の具合は見えないが、それほど酷くはなかったはずだ。
「切り傷なら縫えたんだけど、そうじゃないから縫えなかったのよね。でも深い傷じゃないから痕は消えるってお医者さんは言ってたわ」
「所長、お怪我されたんですか?」
天花寺は会話を聞いて気になったようだ。
「うん、大したことはないけどね」
「夢で受けた傷を現実にされたんだ」
俺がそう言うと天花寺は目を見開いた。
「前に大阪で侵入したときに出会った仮面の男がいただろう? あいつだ」
「あぁ……ひき逃げを現実にした」
俺は無言で頷く。
「そっか。天花寺さんも浩宇に会っているのね」
俺は腕を組んで考える。
「なぁ、そろそろ天花寺と石橋くらいにはちゃんと話しておくべきじゃないか?」
俺と古城戸が何を相手に戦っているのか、これから何が起きようとしているのかを話しておくべきだろう。
「話せば戦いに巻き込んでしまうかもしれないのだけど……」
「パーグア全員にかかわる話だ。話しておく責任がある」
「水くさいですよ。喧嘩とかは無理ですけど、私にできることならお手伝いします!」
古城戸はしばらく考え込んだが、最後には了承したので俺は関係者を集めた。石橋は登庁するのを嫌がったが、大事な話があるからと説得する。古城戸は神子島に電話をしていた。高齢の神子戸には身体の具合も考えて連絡しないようだ。
急な話だが、明日関係者に向けて状況を説明することになった。
各関係者にアポをとった後、俺は午前中に作った資料を思い出したので古城戸に見せる。古城戸は資料をめくりながらため息を落とす。
「『中国政府と現地パーグアが結託し、日本政府の介入を排除する計画あり』……こんなの信用するかしら」
古城戸は俺の資料を読んでそう感想を漏らす。
「信用しないだろうな。だがここで俺たちが全く反地球に触れていないと怪しまれるだろう?」
「そうね。あからさまに隠すのは逆に信用されない」
「だからといってバカ正直に書いても政府のいい駒にされるだけだ。だから嘘を混ぜる」
古城戸は頷いた。
「どうせ嘘なんだから信用されなくてもいいわけね? うまくいけば疑心暗鬼になってくれると」
「そういうこと。それに嘘から出た誠かもしれないしな」
「なるほどね。わかったわ。ファイル、私に送っておいて?」
「ああ、送るよ」
翌日、庁舎の九階会議室、普段新人の研修などを行っている部屋に関係者が集合した。
俺、古城戸、石橋、天花寺、梵、児玉、宇薄の特別国庫管理部のメンバーに加えて、神子島に湊口と孟婆までいる。
「今日集まってもらったのは、とても大事な話があるからなの」
そう切り出した古城戸はこれまでの長い話をしていく。魔物のこと、古城戸延行のこと、中国の孤児院と子涵達のこと、反地球のこと。
「というわけで、皆の力を借りたいのよ」
古城戸は頭を下げてお願いをした。
「……これは仕事なんか?」
そう切り出したのは石橋だ。
「政府も絡んでるけど、私情に近いわね」
「俺がいうのもなんやけど、一応俺らって公僕やろ? それなら味方すべきなんは日本政府やんな?」
「そうなんだけど……」
石橋の言葉に古城戸は言葉を濁す。
「俺の心情としては冬美ちゃんの味方をしてやりたいんやで? せやから仕事かどうか聞いてん。仕事やったら政府の味方にならざるを得んやろ」
その問いに古城戸が答える。
「これは仕事じゃないわ。だから強制はしない。ただ、八卦を悪用し反地球を侵略しようとする連中をなんとかしたい。こちらの地球で暮らせなくなった兄を助けたい」
俺は続ける。
「ただ単なる正義感、というわけじゃない。八卦を正しく導かないと今後の地球のパーグアの存在意義を問われることになる」
天花寺が続ける。
「私は鳴神さんの仇を取りたい……」
その声に新人たちは頷く。
神子島は重い表情で前に進み出て、古城戸の手を取る。
「神子島さん……」
「儂はお主に話さねばならんことがある」
その言葉に俺と古城戸は思わず唾を飲む。
「十年前の延行がお主を支配した時、延行から聞いたんじゃが」
皆は神子島の言葉を待つ。
「当時の延行の恋人だった六渡夕子が、死にかけたお主と同化したのじゃが」
俺はその言葉に眩暈を覚える。
「六渡夕子だと?」
「知ってるの?」
「……俺の姉だ」
「……どういうこと?」
「俺が小学生の時に両親が離婚して、姉は母親に引き取られ、俺は父親に引き取られた。母方の旧姓が六渡だ。由井薗夕子だったんだ、昔は」
俺の両親は名前に韻を踏ませるのが好きだったらしく、苗字が「ゆ」から始まるなら名前も「ゆ」からだと決めたらしい。姉は夕子で俺は雄太。
小学生の時に生き別れた姉とは連絡もとっていなかったしほとんど名前しか記憶にないのだが、美しい姉の面影だけが俺の脳裏に漂っている。
「……思わぬ因縁に儂も驚いた。しかし大事なのはこれからじゃ。夕子が同化したとき、海那岐姫を巻き込んで同化したのじゃ」
「ミナギ姫?」
「玉依姫の第五子で、死者を孟婆に引き渡す神の一族じゃ」
神子島のその言葉に思わずみな孟婆を振り返る。だが孟婆は何も言わない。神子島は続ける。
「それが原因で、夕子と延行は神の怒りを買ったのじゃ」
古城戸が神の末裔と同化していた。その事実は様々な疑問を一気に解消させていく。
古城戸が『雷沢帰妹』を使える理由。
始祖夢魔や孟婆、刑天が古城戸に敬語を使い、姫と呼ぶ理由。
饕餮が古城戸を襲わなかった理由。
十市皇女が古城戸を兄妹のようなものと言った理由。
「今も私に夕子さんと海那岐姫が同化しているんでしょうか?」
「覚えておらんか? 十年前の事件の後、お主と話をしたんじゃが」
古城戸は首を振る。
「お主の口から聞いたところによると、十年前のあの時、夕子は神の手で煉獄に落とされたのじゃ。海那岐姫はまだお主と同化しておるな」
「煉獄に……」
「うむ。儂は夕子を救うため、孟婆の夢で七年も夕子を探し続けておった」
「それで……!?」
神子島は頷く。
「ついに見つけた。今は煉獄のとあるところで待たせてある。海那岐姫が解放され、孟婆が煉獄に帰れば夕子の魂は浄化される」
神子島はずっと六渡夕子を探し続けていて、見つけた後に俺達に連絡を取り、イエスのへその緒を手に入れた、ということか。
「海那岐姫を分離させることはできないのでしょうか?」
「延行もその方法を探しておったが、神の決裁に間に合わずにやられてしまったようじゃ。それに、分離させても罪は消えん」
皆、ショックで何も言い出せなかった。
「儂が知っておるのはそれくらいじゃ。夕子のために儂も協力しよう」
湊口と孟婆も前に進み出る。孟婆は神使だから使命がある。
最後に残ったのは石橋だ。皆の視線が石橋に集まる。
「なんやこれで断ったらすげぇ感じ悪いやん」
そういうと一同が笑う。
「ま、俺としちゃあの麻雀勝負のときの二人はコテンパンにせなあかんと思っとったんや」
山路と印南のことか。あの時は勝負には勝ったが逃がしてしまった。
古城戸はやや涙ぐみながら皆に礼を言う。
「みんな、ありがとう」
石橋は古城戸に返す。
「まだ礼を言うのは早いぜ。兄貴を地球から叩き出して、生意気な連中を懲らしめてからやろ?」
その言葉に全員が頷き、力強い炎がその目に灯った。
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