九章 五 反地球人
五
現れた二つの影、一つは三メートル程の体高をした四足の爬虫類。頭部に角があるから龍なのだろうか。通常中国の龍は胴体が長いが目の前のものは短く、龍というよりはステゴサウルスに近い。
もう一体は龍の頭をしているが胴体は虎と混ざったような姿で尾が長い。
「蒲牢、負屓!杀!」
子涵の命令とともに二体の魔物は俺達を睨むと左右に展開。
「殺されるなよ、後ろに浩宇がいる」
俺はそう古城戸に声をかける。浩宇の因果で夢を現実にされてしまうと死んだことが現実になってしまい、本当に死んでしまう。古城戸が死ねば玉も失われてしまうことになるが、子涵達はそれは知らないはずだ。ここでそれを言えば古城戸は殺されないかもしれない。古城戸も当然同じことを思ったはずだが、古城戸も子涵にそれを言う気配はない。亜門という男は反地球人だそうだから、なんらかの方法ですでに行き来ができているということになる。つまり子涵達にとってはもはや玉は不要なのかもしれなかった。
俺は『雷沢帰妹』でAKMアサルトライフルを出す。古城戸もサブマシンガンを出した。俺が銃の安全装置を解除し、初弾を装填して構えると左右の魔物達は走り出し距離を詰めて来たので引金を引いて7.62mmNATO弾を撃ち出す。大きな反動に銃が跳ね上がりそうになるのを制御しながら撃つが予想以上に足が速く当たらない。二体の魔物が俺達に飛びかかろうとした瞬間、俺は監兵を呼び、古城戸を抱えて現れた白い虎の背に飛び乗って間一髪躱す。
古城戸は監兵の背中からマシンガンを子涵に向けて斉射。だが弾丸は黒髪の女には当たらず逆に跳ね返ってくる。
「きゃあ!」
古城戸の右腕から出血。反射した弾が掠めたらしい。子涵の因果は『水火既済』。反射の能力を持つから飛び道具をはじめとするベクトルを持った攻撃は通用しないのだ。
「大丈夫か!?」
「う、うん平気!」
古城戸は銃を捨てて右手を抑えているが、怪我は大したことなさそうだ。
やがて監兵は時間切れで消滅。
「出でよ、陵光!」
二匹が並んで向かってきたところに火炎鳥を召喚して叩き込むと爆風と熱風で額に汗が滲む。砂煙が晴れたがまだ二匹の魔物は健在だ。
二匹は再度左右に展開。蒲牢は大きく口を開けると耳をつんざく咆哮を上げた。まるで巨大な鐘が間近で鳴らされたかのようだ。
「うわ!」
俺と古城戸は両耳を押さえ苦しむ。その間に龍と虎の混成体、負屓が目にも止らぬ速さで向かってくる。その牙は確実の俺の喉笛を捉え、一瞬でかみ砕く。
だがそれは『火水未済』による幻影。俺はその隙に負屓の首を日本刀で撥ね飛ばす。刑天にも通用した策は他の魔物にも通用する。
もう一体残った蒲牢はその巨体を思わせぬ速さで俺達に突進。まともに食らえばダンプカーに轢かれた程の衝撃を受けるだろう。
「出でよ!執明!」
俺は巨大な甲羅を背負った爬虫類を呼び出し盾とする。執明は大きな地響きとともに蒲牢の突進を受け止めた。俺はその隙をつき頭部に刀を振り下ろすが、尻尾が鞭のようにしなり俺の胴体を弾き飛ばす。
「ぐはっ!」
俺は胸に強打を受けて吹き飛び、呼吸困難となる。突進を受け止めた執明は消滅し、蒲牢は再度突撃を開始しようとしている。今度は防げない。
その時、周囲が闇に包まれ一切の音が消えた。古城戸が饕餮を呼んだのだ。こうなってしまったらどうすることもできない。
五分か十分、あるいはそれ以上かの無限にも感じる時間が過ぎ、闇が晴れたとき周囲には俺と古城戸しかいなかった。子涵達も撤退したらしい。蒲牢は饕餮が斃したのだろう。
「由井薗君、大丈夫?」
心配そうな顔で古城戸が倒れていた俺を起こす。
「あぁ、ちょっと胸を打ったが大丈夫だ」
「子涵達は引いたみたいね」
「饕餮はさすがに怖いようだな」
「燭陰がいるはずなのに、何故呼ばなかったのかしら」
「さぁな……」
その後、俺たちは本堂に戻ったが古城戸延行は消えていた。おそらく現実で子涵達が延行を起こしたのだろう。
俺達が夢に侵入した目的は『藤柄八山勾玉』を得るためだったが、違う夢に入ってしまったようだしもうここに用はなかった。
「予想外のことが起きたがもうここに用は無いよな。出るか」
古城戸は返事をしなかった。もしかして何かやり残したことがあるのだろうか。
「どうした? 何かあったか?」
「昔、夢の中でこの神社に来たとき、兄さんともう一人男の人がいてね」
「うん?」
「あの時会った男の人が大仰って人だったのね」
「ここがその現場だったのか」
「そう。でもそのすぐあとに兄さんに支配されたんだけど」
延行はこの本堂に古城戸に見せたくないものがあったのだろうか。そんな状況じゃなければ能力で妹を支配するなどするとは思えない。本堂の中には一体の女神像があるだけだ。この女神像がご神体なのだろうか。
「これがご神体かな」
俺が女神像を指す。女神像は美しい顔をしていたがどこか苦しそうにも見えた。仏像や彫像の表情は怒っているものもあれば悲しんでいるものもたくさんあるから苦しそうでもさほど珍しいものとは感じない。
「この神社は玉依姫を祀っているんだって。これがそうなのかしら」
「本堂にはこれしかないし、そうじゃないか?」
「兄さんは何故ここにいたのかしら」
「わからんな……まさかこの像に用事があるとも思えない」
俺がそう言うと古城戸は考え込んだ。
俺は本堂を出て玉砂利の境内を歩きながら考える。亜門という男はどうやってこちらに来たのか。日本政府や中国政府はどうやって反地球を知ったのか。
考えられるのは、印南が『天雷无妄』により反地球への扉を作ることができ、子涵達と政府になんらかのつながりがあるということだが、謎はまだまだ多い。
やがて古城戸も本堂から出てきたので、二人で神社を後にする。古城戸の自宅がある方向へ向かったが、まもなく白い霧に包まれた。夢の主である古城戸延行が完全に目覚めたのだろう。
庁舎の宿直室で目覚めたとき、胸部に鈍い痛みがあった。夢の中で蒲牢の尻尾を受けたときのものだろうか。古城戸も右腕の怪我から血が滲み、シャツを赤く染めていた。
「浩宇か。現実にしやがったな」
幸い二人とも軽い怪我だったが、もし重傷や致命傷だったらと思うと背筋が凍る。
「明日病院に行くわ」
「救急じゃなくて大丈夫か?」
「うん、家で消毒だけしておく」
銃創を医師に診せると警察に通報される可能性があるが、掠っただけなので判別は難しいだろう。それで気づいたが、古城戸は右腕を怪我しているので運転に支障があるかもしれない。
「今日は送るよ」
「そう? じゃあお願いしようかな」
帰宅準備を終えた俺たちは古城戸の車、CX-30特別仕様車に乗り込む。シートは革製だがとても柔らかい革が使われている。運転席周りには収納が少なく、余計なものが一切ない。古城戸は車に物を置かないタイプなのか、車中に生活感は一切無かった。まるで昨日納車されたかのようだ。
エンジンをかけるとマツダコネクトが古城戸の携帯に自動接続し、音楽の再生が始まった。俺の知らないメタルな曲だ。
シフトをドライブレンジに入れて電動パーキングブレーキを解除し、発進。しばらく走りながら隣の古城戸に問いかける。
「LEXSUSも出せるのに、なんでこれなんだ? いや、これもいい車だけどさ」
「カッコいいからよ。由井薗君は車買わないの?」
「俺か? 歩いて通勤できるしな……」
「乗るとしたら?」
「あのLEXSUSは乗ってみたらいいなと思ったよ。買えないけど」
「ふぅん」
古城戸は少しつまらさそうに相槌をうった。
「そういえば新人達、もうすぐ卒業みたいだな」
「そうなの? 結構早いわね」
「天花寺は夢でも練習してるらしいぞ。他は無理だけどな」
「あの子たち、もうバイク決めてるのかしら。楽しみね」
そう言ってあれやこれやと初心者女子向けのバイクを携帯で調べだした。
やがて古城戸の自宅前に到着。都内だがマンションではなく一戸建ての日本家屋だ。
「明日はタクシーで病院に行くだろ? 車は明日庁舎で返すよ」
「うん」
古城戸はそう言って車を降りる。木製の門扉を開いて振り返り、俺に手を振って中に入って行った。
俺は自宅へ車を走らせながら今日のことを思い出す。初めて古城戸延行と会い、話をすることができたが意外なほどまともな人物だった。古城戸延行が神に狙われる理由は未だ不明だが、そのうち知る機会はあるだろう。
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