九章 四 梨の実の味が知りたいなら、自分でもいで食べるしかない
四
俺と古城戸は学校を出て事務所に向かって歩く。
「これで祭りは終わりだ。どこかで侵入しないとな」
「思ったんだけど」
古城戸が俺を見る。
「下手に夢から持ち出さないほうが安全かもしれないわ」
古城戸のいうことには一理ある。もし俺たちが『藤柄八山勾玉』を持ち出しても万が一子涵達の手に渡ってしまったら大変なことになる。今なら知っているのは俺と古城戸と天花寺だけだ。いや、もう一匹いたな。
「確かにな。だがずっとこのままにしておくのか? いつかは持ち出さないといけないだろ」
「そうなんだけど」
「すぐに神使に渡せばいい。 饕餮は今も影にいるんだろ?」
俺に言われて古城戸も気づいたようだ。饕餮もあの出店の水槽の中に『藤柄八山勾玉』があることを知っている。つまり俺たちが黙っていても無駄、ということだ。その時、どこからともなく声がした。古城戸の影にいる饕餮だ。
『御物なら我が預かろう』
御物というのは『藤柄八山勾玉』のことなのだろう。始祖夢魔が神使の使命の一つは『藤柄八山勾玉』の回収だと言っていたから饕餮も当然それを使命としている。
「ほらな」
俺がそう言うと古城戸も納得したようだ。
俺たちは事務所に帰ってきた。十階のオフィスの隣にある普段使用されていない宿直者用ベッドルームで侵入することにする。
「そういえば、昨日刑天から応龍より強いっていう魔物の話を聞いた」
「応龍より?」
「あぁ。燭陰っていうらしいんだが、知ってるか?」
古城戸はペットボトルの水を一口飲んで思い出すように指を顎に当てる。
「確か、山海経に伝わる神の一体で、頭が人間で胴体が蛇だか龍だかの姿をしていると伝えられているわね。なんでも燭陰が目を閉じると夜になり、開けると昼になるという伝説があるわ」
「刑天が言うには、光を操ることができるらしい。夜とか昼とかいうのもそのせいだろうな」
「光を司る龍だなんて、まさに神龍ね」
「光を操作して姿を消したりするらしいぞ。戦いになったらどうやって戦うんだ?」
「戦わずに済む方法を考えないとね」
古城戸も刑天と同じことを言った。やはり戦って勝てそうな相手ではないし、不戦を狙うしかない。
俺たちはベッドに横になり、夢に侵入を開始。
遠い光を目指す。その頂を目指すことしか考えない。昔誰かに聞いたことを思い出す。後ろには望天吼がいるから振り返ってはいけないと。
光の中に入ると黙となる。俺が俺である何かがそこでは全て。そうして、溶けあい、繋がる。
気が付くと俺は小さな神社にいた。てっきり『藤柄八山勾玉』がある天花寺の学校に入るものと思っていたが違うようだ。十三歳の古城戸もいつの間にか俺の後ろにいた。
「学校じゃないぞ」
俺がそう言うと古城戸は神社の境内を玉砂利を踏み鳴らしながら進む。
「ここ、私の家の近くの神社だわ」
「なんで神社の夢をみてるんだ?」
俺も古城戸の後を追いながら尋ねたが返事はない。やがて古城戸は古い本堂の前に立つ。俺の胸には因果が沸き上がる。
「これは、『山沢損』か……」
「兄さんが本堂の中にいるの?」
俺はそれでわかった。古城戸もわかっただろう。ここは古城戸延行の夢だ。古城戸は足早に本堂の階段を上がり、古く目の細かい障子を開く。俺も後ろをついていき、古城戸の肩越しに本堂の中を覗き込む。
本堂の中には一人の青年が横たわる。青年の髪は右半分が白髪になっており、どことなく古城戸に似ている。これが古城戸延行か。
「兄さん!」
古城戸は横たわる青年の両肩を掴んで揺すった。愛する兄との念願の再会だ。しかし青年は額に汗を滲ませ苦しんでいる。
「苦しいの?」
古城戸は兄を心配して呼び掛ける。しかし青年はうなされるばかりだ。俺は八卦の流れを感じ取る。
「どうも『山沢損』が兄貴本人にかかっているような感じがするが」
「そうか、子涵の反射で」
古城戸は延行の肩から手を放し、どうしたものかと考え込む。俺に一つの考えが浮かぶ。
「俺が『山沢損』で延行を支配してみようか?」
「できるの?」
驚いた様子で古城戸が振り返る。
「俺が使ってもせいぜい十数秒程度だと思うが」
「……やってみてもらえるかしら?」
古城戸が同意したので、俺は『山沢損』に触れる。今までいくつもの因果に触れてきたが、これほど「高み」を感じる因果は初めてだ。この因果に到達できるのは余程の傑出した人物、それこそ歴史に名を遺すような偉人でなければ無理だろう。
俺は『山沢損』を発動する。古城戸延行の心に侵食し、霞んだ心の霧を払う。
「う……」
「兄さん!」
古城戸延行の睫毛が震え、目が開いた。延行は頭を振りながら上半身を起こす。
「……冬美か?」
「感動の再会中だが時間がない。重要なことだけ頼む」
俺がそう言うと古城戸は焦りを見せた。
「兄さん、子涵の計画を知ってる?」
「反地球の話ならもちろん知っているさ」
古城戸延行はまだ苦しそうにしながらも質問に答えた。
「兄さんも賛成なの?」
古城戸延行は頷く。反地球の話は子涵達の独断だと思っていたがそうではなかったのだ。
「俺は神に追われる身だ。もはや別の星に移るしか生きる道は無い」
「そんな……」
「だが、子涵達は邪悪だ。あいつらを連れていくわけにはいかない。それにやり残したこともある」
「それって……」
古城戸が言いかけたとき、本堂に強烈な陰風が流れ込む。
「子涵達が来たな。いいか冬美、政府を信じるな。昨年度の『願い』は……ぐぅ!」
「兄さん!」
俺の『山沢損』が時間切れだ。延行は苦しみながらも最後に一言放つ。
「昨年度の政府の願いは、『反地球を作ってくれ』だ。だがそれは叶わなかった。何故なら既にあるんだ、反地球は」
その言葉を最後、延行は元の状態に戻ってしまった。古城戸は呼び掛けたが反応はもうない。内容は衝撃的すぎて今は何も考えられない。反地球が既にあるだって?
「由井薗君、もう一度……」
古城戸が俺を振り返ってもう一度『山沢損』を使うよう頼んだが俺は首を振る。あれほど高い位置にある因果を連発することはできない。それなりのインターバルが必要だ。
「すぐは無理だ。それにもうそこまで来ている」
俺は本堂の外へ出て警戒。外には複数の因果を感じる。やがて遠くから参道を歩いてくる影が三つ見えた。古城戸も再びうなされる延行を置いて本堂の外に出てきた。
「由井薗とかいったかしら? 夢で逢うのは三度目ね」
黒い長髪の若い女が俺に微笑みかける。背後には仮面の男ともう一人、初めて見る巨漢の男。
「王子涵……延行を使って何をするつもりだ」
「前にも言ったでしょう? 反地球を我々で支配するのよ。日本政府と中国政府もその計画には賛同しているの。私に抵抗すると両国の政府から何をされるかわからないわよ」
反地球に行ける算段が付いたら両国の政府があちらに乗り込んで支配する、ということか?
「支配? 侵略じゃないか!」
「だったら何? 別にこの世界で戦争しようってわけじゃないわ。だから反対する理由はないでしょう?」
俺は正義の味方ではない。だから反地球がどうなろうが知ったことではないし、守る義務も義理もない。だが古城戸は許せないようだった。
「だめよ! それがきっかけで反地球と戦争になるかもしれないじゃない! 迷惑かけずに暮らすっていうなら私たちも反対はしないわ」
「別に戦争になっても構わないでしょ? むしろ勝てばあちらの地球全てが手に入るなら皆喜んで戦うでしょうよ」
確かに反地球の存在が明らかになり、支配できそうな世界なら興味を持つ連中はたくさんいるだろう。
「あっちの文明はこの地球と同レベルなのか? もしあちらのほうが進歩していたらどうする。逆にこっちが負ける可能性だってあるんだ」
古くからのSFモノでは反地球は全く同じような文明が発展しており、自分にそっくりなドッペルゲンガーと言われる存在が暮らしている、なんていうものもある。もし俺そっくりの奴が暮らしていたとしたら気持ち悪いことこの上ない。
子涵は声高く笑う。
「あちらはこちらのような科学は発展していない。知らないの? この世界の『神』はもともとあちらの住人だったのよ」
衝撃の事実だ。神は反地球から来た、だと?
「あちらの神の血族の血は薄まって、今では半数以上が能力を持たない普通の人間になっているそうよ。その程度なら今の中国や日本の軍事力で圧倒できるわ」
なぜ子涵がそんな情報を握っている? すでにあちらと行き来があるということなのだろうか?
「信じられるかよ、そんな話」
「ふふ、後ろの彼、名前を『亜門』というのだけど、反地球人よ。彼から聞いたから間違いないわ。どうやって連れてきたかは企業秘密」
子涵がそういうと後ろの巨漢が筋肉を見せつけるように腕を構え、不敵な笑み。
古城戸は首を振って叫んだ。
「支配するなんてダメよ! 私たちとは関係の無い人かもしれないけど、八卦をそんなことに使ってはいけないわ」
「またそれ? 心配しなくてもあなたは連れていかないわよ。ここで消えて頂戴!」
子涵が声高く叫ぶと影が揺らぎ、二つの異形が現れた。
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