九章 一 『風雷益』
一
歩道を駆けながら前方を走る鎧の男に向かって手を開く。
「出でよ! 陵光!」
俺が『雷沢帰妹』で喚んだ火の鳥、朱雀は目にも止らぬ速さで男に直進。だがこれが直撃するほど甘くはない。鎧の男は着弾寸前にワイヤーのようなものを手甲から射出し、ビルの四階あたりの壁に回避。陵光は歩道の脇に止めてあった車に激突し、轟音と共に爆発。
「出でよ監兵!」
続けて俺が召喚すると足元から白い虎が現れ、俺を乗せてビルの壁を走り男に接近する。俺は虎の上でアサルトライフルを構え、男に照準を合わせ引金を引くと反動と共に5.56mmNATO弾が連続射出。だが鎧の男は逆側の手から射出したワイヤーでさらに移動し、弾を躱す。
俺が乗る白い虎は足元で霧散して、俺はビル四階の高さから落下する。
「孟章!」
落下する俺の下に現れた全長二十メートル程の青い龍は地面に激突寸前の俺を背中で受け止め飛翔。鎧の男はビルの屋上に登るとボーラを数個俺に投げつけてくる。俺は龍の背に伏せて回避するが、鎧の男は背負っていた長弓を構え三本同時に矢を発射。しかしそれは龍が巻き起こした風に弾かれる。
俺は龍の背から飛び、鎧の男と同じビルに着地。それと同時に孟章は消失し、量子散乱していく。鎧の男は一気に距離を詰め、俺に急接近。俺は腰に帯びていた日本刀を抜刀し、鎧の男が振り下ろした曲刀を二度、三度と受け流す。
攻撃の切れ目を見切り、俺は一気に反撃。同じように二度弾かれたとき、『天地否』を発動。この鎧の男を十年近く封じていた因果だが、俺が使っても封じることはできず一瞬惑わせる程度である。だが接近戦の高速戦闘においては一瞬迷うだけで命取りになる。
だが鎧の男は笑みを浮かべ俺の第三撃を受け流し、鋭い剣筋で俺を袈裟切りにする。しかし、斬ったはずの俺は幻だった。俺は鎧の男の背中に刀を突きつけて静止。
「やっと、勝ったぞ」
俺が刀を下げると鎧の男はゆっくり振り、満足気な表情をする。
「最後のはなんだ?」
「『火水未済』だ。本来なら夢を現実にする因果だが、俺が使うと幻を見せるだけになる」
「なるほどな。今まで隠していたのか。大したものだ」
「切り札は最後まで隠す奴がいてな。そいつの真似だな」
俺は全身に疲労を感じ座り込む。夢の中で修行を始めてかれこれ一ヶ月半ほどになる。当初は一ヶ月くらいになると思っていたが思ったよりも時間を圧縮することができた。刑天は強大な武人だ。剣や弓に精通し、その身体能力の高さと冷静な判断力はかつての黄帝との戦いで認められ、神使として召し上げられたのだろう。俺は先ほどようやく勝つことができたとはいえ、剣技では勝ち目は無いし、もう一度やれば手札を晒した以上もう勝てない。だが実戦は一度きりだ。一度しか通用しないやり方にも価値はある。
修行もいい頃合いだ。少し雑談してもいいだろう。
「応龍は饕餮が戦うから俺達の出番は無いとして、それより恐ろしいやつってなんだ?」
「……燭陰という」
「聞いたことがない……どういうやつなんだ?」
刑天も俺の前に座り込み、話し出した。
「燭陰は巨大な龍だ。あれは光を操る」
「光か」
「光に関することならおよそなんでもできるだろう」
「例えば?」
「光を収束し光速の熱線を放つ、というのは想像に難くない。他には光を操作して姿を隠すこともできる」
「光を曲げて目に入らないようにするということか」
「正確には可視光線を人の目には認識できない波長に変換する。赤外線、紫外線などだな。饕餮の闇は通用しない上、見えないところから光速の攻撃をすることができる」
「そんなのどうやって勝つんだよ」
見えないところから光速で攻撃されたら確実に負ける。勝てる作戦が思いつかない。刑天は床に手をついて上を見上げる。
「古城戸延行は支配したんだろう? つまり攻略方法はある」
そうだ。延行は二期の神使を支配している。そう思うと『山沢損』は改めて恐ろしい因果だ。これまでに俺達が倒した二期の神使は五体だが、その中に燭陰攻略の鍵があるかもしれない。
「……今は思いつかないな。刑天ならどう戦う?」
「……戦わない」
「延行を直接狙ったほうが早いということか?」
「そうだ。……だが、十年前延行に敗れた私が言っても説得力が無いがな」
「敗れた? 一期の魔物は延行と戦ったのか? 始祖夢魔が延行を支配して、夢から魔物を連れてきたものとばかり思っていたが」
刑天はそうではない、と首を振る。
「我々は最初から全て現界していた。その上で延行に挑んだが結果的に全員支配された」
「始祖夢魔をよく支配できたな」
「後で知ったことだが、どうも姫と姿を入れ替える薬か何かを飲んだらしい。私は始祖夢魔に支配され、その後延行に支配された」
「饕餮も支配されたのか?」
「そのはずだ。饕餮と太歳は最後だったはずだが」
「どうして始祖夢魔も刑天も冬美のことを姫と呼ぶんだ?」
「……知らないほうがいいだろう。知れば消される可能性もあるからな」
消されるって神にってことか。古城戸がそんな危険な存在だったとは。今度からかってやろう。
「それなら神使が延行を狙う理由、というのもそれに関連しているということなんだな」
「そういうことだ。なかなか察しがいいな」
刑天は胡坐を組み俺に問う。
「一つ気になったのだが、貴様の因果は『風雷益』だったな?」
「あぁ、周囲を幸せにすることで見返りを得る因果だ。触れた因果が使える。劣化コピーだが」
「本来の風雷益はそんなものではない。あれは、自分が幸せになるために他人を不幸にするという因果のはずだが」
俺はあまりの衝撃に頭が痺れる。だとしたらこれまでの解釈と全く逆の解釈だ。
「そう言われてもな。俺が他の因果を使えるのは事実だろ」
「貴様自身、思い当たらないか? 周囲の人間が理不尽に不幸になることはなかったか?」
改めてそう言われると思い当たる記憶はいくつもある。自身の家庭、小説家になった同級生、スポーツ特待生、有名スポーツジム。直近だと鳴神。
「そういうことがなかったわけではないが……」
「それが貴様の因果なのだ。他の因果が使える理由はわからんが」
俺は自分が相手から離れることでその人間が不幸になるものとばかり思っていたし、それを楽しんでいた。だが、本当は俺自身がその相手を不幸にしているのだとしたら? 俺と一緒にいると幸福になるのは、俺自身が不幸にならないため? 間接的にとはいえ、鳴神を殺してしまったのは俺なのか?
理屈上は刑天の言う内容で間違っていないかもしれないが、俺が他の因果を使える説明にはならない。
「使えるんだから俺の解釈が正しいってことなんだろ」
「……」
刑天はそれ以上何も言わなかった。俺は立ち上がり、尻を払う。
「さて、もう時間だ。起きるとするか」
「また都合がいい時間に稽古をつけてやる」
刑天は立ち上がるとその姿が薄れていく。起きるようだ。気が付けば周囲は白く霧がかかっていた。ようやく目が覚める。




