八章 七 願い
七
延行はここ数日『山沢損』で支配した甲虫、大猿、蛇、犬を連れて小屋の外へ出る。延行は今日も甲虫は防御に使わない。二千匹の甲虫は防御に最適だったが、守っていても勝てないことは初日にわかった。それよりも二千匹の物量で索敵・攻撃したほうが効率的だと判断していた。
延行は大きな犬の背中に冬美と騎乗し、甲虫を周辺の探索に飛ばす。大猿と蛇は護衛にした。大猿の予言が事実だとすれば、この島にいる限りは死なないはずだ。
しばらく周囲を探索したころ、甲虫が集まり位置を示す場所があった。延行は犬に騎乗したままその位置へ急行する。甲虫が示す場所には一見何もいないように見えたが、足元を見ると小さな生物がいた。それは白い鳥のような羽を背中から生やした小人のような生き物だった。妖精といえば昆虫のような透明の羽をイメージするが、これはまるで小さな天使のようだった。
延行は油断せず、『山沢損』で支配する。小さくてもどんな危険な奴かわからない。
「お前の名前と能力を言え」
延行は妖精にそう命令した。が、返ってきた答えは期待していたものと異なる。
『願いを言え。何でも叶えてやろう』
「何でも願いが叶う?」
小さな妖精は延行にだけ聞こえる声で囁く。思わず耳を疑い、聞き返してしまう。
『叶えてやる。 願いを言え』
延行は頭に血が昇る。何でも願いが叶うなど都合のよいものがあるはずがない。悪魔が願いの代償に魂を奪うことがあるように、魔物がタダで願いを叶えるはずがない。延行は小さな妖精に詰め寄る。
「デメリットは当然あるんだろう?」
『……私はお前の願いを知っているぞ。 願いを言え』
そう言われて延行はついに一縷の光に辿り着いた気がした。もしかしたら夕子と海那岐姫を分離させることができるのではないか。いや、「神の赦し」を願うほうがいいのか? しかし、迂闊に願いを口にするのは危険だ。
「デメリットを教えろ!」
『叶えてやる。 願いを言え』
どうやらこの妖精は延行と会話するつもりは無いらしい。それに、「デメリットを教えろ」という願いだと解釈されるかもしれないからあまりしつこく聞くことも憚られる。
『山沢損』で支配しているはずなのに会話にならないのは猿の不気味な予言の時もそうだったので、何か人間とは違う精神構造なのだろう。
延行は願いを考えた。「願いを無限にしてくれ」は叶うのだろうか。おそらくそれは叶わないだろう。無限に願いが叶うならこれまでそういう願いがされていないはずがない。それと同じ理由でデメリットも知ることはできないだろう。つまり、「願い」に関することは叶わない、というのが妥当なところだった。
デメリットは本人の命だろうか? いや、それもないだろう。何故なら不老不死が願いだったら矛盾することになる。それと同じ理由で「大切な人の命を奪う」こともないはずだ。となると願いの代償は「現在あるもの」がリソースではなく「未来」をリソースとした代償なのだ。例えば寿命を奪う、というもの。
「冬美と夕子、海那岐姫を分離させてくれ」と喉まで出かけた延行だったが、かつて自分が冬美に言った言葉を思い出す。
(願いは自分で叶えるもの)
「消えろクソ野郎」
『願いは聞いた。結果は一年後』
美しい妖精はそう小さな声で囁くと羽をたたんで机の端に腰を下ろした。
「さっさと消えろ、にするべきだったか」
延行はそう言って妖精に唾を吐きかけたが、妖精は特に動じることなく座ったままだった。
周囲の探索に戻った延行は、騎乗する犬が鼻を鳴らした。何かを見つけたようだ。犬は地面を嗅ぎながら後を追う。犬が向かう方向を見ると小さな人影が見えた。延行は人影を後ろから『山沢損』で支配。強力な因果による束縛は神の使いであろうとその精神を蝕んで支配に成功。
延行は支配した人影に近寄る。それは息を飲むほど美しい十歳前後の少女だった。絹のような艶のある黒髪に、白く小さな顔。鳶色の目は猫を思わせた。延行は支配した少女に命令する。ようやくまともな人間タイプだ、ちゃんと話せるといいのだが。
「名前と能力を教えろ」
少女は小さな桜色の唇を開いた。
「もうば。れんごくのあんないにん」
「煉獄だと? お前か……あの悪夢を見せていたのは!」
延行は激昂し少女の胸倉を掴んだ。少女は頷く。
「お前か!!」
延行はここ数日見せられた悪夢を思い出し、少女の顔面を本気で殴った。あの夢は完全に延行のトラウマであり、一生記憶から消すことはできないだろう。顔面を殴るくらいでは溜飲は下がらないが、殴られて倒れた少女が鼻血を吹いたのを見てそれ以上殴るのは止めた。
延行は質問を続ける。
「俺を殺しに来る魔物は何匹いるんだ? そいつらの名前と能力を教えろ」
孟婆は延行に魔物は全部で十三体いることと、名前と能力を手短に伝えた。
「この甲虫が驕虫、犬が四嶽、蛇が騰蛇、猿が無支祁、妖精が虚王か……」
これに孟婆を入れればおよそ半数攻略したことになる。しかし残りの魔物、特に太歳は無支祁の予言で延行を殺すという魔物だ。孟婆の話は要領を得なかったが、顔を見ると死ぬらしい。
あとは饕餮。孟婆の話では暗闇を連れてくる、ということだったが正直よくわからない。延行を脅かすとすればその二体であり、他は注意を怠らなければ大丈夫だろうという印象だった。
この孟婆という少女は戦闘では使えないと判断した延行は、小屋にいるように命令。少女は歩いて小屋に向かっていく。
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