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特別国庫管理部  作者: 安曇 東成


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八章 六 三回目の夢

 六

 

 体調は最悪だったが、ここが踏ん張りどころだと自分を叱咤して延行は戦闘に備えた。今日は雷沢帰妹(レジグマ)で回収した道具もフルに活用し、神の刺客共を返り討ちにすることにする。相変わらず大雨なのも、神に見放されたのだから天気がいいわけないよな、と一人で納得する。

 

 丘の上は遮蔽物が少なく、辺りを見渡すことができる。延行は甲虫をすべて周辺の探索に回した。防御は薄くなってしまうが、こちらからも攻めないと押される一方になってしまう。そのためには相手の位置情報は必須だった。

 

 早速昨日も見かけた鎧の男や蛇、大猿、犬が見え隠れする。遮蔽物が少ないので距離はまだ遠い。延行は索敵していた甲虫に攻撃命令。甲虫は弾丸のように大猿に飛んでいく。鎧の男が延行に向かってボーラを投げてくるが延行は読んでいたため回避。


 さらに蛇の雷撃を予想していた延行は冬美に避雷針を出させると、その瞬間に避雷針に雷撃が着弾。肌の産毛が電気で逆立つ。

 

 この間に延行の狙い通り甲虫の攻撃が大猿に命中し、大猿はもがき苦しんでいた。


「今だ!」

 

 延行は『山沢損(シャンツーセ)』を発動しようとしたが、鎧の男の飛び道具が延行を掠め、慌てて身を引く。甲虫は攻撃に回しているため、不意打ちには注意しなければならない。延行の肩はザックリと切れ、血が溢れている。

 

「くそっ! あの野郎!」


 延行が左手で怪我をした右肩を押さえると『藤柄八山勾玉ふじつかやつやまのまがたま』の力が発動し、裂傷が塞がる。延行は自身の不死身度を試したわけではないので、どの程度の怪我までは受けていいのか把握していなかった。腕は千切られても再生したが、首を()ねられたら再生できるのか? 全身が蛇の電撃で黒焦げになったら? 犬に喰われたら? どれも今ここで試すわけにはいかない。


 延行は大猿が再び戦列に復帰しないように、両足を破壊するよう甲虫に命令。甲虫はすぐさま忠実に大猿の足を攻撃し、動きを封じる。これでいつでも支配できるはずだ。


 甲虫には蛇を追跡させる。灰色の巨大な犬が延行の背後に回っていたが、冬美に出させたM16-A4アサルトライフルで牽制。鎧の男はどこかわからない。

 

 甲虫は蛇を次々に攻撃し、ダメージを与えていた。延行も距離を詰め、ついに『山沢損(シャンツーセ)』で蛇を支配する。


「よし! 次は犬だッ! 行け!」


 延行は甲虫と蛇を犬に向かわせる。延行自身は鎧の男を警戒し、冬美を守る。やがて犬も二千匹の甲虫に囲まれ、蛇の電撃で昏倒させるに至った。延行は犬と猿も『山沢損(シャンツーセ)』で支配することに成功。鎧の男は逃げたようだ。

 

 かなりの疲労が蓄積していた延行だったが、この日は勝利を収めた。神の手の者はあと何体いるのだろうか。あの鎧の男で最後だと助かるのだが。他にも森の魔物、夢魔もいるはずだが姿を見せない。いや、いたとしても男には見えないのだ。延行にとって、「見えない相手」というのは鬼門だった。図書館で調べた伝承では女性には見えるとあったので、延行には一つ考えがあった。

 

 冬美に雷沢帰妹(レジグマ)で魔法学園物小説にある秘薬、『ポリジュース』薬を出してもらい、それに冬美の毛髪を入れて飲んでみる。身体がむずむずして、変化が始まった。ものの十秒足らずで延行は冬美と瓜二つの姿となる。

 

「いいぞ、完璧だ。あとはタイミングだけだ」


 やがて夜になり、変身も解けた。小屋の中で食事を済ませた延行は冬美を先に眠らせ、甲虫と蛇、犬に外を監視させる。


 部屋の中には大猿を残した。それはただの気まぐれだったが、もしかしたら言葉を話せるかもしれないので、試しに名前を聞いてみたが何も言わない。やはり無理か、と諦めた頃、猿は不気味に笑うと低い声で何やらを呟いた。

 

「この島から少し離れた小島で太歳(タイソエイ)に殺されるだろう」

「タイソエイ?」


 延行は驚いて聞きなおすが、猿はそれ以上は話さなかった。「タイソエイ」が何なのかもわからない。あの鎧の男の名前だろうか。

 五月三日の夜はいよいよ更けようとしていた。延行はまた悪夢を見るのでは、と陰鬱な気分になる。しかし、少しでも眠らないと疲労は蓄積される一方だ。それに悪夢の主を探して止めさせなければならない。


 その日の夢は、昨日と同じ延行の自宅だった。思わず手で髪を触るが、今日は抜け落ちることはなく延行は安堵した。だが、それが逆に不安を呼ぶ。「絶対何か起こる」確かな予感があった。


 ふと、鼻の奥に違和感。奥が痒い、いや、痛い。延行の鼓動は早まり、最悪な予想が頭を過る。


「うぐっ……まさか……やめろ、やめてくれ」


 延行は悪夢の主に懇願した。だが、その願いは聞き届けられない。鼻血が溢れてきた後、鼻の中で何かが(うごめ)く。


「うわぁぁぁぁ! やめろぉぉぉ!」 

 

 鼻の穴からでてきたのは大きなムカデだった。血に(まみ)れて光ったムカデは不気味に頭を(もた)げ、周囲を見渡した。


「ぐわぁぁぁ!!」


 慌てて延行はムカデを掴んで引き抜き、捨てる。ムカデがずるずると鼻の中から出ていくのは最悪な感触だ。だが悪夢はまだまだ序章だった。そうこうしている間に反対の穴にも痛みが走る。先ほどよりも大きな何かが出ようとしている。

 

 鼻の中を何かが這う感触はこれまでの人生で当然感じたことはなかったが、これほどにおぞましいものだとは想像もしていなかった。鼻の穴から出てきたのは、細く黒々としたカミキリムシだった。

 

「おえぇぇぇ!」


 延行はカミキリムシを掴もうと手を伸ばしたが、手を避けて鼻の中に戻ってしまう。


「ぎゃああああああっ!!」


 さらに悪夢は続く。カミキリムシが鼻の奥に戻ってしまったと思った矢先に右耳の奥が痛い。延行の鼓動は最大まで跳ねた。


「やめて!! もうやめてください!! うう…ううぅ…」


 延行は早くも涙を流して許しを請うた。だが右耳の中で「聞こえてはいけない」音がする。耳の奥にいる何かが鼓膜を食い破り、外耳道を通って出てくる。ズリ、ズリ、と耳道を這う感触に強烈な吐き気を催した。延行は盛大に嘔吐。胃が激しく収縮し、胃液が逆流する。


「あがっ…痛い! ぐうぅ……」


 右耳を押さえた延行だったが、さらに喉に違和感。何かが食道を登ってくる。

 

「うごぅ!? グェ!」


 延行の口から出てきたのはテニスボール程もある巨大なゴキブリ。それが五匹、十匹と信じられない数が出てくる。さらに尿道に痛み。


「嘘だろ!? ぐああああっ!!」


 尿道の痛みに脳が悲鳴を上げた。延行はふらつきながらトイレに入り、ズボンを脱いで尿道を確認。黒い針金のような何かが出てきている。その正体は、カマキリによく寄生しているハリガネムシだった。延行は悲鳴を上げながらハリガネムシを掴み、尿道から引きずり出す。


「あっあっああああっ あっ ぐぎぎぃ!」


 涙を流しながら、三十センチ程もある巨大なハリガネムシを引き出した延行はもはや正気を失う寸前だった。こんな状態ではとても悪夢の主を探しに行けない。


 延行は嘔吐(えず)きながらもう一匹ゴキブリを便器に吐き捨て、壁にもたれて荒い息。今度は尻の穴がむず痒くなり、便座に座るとホースより太いミミズが次々と出てくる。

 

「あぁっ! これはちょっと気持ちいいかも!!」


 延行は涙と涎で顔をめちゃくちゃにしながら喚いた。ミミズはともかく、鼻や耳、口に尿道から昆虫が出てくる気色悪さはまさに地獄の苦しみだった。

 

 それから二週間もの間、延行はこの繰り返す悪夢の中でのたうち回って苦しんだ。


 孟婆(モウバ)の夢は、七回見ると発狂する。延行はまだ三回目だが、精神の健常性はすでに破壊されていた。


 五月四日、目覚めた延行は、まだ肌を虫が這いまわる感触が残っていた。気のせいか尻の穴もヒリヒリする。必死に身体を擦ったり、耳を塞いだりした。延行は涙を流し、隣で眠る冬美を抱きしめ、その柔らかい温もりにさらに涙した。起き上がって鏡を見ると、髪の毛の半分ほどが白髪に変り果てていた。


 延行はこのままいけば明日はさらにひどい悪夢になることを予想しており、それはもう限界だと思った。


「今日ケリをつけるしかない。じゃないと、もう耐えられない……」


 延行と冬美は同じジーンズと黒いシャツに着替えて外に出る。完全にペアルック。二人の外見が入れ替わっても見分けはつかない。夢魔が今日現れるかはわからないが、準備しておく必要があった。


感想お待ちしております。励みになります。


この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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