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特別国庫管理部  作者: 安曇 東成


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八章 四 戦う覚悟


『裁きは下れり。即刻に』


 延行は像を振り返り、耳を澄ませる。が、もうそれ以上は声は聞こえなかった。


「今の、聞こえましたか?」

「像からか? 儂には聞こえなかったが……」


 神子島(かごしま)は首を振る。それを聞いて延行は背筋が凍った。


 冬美は延行の支配の力で操作状態となり、虚空を見つめている。大仰(おおのき)はそれを見て本堂に帰ってきた。


妹君(いもうとぎみ)はどうするんじゃ」


 神子島(かごしま)は冬美の様子を窺いながら尋ねると大仰(おおのき)が答えた。


雷沢帰妹(レジグマ)なんて神にも匹敵する力だよ。あぁ、神と融合しているんだから不思議じゃないね」


 延行は項垂(うなだ)れる。


「どうやら僕は神の怒りを買ったみたいです。なんとか海那岐姫(みなぎひめ)を分離して返さないと」

「分離したら妹君(いもうとぎみ)はどうなるんじゃろう?」


 大仰(おおのき)は腕を組んで考える。


「分離すれば力は失うだろうね。でも死んだりはしないと思う」

「命が無事ならいいんです。夕子はどうなるでしょう?」

六渡(ろくど)さんはもう魂だけの存在になっている。分離したら煉獄へ向か……」


 そこで大仰(おおのき)は話すのをやめた。気づいてしまったのだ。


「煉獄への案内人である海那岐姫(みなぎひめ)はここにおるんじゃぞ」

「どうなるんです!?」


 延行は食い入るように大仰(おおのき)の両腕を掴む。


「煉獄を彷徨(さまよ)うことになるね」


 通常であれば案内人である海那岐姫(みなぎひめ)が煉獄の奥にいる孟婆(モウバ)に引き渡す。孟婆(モウバ)はその魂の罪に応じて行先を振り分ける、となっている。


 海那岐姫(みなぎひめ)が不在の今、死者の魂は煉獄に辿り着いても孟婆(モウバ)の元まで行くことができず、永遠に彷徨うことになってしまうだろう。


 三人は本堂の外に出ると辺りを窺う。今のところ何も変わった様子はない。


 大仰(おおのき)は神社に咲く芍薬(シャクヤク)とエニシダを見つめる。


「どちらも五月に咲く花だよ。つまり、五月に何かあるという暗示だろうね」

「あと十日くらいしかありません」


 神子島(かごしま)は花を見つめて答える。


「それまでになんとか分離できないかを試すんじゃ」

「俺に一つ考えがあります」


 大仰(おおのき)神子島(かごしま)は延行の次の言葉を待つ。


「冬美は雷沢帰妹(レジグマ)が使えるんですよね? これで時間を戻す道具を持ち出すんです。同化する前まで戻すことができれば……」

「バカな。そんなことで解決せんわ」


 延行の言葉を遮って神子島(かごしま)が言う。


「仮にタイムトラベルできたとして、タイムパラドックスってどうなんだろうね? パラレルワールドになるとかそんな説もあるよね?」


 大仰(おおのき)が疑問を口にする。


「神に追われる未来はそのまま残るということですか?」

「そういう可能性もあると思うよ。誰もしたことがないからどうなるかはわからないけど」


 延行は拳を握りしめる。


「やってみなくては、わかりません」

「反対じゃ。危険すぎる。それに、バカげておる」


 神子島(かごしま)がそういうと延行は神子島を(にら)む。


「そう睨むな。……仮にやり直しが上手くいったとしよう。その場合は夕子が生きている世界ということになる」

「そうですね」

「その場合、夕子は計画を進めようとするじゃろう。今度はそっちのほうが神の逆鱗に触れる可能性もある」


 延行は考え込む。神子島(かごしま)は話を続ける。


「そうなったら、また戻ってやりなおすのか?」

「それは……」


 延行もようやくタイムトラベルの難しさを理解した。過去からやり直しても新たな問題が、しかもより深刻な問題が起こる可能性だってあるのだ。


「……わかりました。タイムマシン以外で役に立つかもしれないものを探してみようと思います」

「場所も変えたほうがいいね。東京で事が起きたら大変だ」

「八丈島の近くに、儂が所有している島がある。そこを貸そう」


 その日はそれで冬美の夢から脱出し、延行の家から帰って行った。


 翌朝、延行は荷物をまとめ、支配された冬美とともに八丈島付近の島に旅立った。


 その日から、延行と冬美は夢に侵入し続け様々な物を持ち帰った。車やバイクはもちろん、銃や爆弾などの現実の兵器に加え、漫画や映画にしか登場しない武器も回収することにも成功していく。

 

 戦闘機やヘリも持ち帰ることができたが、操縦することができないことに気づいた。同じ理由で巨大ロボや宇宙戦艦も操縦方法がわからない、あるいは少人数では動かすことができないものは無用の長物となった。

 

 そうした失敗から、持ち帰る道具をチョイスするコツを次第につかみ、ついに手に入れた『どこでもドア』は最高のものだった。


 冬美は朧気(おぼろげ)な意識の中で八卦がどういうものかを学習していた。兄がどういう理由で道具を集めているのかまでは知る(すべ)は無かったが、自分を守るためにやっているのだということは漠然と理解していた。


 五月が目前となったが、夕子を分離させる方法はついに手に入らなかった。それどころか、没案としたはずのタイムマシン、デロリアンを入手してしまったが、延行はすでにタイムマシンを使うつもりは無かった。


 四月二十九日の夜、いよいよ延行には後が無くなっていた。この最後の侵入で海那岐姫(みなぎひめ)と夕子を分離させることができなければ延行は神罰を受けることになってしまう。あるいは分離させても同化した罪が消えるわけではなく、どちらにせよ罰は下るのかもしれなかった。


 延行は二人を分離させることができなかった場合、身の振り方をどうするかを考えていた。諦めて大人しく裁かれるか? あるいは夕子との約束を果たすか?


 夕子との約束とは、新たな地球を作ってそこをパーグアの新天地とすることだった。孤児院は新天地で暮らす人員を集めるための隠れ蓑だ。


 現代地球の社会ではパーグアは異質なものであり、(おおやけ)になった場合は迫害の対象となる可能性が高い。人は力を恐れるか、あるいは利用しようとするだろう。それはパーグア達にとっていい未来ではなかった。


 夕子はパーグア達の救済、安住の地を作ろうとしていたのだ。延行もそれに同意し、まずは実験的に世間から隔離された孤児院でパーグア達を生活させて、問題がないかを見極めていた。


 自分が死んだら冬美はどうなるだろう。孤児院のパーグア達はどうなる。やがて八卦が世間に知られたとき、彼らの人権が保証されるとは思えなかった。自身もパーグアとなったこともあり、種族意識のようなものが芽生えていた。


 延行は自身の決意を口にした。


「神は(ゆる)してはくださらないだろう。ならば徹底的に戦ってやる」


 延行はもう一つ、小さな希望を持っていた。それは海那岐姫(みなぎひめ)が首から下げていた玉だ。今、延行が持っている玉の欠片はどうやら延行を若く保ち、怪我もたちどころに回復する不死の力を持っているようだった。これだけでは神に対抗するには力不足だが、冬美の夢で見た時のあの玉は直感的に「なんでもできる」と感じた。欠片がどこに行ってしまったのかはわからないが、手に入れることができれば神にも比肩できるに違いない。


 いつも通り冬美と夢に入った延行だったが、あの神社の夢ではなかった。これでは夕子の像に触れることすらできない。この時点で四月中の分離は難しくなったことを悟り、延行は意気消沈した。


 ここは夕子がいた頃、東京に住んでいたアパートだった。通常なら冬美が行ったことのない夕子の家の夢を見るはずがないが、夕子と同化している以上、不思議ではなかった。


 質素な部屋には大きめの本棚があり、八卦占いに関する本を中心に揃えられていた。木製のキャスター付きワーキングデスクの上には小さな写真立てが二つあり、一つは夕子と延行のツーショット、もう一つは夕子の家族との写真のようだった。


 六渡(ろくど)夕子はシングルマザーに育てられたと聞いていたが、写真立てには家の前に四人の人物が映っており、両親と中学生頃の夕子、それに小学生の弟のようだった。


 その時、玄関の扉が開いた音がした。延行は咄嗟に玄関を見たが、誰もいない。が、冬美は明らかに何かを見ている。


「何かいるのか?」


 延行は冬美に声をかけたが、冬美は何も答えない。その時、虚空から声が聞こえた。


『姫。まもなくお迎えに上がりますゆえ、今しばらくお待ちください』


 美しい声はそれっきり、気配は消え去った。


「透明人間? いや、冬美には見えていた……冬美、何を見たんだ?」


 延行が命じると冬美は答えた。


「すごく可愛い女の子」

「女の子?」

「褐色の肌に金髪、綺麗な緑色の目」

「知り合いか?」


 冬美は首を振る。『姫』と呼び、迎えに来ると言っていたから海那岐姫(みなぎひめ)を迎えにきた神の使いということだろう。いよいよ運命の時が迫ってきたことを延行は感じた。


 延行は冬美を連れて図書館に向かう。夕子の家からはそれほど遠くはなかった。


 図書館で先ほどの透明人間について調べていく。褐色の肌、と言っていたので中東の方の伝説を調べていくと意外な程簡単にそれは見つかった。


「森の魔物……」


 「ギリシャ神話 悪魔の書」という本によると、夢魔という魔物らしい。女に真の姿を見られると死ぬ、男を惑わす。聖なる血によりその支配を祓うことができる、とある。だが、延行には時間がなかった。今から聖なる血を調達することはできない。


 夢から覚めた延行は冬美を抱きしめた。支配状態にある妹は虚空を見つめたままだ。


「冬美……すまない。 だがお前は命を取られたりはしないよ」


  延行は『どこでもドア』で東京に戻り、神子島(かごしま)大仰(おおのき)に森の魔物について話をした。もし自分に何かあった場合は可能であれば調達をして欲しいこと、危険だから八丈島付近に近寄らないほうが良いことを伝えた。


 二〇一四年五月一日を迎え、ついに運命の刻が来た。


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この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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