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特別国庫管理部  作者: 安曇 東成


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八章 三 死者の呪い

三 

 

 冬美は中学生になった。セーラー服姿の冬美は天使のように清楚で悪魔のような色気を放っていた。延行は妹が夕子に少しずつ似てきていることを薄々勘付いていたが、冬美本人は夕子が消えてから数年経っていることもあってか記憶は薄れ、似ているという自覚はないようだった。


 冬美の誕生日である四月十日に、延行が渡したプレゼントはTシャツだった。黒地で、胸に白い扇風機のような羽の花びら模様が入ったものだ。背中側には大きく月がプリントされていた。

 

「可愛い」

「オリジナルで作ったんだ。気に入ったか?」

「うん! これなんていう花?」

「ニチニチソウだよ」

「へぇ……ありがとう」

 

 冬美はあの時の夢を覚えていなかったが、何故か懐かしく感じた。無意識に大粒の涙が溢れる。

 

「あれ、なんでだろ……」


 延行は冬美の頭を撫で、抱きしめた。


「……お母さんに会いたい……お父さんに会いたい……」


 冬美は理由もわからず延行の胸の中で泣きじゃくった。延行はできれば夢で会わせてやりたかったが、冬美の夢に入ってももう両親の魂は現れないであろうことは直感していた。

 

 泣き疲れた冬美と延行は、そのままソファで眠ってしまった。

 

 延行が気が付いたとき、そこはいつか冬美と初詣に行った神社にいた。延行はいつの間にか冬美の夢に侵入していたのだと気づいた。


 昼間の神社には誰もいなかった。大きな杉の木の間からは日が差し込み、延行が玉砂利を踏む音が響く。延行は一つ違和感。この神社で見たことがない花が二種類咲いていた。一つは赤く美しい芍薬(シャクヤク)、もう一種は山吹色の見事なエニシダだった。


「どちらも五月に咲く花か……」


 延行は神社の本堂に向かって歩く。冬美の夢のはずだが、冬美本人は見当たらない。彼女を探して歩くうちに、古めかしい本堂の前まで来ていた。本堂からは異様な空気を感じる。パーグアとしての直感が「侵入するな」と警告している。

 

「冬美、ここにいるのか?」


 延行は靴も脱がずに本堂に上がった。靴が木の廊下を踏んで音を立てる。延行は目の細かい障子の戸の前で立ち止まり、中に向かって声をかけた。


「冬美、いないのか?」


 延行は戸を開け内部に踏み入ったが、内部は薄暗くてよく見えない。やがて目が慣れてくると部屋の中央に人影のようなものがあった。延行はさらに接近すると驚愕。右膝をつき右手を伸ばす和装の美少女と、その背後から両腕を回して捕まえている格好の少女が氷のような彫像となっていたのだ。

 

「ゆ、夕子!」


 それはあの時、『雷火豊レーフォーニ』で冬美や海那岐姫(みなぎひめ)と同化した六渡夕子(ろくどゆうこ)だった。二人は同化したまま冬美の夢にいたのだ。


 延行は恐る恐る彫像に手を伸ばす。彫像はひんやりとした手触りで、表面は滑らかだ。まるで溶けない氷のようだった。海那岐姫(みなぎひめ)六渡夕子(ろくどゆうこ)は完全に同化していて、二人の境い目はない。

 

「夕子……俺は……」


 延行は像を抱きしめ泣いた。その時、延行には微かに聞こえた。


『ノブ君……』


 延行は顔を上げ、彫像となった夕子を凝視する。


「夕子!? 生きているのか!?」


 だが、声はそれっきり聞こえることはなかった。やがて、冬美が目覚めようとしているのか、夢が白んでいく。延行は「夕子、また来る」とつぶやくと量子世界が霧散して目が覚めた。


 目が覚めると目の前には冬美の顔があった。一緒に眠っていたことを思い出す。


「兄さん……」


 冬美はやや上気した表情で延行を見つめる。夕子や海那岐姫(みなぎひめ)の美しさを受け継いでいる冬美は、とても十三歳になったばかりの子供には見えない。

 冬美の(はだ)けたシャツから見えた鎖骨には、見覚えのある黒子(ホクロ)があった。それが夕子のものだと確信した延行は、思わず黒子にキスをした。


「あ……」


 身を(よじ)る冬美から舞った甘い匂いは夕子のそれだった。延行の脳は痺れ、理性は完全に崩壊した。



 その日以降、延行は毎日冬美の夢に侵入して彫像の夕子をどうにか戻せないか試行錯誤した。だが、延行一人の知識と力ではどうすることもできなかった。


 一週間程過ぎた日、延行は冬美が寝入ってから自宅にパーグアの知り合いを二人呼んだ。


大仰(おおのき)さん、神子島(かごしま)さん。お力を貸してください」


 大仰(おおのき)と呼ばれた男は、三十代のビジネスマンを絵にかいたような男でスーツ姿だった。一方の神子島(かごしま)は紫の小紋(こもん)に身を包んだ二十代の美女。二人は夕子の伝手(つて)で知り合ったパーグアだ。

 

六渡(ろくど)さん、とんでもないことをしたね。海那岐姫(みなぎひめ)と同化するなど神の怒りを買うよ」

「もはや我々の手に余るじゃろ」


 大仰(おおのき)神子島(かごしま)の表情は、驚きと恐怖から固い。


海那岐姫(みなぎひめ)と同化したのは事故のようなものだったんです。夕子は妹を助けるために同化しようとして」

「事故ねぇ」

「どうにかして海那岐姫(みなぎひめ)を分離させることはできませんか」

「一度見てみないと何とも言えないね」

「事故と言えばお目こぼしをいただけるのじゃろうか?」


 神子島(かごしま)がそう投げかけたが、延行も大仰(おおのき)も答えられなかった。何故なら神は事実のみでしか判断しないことを知っているからだ。たとえ事故であろうと、いかなる理由があろうと例外なく神族との同化は許されない。


 延行は声を落として(うめ)くようにつぶやく。


「このままでは妹がどうなるか」

六渡(ろくど)さんもね」

「孤児院のパーグア達を呼びますか? 黄浩宇(ホァン・ハオユー)なら夢で夕子を分離させればそれを現実にできます」


 その発言を聞いて二人は驚く。


「孤児院、まだ運営していたのかい? しかもパーグアを育てている?」

「夕子が居なくなって、当初の計画は頓挫したものと思っておったが、延行、お主まだ諦めておらんのか」


 二人の問いに、延行は頷いた。


「夕子が同化間際に俺に頼んだんです。夢を叶えてくれって」

「それは死者の呪いに等しいぞ」

「夕子はまだ死んではいません!」


 神子島(かごしま)の指摘に延行は思わず怒鳴ってしまった。神子島(かごしま)もそれ以上は続けなかった。


「とにかく一度見てみようか。対策はそれから考えるしかないね」


 大仰(おおのき)がそういうと、延行と神子島(かごしま)も頷いた。


 延行たちは冬美の夢に侵入した。


 気が付くと神社付近の道路にいた三人は、歩いて(くだん)の神社に向かう。


「夕子は神社の本堂にいます」

海那岐姫(みなぎひめ)所縁(ゆかり)のある神社なのかい?」

玉依姫命(たまよりひめ)を祀っているところらしいです」


 玉依姫命(たまよりひめのみこと)海神(わだつみ)の娘で、その第四子が初代天皇である神武天皇という伝説がある。


海那岐姫(みなぎひめ)は玉依姫の第五子だよ。所縁(ゆかり)も何も、お母さんの神社ってわけだ」

「そうなんですね」


 延行がそう答えると、神子島(かごしま)が辺りを見渡してつぶやく。


妹君(いもうとぎみ)がおらんのう」

「ええ、ここ一週間来ていますが、一度も冬美に会っていません」


 やがて神社の本堂にたどり着いた一行は中に入る。中にはもう見慣れた彫像があった。

 大仰(おおのき)が像の周りをぐるり、と一周する。神子島(かごしま)も像に触ったり指で擦ったりしている。


「完全に同化しておるな。力の流れも感じない。夕子は生きているようには見えんが」

「でも声がしたんです!」


 神子島(かごしま)は『流れを止める』因果の持ち主なので、夕子と海那岐姫(みなぎひめ)の像に何らかの力が流れていればわかるが、そのようなことはないようだ。大仰(おおのき)も唸っている。


 その時、本堂の外で玉砂利を踏む音が聞こえた。

 

「誰か外におるな」


 神子島(かごしま)がそういうと大仰(おおのき)は戸を開け外に出た。神子島(かごしま)と延行は戸の隙間から外の気配を探った。


 大仰(おおのき)は一人の少女に会った。


「おじさん、ここの人?」


 冬美は大仰(おおのき)に話しかけた。


「おじさん……? 僕はまだ三十二なんだ。だからおじさんはやめて欲しいな。僕はただのお客だよ」

「あの中、見てもいいかな?」


 冬美は本堂を指差す。


「勝手に見たらダメじゃないかな?」

「なんだかね、あそこから声がするの」

「声?」

「うん」


 冬美はそう言うとふらふらと本堂に向かう。このままでは夕子の像を見てしまうだろう。それは危険な事である予感がした。


 大仰(おおのき)地天泰(チーツータイ)を発動し、冬美の因果を見た。そして驚愕。


「『雷沢帰妹(レジグマ)』!?」


 大仰(おおのき)の声を聞いた神子島(かごしま)は延行を見る。


「『雷沢帰妹(レジグマ)』じゃと? まさかお主……神と同化した妹に手を出したのか?」


 雷沢帰妹(レジグマ)は禁断の恋に手を出し破滅することを暗示する因果である。神と同化した冬美がその因果を持つのは自然な事であるかもしれなかった。


「……夕子に似ていたので……」

「バカな。雷沢帰妹(レジグマ)そのものではないか。破滅するぞ」

「マズい。こっちに来ます」

「こうなったらもう『山沢損(シャンツーセ)』しかあるまい」


 延行は山沢損(シャンツーセ)で冬美を支配した。冬美の目からは光が失われ、本堂に向かう足は止まった。


 その時、夕子と海那岐姫(みなぎひめ)の像からはっきりと声が聞こえた。


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この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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