七章 二 藤柄八山勾玉
二
高速道路のど真ん中だが、車は一台も来ない。政府が通行止めにしているのだろう。バイクの横に立つ犬は体高二メートルはあろうかという巨大さ。四獄という魔物らしい。灰色の毛並みは近くでみると透明なガラスのような毛で、顔からは知能の高さが窺える。
古城戸は虚空に向かって話かける。
「イリナちゃん」
以前、古城戸に見せてもらった写真の美少女がそこにいるのだろう。俺にはみえないのが残念でならない。だが声は聞こえた。俺は声だけでうっとりしてしまい、我を忘れてしまいそうになる。
「冬美……助けに来てくれたのですか」
「ええ。大丈夫?」
「助かりました」
「ううん……煉獄では、ありがとう。……その、色々聞きたいことがあるの」
「ええ。私からもお伝えしたいことがあります」
「兄が生き返ったんでしょう?」
「そうです」
「兄を助けるつもりなの?」
「延行の生死は私にとってそれほど重要ではありません」
「……じゃあ?」
「『藤柄八山勾玉』というものを覚えておられますか」
「……私が夢から持ち出したの?……覚えは無いわ」
俺も『藤柄八山勾玉』というものは聞いたことがなかった。勾玉と聞いて思い当たるのは、三種の神器の一つだが、あれは八尺瓊勾玉だから別物なのだろう。昔、古城戸が雷沢帰妹で出したものなのだろうか。
「『藤柄八山勾玉』は神にも近い力を得る玉で、あらゆる八卦を操り不老不死を得ることができます」
「すごいものね……」
「延行はその宝玉を二つに割り、片方を延行が、もう一つは隠しました。子涵達は延行から一つを奪い、もう一つの隠し場所を聞き出そうとしているのです」
古城戸は腕を組んで考えだした。
「イリナちゃんはその勾玉が欲しいの?」
「私がそもそも最初に冬美達に接触したのは、大いなる存在からこの玉を取り返すよう命を受けたからに他なりません」
驚きの事実が明かされていく。始祖夢魔が現れたのは、古城戸延行と冬美の情欲に惹きつけられたためだと思っていたがそうではなく、玉を取り返すために来たというのだ。
「大いなる存在……?」
「平たくいうと『神』です。私と、十二の神使は『藤柄八山勾玉』奪還のために遣わされました」
古城戸延行が冬美を操って夢から連れ出したと思っていた魔物達は神の使いだと。十二の神の使いと聞いて思い浮かんだのは十二支だ。騰蛇は巳か辰、饕餮は丑、目の前にいる四獄は戌というのは想像がつくが、孟婆は少女だし、虚王は小さな妖精だった。盧亀は亀だ。十二支は関係無いのかもしれない。
「子涵は生き返った延行からその一つを奪いました。私はそれを取り返そうとしたのですが、逆に騰蛇を奪われたのです」
「神の使いを殺しちゃったわ……」
そう言って古城戸は俺を見た。騰蛇は俺が天地否で殺したも同然だ。
「やめろよ。俺が悪いのかよ」
古城戸は虚空に向き直る。
「最初から玉を取り返したいって私に言ってくれればよかったのに」
「我々神使にとって、使命は明かさないのが原則です。しかし、十年が経ち上の方々が動き出す可能性がでてきました。それは私にとっても良いことではありません。なので話すことにしたのです」
「上の方々……神様ってこと?」
始祖夢魔からの返事は聞こえなかったが、首肯したのだろう。
「俺からも少しいいか?」
俺がそう言うと古城戸が振り返って無言で頷く。
「そもそも何故延行は勾玉を割ったんだ?」
虚空から声が聞こえる。始祖夢魔の返答だ。
「真意は知らない。延行は不老不死は必要無かったのだと思う。自分一人だけ不老不死になっても仕方ないと思ったのかもしれない。延行が持っていたほうは八卦を操る力を、もう片方が不老不死の力を持つと考えている」
始祖夢魔は俺に対しては敬語を使わないようだ。孟婆と同じく古城戸にだけ敬語なのか。男は始祖夢魔から見れば敬意を払う対象ではないのかもしれない。
「八卦は六十四あるが、片方はそのすべてを使えるのか?」
「正確な割れ方は話せない。というより私も知らない、と言う方が正しい」
子涵が天花寺の因果、風天小畜を使えるなら人生を覗かれて隠し場所がバレるはずだ。だが夢で会った子涵は風天小畜を始めて知ったようなそぶりだった。
「風天小畜は使えないのかもしれないな……」
「もし風天小畜を使えたとしても、隠し場所を見つけることはできないと思う」
俺の考えが始祖夢魔に即座に否定される。俺は無言で虚空を見つめ返す。
「夢の中から物を取り出す『雷沢帰妹』があるように、夢に物を持ち込む因果がある。延行はその因果を使って夢の中に玉を隠した。風天小畜では夢の中まで追えない」
「夢の中に隠したのか……」
子涵が『藤柄八山勾玉』の力で『雷沢帰妹』を使えるなら夢の中であろうと見つけさえすれば現実に持ち帰ることができる。今頃は古城戸延行の夢に侵入してずっと捜索を続けているのだろう。
「イリナちゃん……これから一緒に子涵達と戦えるかしら」
「いいえ冬美。私にはもうひとつ重要な使命があります。そのためにも今は一緒に行動することはできません。いずれまた会う時が来るでしょう」
もう一つの使命というものが気になったが、俺達にはあまり関係が無いのかもしれない。
「……わかったわ。私は勾玉に用は無いけど、手にすることがあったら渡すから」
そう言うと、一瞬息を飲む間があり、始祖夢魔の声がする。
「もし、延行が勾玉が欲しいと言ったら、冬美はどうしますか」
「説得するわ。神様のものなんでしょう?」
「……冬美に期待します」
始祖夢魔の言葉は『延行を信用していない』ということを暗に匂わせている。古城戸もそのことは感じ取っただろうが、腹を立てたりはしない。腹を立てたら認めることになってしまう。俺は自分だったらどうだろうと考え込む。全ての八卦、言い換えればすべての因果の力を手にして、それを手放すことなどできるだろうか。俺はそれなりの因果に触れることができるが、それが劣化コピーの力でも手放すことは正直考えられない。
始祖夢魔との話を終え、俺達はデイトナで高速道路を走る。標識からようやくここが新名神高速道路だとわかった。もうすぐ四日市JCTだ。そこから東名阪自動車道に入り名古屋に向かうルートで走る。
『魔物が神の使いだったとはな』
『十年前は、勾玉のことなんて知らなかった』
『兄貴に支配されていたんだから無理もないさ。俺達も勾玉探しするのか?』
『まず兄さんを助けたいわね。勾玉を探すにしても兄さんの夢に入らないといけないんだろうし。ひどい目にあっていなければいいんだけど』
子涵が古城戸延行と同じ因果、『山沢損』を使えるなら延行を操って自白させることもできそうだが、それはしていないのだろうか。
『古城戸も気をつけろよ。人質にされるかもしれない』
『わかった』
子涵は鳴神が殺された事からわかるように古城戸を殺すつもりでいるらしいが、勾玉の場所を聞き出すための人質としての価値があると判断されると拉致される可能性もある。
名古屋についてからは新幹線で東京に帰る。名古屋駅で時計を見ると、あれだけのことがあったがまだ十八時だった。
みどりの窓口で新幹線の切符を取り、出発までの時間をベンチで待っていると、隣の古城戸が俺にもたれかかってきた。どうしたんだ突然。驚いて古城戸を見るとぐったりしている。
高速道路で雨に濡れ、バイクで名古屋まで走ったせいで熱を出したらしく身体から熱が伝わる。超高速での運転も相当疲労させたのだろう。額に手を当ててみるとすごい熱だ。
「おい大丈夫か?」
「……」
あまりいい状態ではない。病院に連れて行くべきだろうか。名古屋の病院など知らないし、すぐに受診できるとも限らない。それに見知らぬオヤジに古城戸の肌に触れられたくなかった。
俺は新幹線は諦めることにし、古城戸を担いで名古屋駅前のビジネスホテルに向かいツインの部屋を取る。古城戸をビジネスホテル特有の硬いベッドに寝かせてドラッグストアに薬を買いに行く。錠剤やカプセルは嚥下できるだろうか。シロップタイプのものも混ぜて数点買い込んだ。
ホテルの部屋に戻ると古城戸は寝かせたままの状態から少しも動いた様子はなく横たわっていた。
雨で濡れた服はずぶ濡れ、というほどではなかったがまだ大分湿りがある。このままにしておくのは良くないだろう。恋人でもない古城戸の服を脱がせるのは躊躇われるが、この場合は仕方ないと自分に言い訳をし、シャツのボタンを外していく。
豊かな胸に手が触れその柔らかさに俺は緊張してしまう。古城戸の胸は都合二回触ったことがあるがどちらも夢の中での事で、しかも十三歳時点の姿だ。今は大人になっていてさらに妖艶な身体つきになっている。
シャツの前を開くと現れた下着はシンプルな白だった。深い谷間は白い雪のような布に包まれ美しい曲線を描く。七分丈のパンツも脱がせると白く眩しい太腿が俺の目を灼き、心臓が跳ねた。脱がせた時に舞った匂いが俺の鼻腔で甘さを放つと、俺の後頭部は痺れて理性を破壊しにかかる。
足の付け根を隠す下着は上と同じデザインの純白で、古城戸の最も大事な部分がこの薄い布一枚に隠されていることに胸が昂る。
どうにか古城戸を下着姿にした俺は、掛布団をかけてやり、薬を飲ませることにする。カプセルや錠剤は無理だろうから、粉末タイプのものをコップに入れ、水を入れて懸濁する。俺は古城戸の背中を支えて上半身を起こし、コップを口にあてがう。
「ほら、飲めるか? 薬だから飲んでくれ」
「……あ……」
朦朧としながらもどうにか薬を数口含むことができ、俺はやや安堵。額にうっすらと汗をかいていたので、備品のタオルを水につけ、絞ったものを古城戸の額に乗せる。
しばらくすると規則的な呼吸になったので、俺はシャワーを浴び部屋着をつけてベッドに腰を落ち着ける。古城戸はすっかり寝入ったようだ。
俺は古城戸が寝るベッドに腰を移し、寝顔に見入る。桜色の唇は少し開かれて静かな寝息を立てている。この唇が欲しい。
俺は顔を寄せる。心臓が痛い程高鳴る。唇を重ねると暴力的なまでの甘い感触が俺の脳を支配し、一瞬重ねるだけのつもりだったはずが何度も口づけをする。それはまるで禁断の果実を夢中で貪る男のようだった。
翌日、俺が自分のベッドで目覚めたとき隣の古城戸はまだ眠っていた。俺は自分の身支度をある程度整えると、古城戸の額に手を当ててみる。熱は引いていた。
「古城戸、起きろ」
肩を軽く揺すってみるとさほど深い眠りではなかったのか、古城戸のまつ毛が動き、ぼんやりと目を開けた。
「う……ん、ここは?」
「名古屋でぶっ倒れたんだ。名古屋のホテルだ」
「そう……ごめんね」
眠そうな古城戸はいつも以上に色気を感じた。あの唇を昨晩俺は奪ってしまった。
「いや、いいんだ。こっちこそすまないが、濡れていた服は脱がしてしまった」
俺がそう言うと古城戸は掛布団の中を確認し、顔を真っ赤にして俺の顔を見た。怒りたくても怒れない、そんな表情だ。
「その、なんだ。綺麗だったよ」
「うう…~~!」
古城戸は羞恥の余り顔を布団に埋めた。
「古城戸、胸デカいよな」
「服とって!」
古城戸はそう言って右手を出した。俺はハンガーにかけていた古城戸のシャツとパンツを渡す。もう乾燥していたので着ても大丈夫だ。服を受け取ると古城戸は俺を見る。
「あっち向いて!」
「じっくり見たから今更だぞ」
「バカ! あっち向いて!」
「はいはい」
俺はそう言って背を向け、窓から外を見る。背後で古城戸が服を身に着ける衣擦れの音がする。
「熱はもう下がったみたいだが、一応今日も薬を飲んだほうがいい」
「うん……まだだるいわ」
俺達はホテルをチェックアウトし、朝の新幹線で東京に帰る。帰りの新幹線でも古城戸は薬を飲んで寝てしまった。東京駅に着いた時、顔色は少しは良くなっていたが会話はほとんどなく解散して帰って行った。
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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