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特別国庫管理部  作者: 安曇 東成


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七章 一 高速戦闘


 十月になり、半袖のシャツでは少し寒さを感じるようになったので俺は長袖のシャツに替えた。古城戸も若干厚着になっている。


 あれからというもの、始祖夢魔からも子涵(ズーハン)達からも接触がない。始祖夢魔はともかく、子涵(ズーハン)達はもしかしたら古城戸は死んだと思っているのかもしれない。俺は自席の斜め前にいる古城戸に話しかける。


子涵(ズーハン)達がいる孤児院には何人くらいいるんだ?」


 古城戸は上を向いて考える。


子涵(ズーハン)達は兄と同い年で、孤児院開設時のメンバーなのよ。もう孤児院にはいないの。いま孤児院にいるのは十九人だけど、全員がパーグアってことはないでしょうね」


 子涵(ズーハン)達が古城戸延行と同い年ということは今年二十九歳ということか。夢で会った子涵(ズーハン)達は高校生くらいに見えたから、もう少し若いのかと思っていた。


「実質何人くらいパーグアがいるんだ?」

「わからないわね。全員が敵だとは思いたくないわ」


 そう言うと古城戸は溜息を一つ落とす。自分がオーナーとなって面倒をみてきた孤児院の子供たちに命を狙われるなど考えたくはない。俺は悪い事を聞いたかなと少し胸を痛める。古城戸は指を組んで俺に向き直る。


「そういえば、浩宇(ハオユー)の仮面の話、調べてみたんだけど」

「おお、何かわかったか?」

「少しね。あの仮面は『変面』という中国の伝統劇から生まれた技みたいね」

「『変面』っていうのか。どういう仕組みなんだ?」

「仕掛けは秘密とされていて、門外不出らしいわ」


 俺は『変面』を携帯で調べ出す。


「今ググってみたら、あの仮面は薄いセロハンみたいな仮面が重ねられていて、剥がすことで変わるらしいとあるが」

「そんなの嘘に決まってるでしょ。八卦が絡んでいるのよ」


 古城戸は呆れ気味に返した。確かに一般人向けにはセロハンの薄い仮面、としておくほうがいいのかもしれない。本当は八卦の力が関係していると考えていいだろう。仮面の色についてはどういう意味があるのかわからない。


「あいつの八卦は相当危険だぞ。『火水未済(フスウーチ)』は神の領域と言っても過言じゃない」

「私は十歳の頃から二人と知り合いなのよ。お互いのことは大体知ってるわ」

「神子島さんや大仰って男も昔からの知り合いなんだろう?」

「大仰さんは夢でしか会ったことはないわ。神子島さんは私がパーグアになってからだったと思う。でも当時は話したことはほとんどないの。研究所ができた後ね、ちゃんと知り合ったのは」

「そうか……神子島さんは子涵(ズーハン)達につく可能性はあると思うか?」

「どうかしら。 私は無いと思うけど」


 神子島は古城戸延行の仲間だったから、心情的には子涵(ズーハン)達よりも妹の冬美のほうが近いはずだ。先日も協力してくれたし、鳴神の葬式にも来てくれた。

 

 その時、古城戸の座席の内線電話が鳴った。古城戸は受話器を上げる。


「……古城戸です。 あぁ……回してちょうだい」


 外線で誰かからかかってきたらしい。


「お電話かわりました。古城戸です。 ああ、お疲れ様です。……えぇ。はい。……明日の十三時ですね。大丈夫です。……はい。 では」


 そう言って電話を切った。おそらく誰かとのアポだろう。


「明日、神子戸(みこと)さんが来るわ」

「誰だ?」

刑天(シンチィン)って魔物を封じていた人よ。イリナちゃんが 刑天(シンチィン)を連れ出したから、神子戸さんも目覚めたの。この間、岐阜で会ってきたのよ」


 先日岐阜に行っていたのはその人のところだったらしい。


「封じるってどういう?」

「ああ、そうね。封じるっていうのは夢に閉じ込めるって意味よ。簡単に言うと夢の出口がわからなくなるのよ」


 確かに夢の出口がわからなければ俺達は目覚めない。魔物も同様に夢から出られない状態になるだろう。刑天もそれで封じていたらしい。


「鳥がいれば出口にいけるだろう?」

「いればね。でもそう都合よくはいかないものよ」

「その人が何しに来るんだ?」

「この間、煉獄に行ったときにイリナちゃんと一緒に 刑天(シンチィン)がいたわ。その 刑天(シンチィン)を封じていた神子戸さんなら何か知っているかもしれないでしょ。だから岐阜に行ったんだけど、まだ体調がすぐれなくて、話はきけなかったのよね」


 古城戸は子涵(ズーハン)達よりも始祖夢魔と接触をしたがっていた。だからそっちの線から探していたということだろう。


 翌日の昼になり、事務所に車椅子に乗った老人が娘と思わしき人物に付き添われて現れた。この老人が神子戸法雨(みことみのり)というパーグアらしい。神子戸は今年で八十八歳という高齢で、体調は芳しくない中においても東京まで来てくれた。付き添いの五十代の女性は神子戸の娘で結婚しており性は変わっている。俺達は一通り挨拶をすますと応接室で話をすることにする。


「先日はすまなんだ。具合がいかんでなぁ」

「いいえ。ご無理を言いましてすいませんでした」


 古城戸はそう言って頭を下げる。神子戸は咳をしながら話し出す。


「本当はもっと早く話せなあかん思っとったが、いかんせんな」

「何か情報があるのでしょうか?」


 話によると、神子戸は刑天と同じ部屋で眠り続けていたが、始祖夢魔に魅了された井関が『どこでもドア』で刑天を連れ去って起こしたため夢への封印は解かれたらしい。


「では、イリナちゃん……始祖夢魔とは特に話はされていないのですね」


 神子戸は男性だから始祖夢魔と直接会っていたとしたら魅了されていることになる。だが封印のため寝ていたというなら魅了はされていないだろう。

 

「儂が起きたとき、置手紙があった。手紙と言っても殴り書きの短いものやが」


 神子戸がそう言うと、娘は鞄から二つ折の紙を取り出し古城戸に差し出す。古城戸はそれを開き、視線を左から右に走らせる。俺が手を出すと紙を渡してくれたので、俺も目を通す。そこには英語で短く走り書きがあった。


He revived(彼は蘇った)


「兄が生き返っているんですか!?」

「さてな。夢魔の巧妙な罠かもしれん」

「もし生き返っていたら、何故私のところに来ないのでしょう?」


 神子戸がどこまで古城戸の事情に詳しいかはわからないが、古城戸の口ぶりからするとある程度は知っているということだろう。俺はもう一度紙を見てみたが、井関が書いたものか始祖夢魔が書いたものかどうかもわからなかった。ただ、慌てて走り書きしたような印象があるので、罠という雰囲気はない。


「知らん。来れん事情があるか、来たくないかのどちらかだ」


 神子戸がそう言うと古城戸は俯いた。


「おそらく前者ですね。可能性があるとしたら子涵(ズーハン)達です。あいつらが古城戸延行を蘇生し、拘束していると考えるべきでしょう」


 俺がそう言うと古城戸は顔を上げ、頷く。


「きっとそうだわ。でも兄の能力があれば拘束なんてできっこないのに」

「印南が言っていたが、あいつらの仲間に『能力を封じる』やつがいるらしい。もしかしたらそいつが関連しているかもしれないな」

「そういうこと……」


 古城戸は考え込んだ。


「始祖夢魔は古城戸延行を助けようとしているのかもしれないな」

「イリナちゃんは支配されていないはずだけど」

「どうだろうな? 別の事情かもしれないが」


 始祖夢魔の動きについては完全に俺達の予測にすぎないが、古城戸延行が拘束されているのはほぼ間違いないとみていいだろう。


 神子戸から感じる因果は天地否(ツーデーフー)。進めば行き違い、迷いにぶつかるという暗示。なるほど確かにこれなら夢に閉じ込めることも可能なように思える。


 目的は果たした神子戸は、体調のこともあって早めに帰っていった。貴重なメッセージだったと思う。古城戸は愛する兄が生き返った事実を聞き、気のせいか輝く光のようなエネルギーを纏っているように感じた。


 その時、事務所の外線電話が呼び出し音。天花寺が電話を取る。天花寺は受話器を保留中にし、大声で古城戸に呼び掛けた。


「所長、藤原さんから電話です」

「藤原さんが? 電話なんて珍しいわね」


 普段は政府から直接電話がかかってくることはないが、よほど急を要するのか、電話が使われたようだ。天花寺が受話器を置き、古城戸が自席の受話器を上げた。藤原と話す古城戸には焦りが見えた。やがて、話を終えた古城戸は席を立つ。


「行くわよ!」

「どういう電話だったんだ?」

「イリナちゃんが見つかったのよ!」

「捕まえたのか?」

「いえ、騰蛇(タンシュア)に追われているらしいわ!」

騰蛇(タンシュア)って始祖夢魔が連れ出した魔物の一匹だろう? 自分で連れ出して追われるってどういうことだ?」

「何かあったのよ。早く行くわよ!」


 俺も席を立つ。古城戸はインカムを付けたヘルメットを一つ俺に渡すと『どこでもドア』を出し開けて飛び込んだので俺も後を追う。

 ドアの抜けた先は高速道路だった。標識が見当たらないのでどの高速道路かはわからない。天気は悪く、少し雨が降っている。


「あっち側から来るはずなのよ」


 古城戸はバイクを出す。以前の夢で見た白いデイトナ675。古城戸はヘルメットを被り、俺に乗るように促す。俺もヘルメットを被り、後ろに跨りながらインカムのスイッチを入れる。古城戸はエンジンスタート。三気筒エンジンが目覚めの産声を上げると前進開始。スピードはぐんぐんあがり、メーターはすでに八十。


『きた!』


 インカムから聞こえた古城戸の声に反応して後ろを確認すると、巨大な犬が高速道路を走っている。さらにその後ろから巨大な蛇が追跡している。あれが騰蛇(タンシュア)か。蛇とともに雷雲が迫っている。


『デカい犬か!?』

『犬の上にイリナちゃんがいるのよ! 飛ばすわよ!』


 そうか、始祖夢魔は男には見えないんだった。古城戸はアクセルを開けていく。エンジンは怒りの咆哮とともに俺達に強烈なGを与える。デイトナは時速百五十キロを突破。しかし、その俺達を巨大な犬が追い抜く。恐らく二百キロ近くはでている。


 後方の騰蛇(タンシュア)は距離二百メートル程後方。騰蛇(タンシュア)の最高速度は時速二百二十キロだからこの速度では追い付かれてしまう。古城戸はさらにアクセルオン。息の詰まる速度になり、俺は恐怖で背筋が凍る。メーターを見ると時速二百キロ。雨の中、この速度は狂気に過ぎる。


 騰蛇(タンシュア)は蒼い稲妻を纏う。


『電撃が来るぞ!』


 俺がそう言うと古城戸は雷沢帰妹(レジグマ)を発動。俺の後方に避雷針が出現。その瞬間、騰蛇(タンシュア)は一段と輝き、瞬間目が眩む。轟音とともに雷撃が発射されるが、古城戸の出した避雷針に間一髪吸い込まれた。着弾の振動が響き、俺の心臓が縮まる。


『うおおお! あぶねぇ!』

『次は十九秒後よ! 私、間に合わないかも!』


 間に合わない、というのは雷沢帰妹(レジグマ)のインターバルのことだろう。避雷針がなければ俺達は十九秒後に丸焦げになる。古城戸はアクセルをフルスロット。さらに強烈なGがかかり、グラブバーを掴む右手が悲鳴を上げる。デイトナはついに時速二百五十キロを突破し、騰蛇(タンシュア)との距離は開き始める。秒速約八メートルずつ差が開き、十九秒でおよそ百五十八メートル差が開く。誇り高き三気筒エンジンはついに苦悶の悲鳴を上げ、排熱が俺達の尻を焼く。やがて始祖夢魔を乗せた犬に追いつく。


『この後どうするんだ!!』

『わかんない!』


 このままでは始祖夢魔が乗る犬が騰蛇(タンシュア)に追いつかれ、雷撃で()かれてしまう。俺は神子戸の因果、天地否(ツーデーフー)に触れる。本家の神子戸の能力は夢の出口を封じる能力だが、劣化コピーの俺が使うと一瞬迷わせる程度になる。だが、この速度では一瞬でも迷えば命取りだ。


 およそ百四十メートル後方の騰蛇(タンシュア)は高速道路の風防に激突。体重四百二十キロの巨体が時速二百二十キロで激突すればトマトになるしかない。風防は大きく凹み、騰蛇(タンシュア)は完全に絶命した。


『やったぞ!』

『すごい! やったわ!』


 古城戸はアクセルを緩めると後方にいる始祖夢魔が乗る犬も速度を併せる。やがて両者は停止。


 古城戸はバイクを停めると犬のほうに駆け寄る。





この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

記載されている会社名および製品名は、各社の登録商標または商標です。

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