番外編:天花寺ゆりの名探偵!
私、天花寺ゆりは重大な問題にぶつかっていた。これは非常事態である。いつも学校が終わってから来る事務所だけど、今日ばかりは全てが敵に見えた。
事務所の冷蔵庫に入れていた、二〇一九年に発売された「ガリガリ君玉子焼き味」の復刻版が消えていたのだ。アイスに玉子焼き味はどうなの?と思うかもしれないけど、玉子はプリンを始めお菓子にはたくさん使われているんだから、アイスになっても当然美味しい。学校が終わってから食べようと楽しみに置いていたのに。絶対に犯人を見つけてやるんだから!
まずは冷蔵庫がある事務所十階から確認しよう。
私は十階事務所の扉を開け、中に入る。部屋には古城戸所長と由井薗先輩、宇薄さん、梵くんがいた。この中に私のアイスを食べた人がいるかはわからないけど、調べてみよう。
……まず、同期の二人からそれとなく聞いてみよう。
「梵くん、今日も暑いねぇ」
声をかけると梵君は名前を呼ばれた犬のような反応で私を見た。
「お、おう 暑いね。九月末なのに東京は三十五度だってよ」
ん? ちょっと緊張気味みたい。怪しいかな? もう少し探りを入れてみようかな。
「こんなに暑いとアイス食べたいねー」
私がにこやかに言うと梵君は頭を掻いて目を逸らす。ん~?
「ア、アイスいいね。 お昼に駅前のサーティワン行く?」
「ううん。 自分のアイスあるから」
「あるんかい!」
私のアイスは食べられたんだけどね。なかなかキレのいいツッコミが飛んできたけど、梵君はグレー……っと。次は宇薄さんに聞いてみよう。
「宇薄さん、何飲んでるの?」
宇薄さんは少し陰があるけど、所長に負けないくらい美人さんだ。前髪で目が隠れているのが勿体ないといつも思う。
宇薄さんはラベルの無いペットボトルに入った黄色い飲み物を飲んでいる。
「……フルーツミックスジュース」
そういうと私にペットボトルを向けてきた。飲んでいいみたい。私はボトルを受け取り一口頂く。ジュースはとても爽やかで柑橘系の甘酸っぱさが効いている。レモン、オレンジ以外にも複雑な味がする。
「なにこれ、すごく美味しい。なんてジュース?」
私はペットボトルを見るが、ラベルは剥がされている。
「作ったの……」
「え? 宇薄さんが作ったの? すごーい! 何が入ってるの?」
「……色々。アイスクリームとか」
アイスクリームが入っているからあの甘さが出るのかぁ。おっと本題を忘れるところだった。
「アイスかぁ! そういえばアイスも食べたいね」
私がそう言うと宇薄さんも頷いた。でも少し俯いてモジモジしている。
「……でもお腹弱いの」
「そっかぁ。じゃあ今度甘いもの食べに行こ!」
「……うん」
どうやら宇薄さんはシロね。次は所長にしよう。所長はすごく綺麗だけどなんだか緊張するんだよね。まさか所長が食べたりしないと思うけど……
私が所長の席に近づくと、所長は私をちらり、と見て机の引き出しを開けて中を漁り始めた。私が声をかける範囲に近づいたとき、「あったあった」と言いながら小さな封筒を引っ張り出し、私の方を見る。
「所長、おはようございます」
「おはよう。はいこれ。今月もご苦労様」
そう言って所長が私に差し出した封筒は、給与明細が入った袋だった。今日は給料日だったんだ。私は高校生だけど一応特別国庫管理部の一員だから国からお給料を貰っている。フルタイムの勤務じゃないし、学生だからアルバイト程度の金額だけど。
「ありがとうございます」
所長は私が来たのは明細を貰いに来たんだと思ったみたいだ。
「あ、あのう」
私がそう言うと、所長は怪訝な表情で私を見た。
「なあに?」
「あの、いえ、なんでもありません! 失礼しました!」
やっぱり所長は苦手だ。実際やさしいんだけど、何だか気圧される。所長に聞き込みなんて無理だ。
次は由井薗先輩だ。私は廊下に出ると扉の隙間から由井薗先輩を覗き見る。私が謎電波を出していると先輩も気づいたみたいで私を見ると席を立って廊下まで来てくれた。
「さっきからなんだ?」
廊下に出てきてくれたけど、機嫌はイマイチかも。私は思い切って聞いてみる。
「由井薗先輩、冷蔵庫の私のアイス知りません?」
「アイス? 俺は冷蔵庫は使ってないからな……知らないな」
「そうですか……」
私が項垂れると由井薗先輩少し背を屈めて私の顔を見る。
「アイス食べられたのか?」
「無くなってたんです……」
この反応からすると由井薗先輩ではなさそうだ。じゃあやっぱり梵君なのかな。
「名前は書いてたのか? 食べられたものは返ってこないんだし、犯人捜しなんてするより諦めたほうがいいぞ」
「泣き寝入りするんですか? 私は、ただ食べたことを謝って欲しいだけなんです」
由井薗先輩はポケットから何か取り出して、私の手に押し付けた。見ると五百円玉だ。
「もうそれで諦めろ。次からは名前書いとけよ」
「いいですよこんなの! お金の問題じゃないんです!」
私は返そうとしたけど、由井薗先輩は「いいからいいから」と言って手を振った。もしかしたら由井薗先輩は犯人を知っているのかもしれない。理由はわからないけど犯人を庇っているのかな。
「先輩、もしかして犯人を知ってるんですか?」
私がそう訊くと由井薗先輩は首を振った。
「知らん。まぁもしわかったら俺から言っておくから」
嘘くさい! 私は思わず『風天小畜』を発動していた。由井薗先輩の今日を見る。
「あのな……」
由井薗先輩はパーグアだから一般人と違って私が能力を使っていることがわかる。勝手に人の人生を覗き見ることは良くないけど、使ってしまった。流れ込んできた映像では、先輩の言う通り私のアイスには全く関与していないし、犯人を知っているということも無かった。
「……ごめんなさい」
私は頭を下げて謝る。ますます先輩の行動が理解できない。
「プライバシーの侵害だぞ」
由井薗先輩はそう言って拳で私の頭を挟む。この攻撃は!
「あだだだだ! ギブ! ギブ!」
私は両手で空を掻きながらもがく。
「何を騒いでいるの?」
声のする方を見ると古城戸所長だった。廊下で騒いでいたから気になって見に来たんだと思う。由井薗先輩は拳を離すと「大したことじゃない」と言い残して部屋に戻ってしまった。私が頭をさすっていると所長も頭をさすってくれた。所長のいい匂いがふわり、と鼻腔に入ってくる。
「どうしたの?」
改めて所長に問われたので、私はこれまでのことを話した。そうすると所長は苦笑い。
「そういうことね。アイスは大目に見てもらえるかしら」
「え? 所長じゃないですよね?」
「違うけど。犯人捜しはもう終わりにしてもらえると助かるわ」
所長も由井薗先輩と同じことを言う。どうしてだろう。犯人をとっちめないとまた被害者が出るかもしれないのに。
「ちゃんと犯人を捕まえないと、また同じことが起きるんじゃないですか?」
「犯人ならわかったから。私から言っておくわ」
「え!? 誰なんですか?」
「みんなの前で犯人を吊るしたら今後居づらくなるでしょう? だから裏で言うのよ」
「でも、悪い事をしたんですから」
所長は一つ息をつくと腕を組んだ。
「報いを受けるべきだと?」
「だと思います」
「子供のうちはそれでいいけどね。大人は色々面倒なのよ」
私は所長の言っていることがまだ呑み込めていなかった。悪い事をしたらみんなの前で怒られても仕方ないし、そうでもしないと反省しないと思う。所長は苦笑いしながら私の肩に手を置いて二度叩く。
「大人は恥をかくのが苦手なのよ」
「はぁ」
「だからね、注意するときもその人が恥をかかないようにしてあげるの」
「それってやさしすぎません?」
「いいえ、むしろ怖いわよ。『お前が恥をかかないように気を遣ってやったんだからもうするなよ』っていうメッセージなのよ」
所長はそう言うと部屋に戻っていった。今の話でなんとなく私にもわかった気がする。大人は面倒くさい気の遣い方をする。もしメッセージを理解できない人だったらどうするんだろう。それが理解できるようになるのが、大人になるということなんだろうか。
翌日、私が補充のアイスを買って事務所の冷蔵庫を開けると、中には『ガリガリ君玉子焼き味』が五本あった。一本手に取ってみると私の名前がマジックで書かれている。
私はアイスを全部手に取り、事務所の皆に大声で言う。
「みんなでアイス食べましょ! 『ガリガリ君玉子焼き味』!」
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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