転章
火曜日、事務所に行くと喪服姿の古城戸と同じく喪服姿の神子島、制服姿の天花寺がいた。神子島も鳴神の訃報を聞いて来たのだろう。天花寺は目を赤くして肩を震わせている。
「通夜は昨日で、今日の葬儀はご家族でされるそうです」
「ナザレで四ヵ月も共に暮らしたんじゃ、線香くらいはな」
古城戸がちょうど神子島と話しているようだった。
古城戸は俺が部屋に入ってきたことに気付きこちらを見た。他の二人も遅れて俺に気付きこちらを見る。
「テレビでは新宿通り魔事件と報道されていたな」
「……そう」
古城戸はそう言うと俯く。鳴神は古城戸に変身し、それを子涵たちが誤って襲った可能性が高い。そのせいで自分に責任を感じているのだ。古城戸自身、鳴神がまさか自分に変身して街を歩くなど想像もしていなかっただろうからなおさらだ。
鳴神の夢に入ることができれば犯人が誰かわかるかもしれないが、恋人や夫婦のように精神的に近いところにいなければ鳴神の夢を見ることはできない。古城戸も神子島も四ヵ月共に過ごした仲だが鳴神の夢を見られるかは微妙だ。同期の天花寺も似たようなものだろう。
俺は無意識に自分に置き換えて、もし誰も自分の夢を見なかったらと考えると胸が締め付けられるような寂しさを感じた。俺にもそんな感情があったことに自分で驚く。そんな俺に気付いたのか、古城戸が俺を見ていた。
時計の針は午前十時を過ぎた。
「十時半からだから、そろそろ向かいましょう」
「家族だけでやるんだろう?」
「お線香だけでも上げさせてもらうわ。由井薗君はいいわよ」
「いや、喪服出せるか? 俺も行くよ」
俺は古城戸の出した喪服を着て、WINDのハンドルを持つ。助手席には古城戸、後部座席には神子島と天花寺が座る。
神奈川県川崎市にある「桜川会堂」は直線距離で十五キロほどしかない。WINDで空から行けば十五分で着く。
「私が運転しようか?」
WINDであまり空を飛んだことがない俺に、古城戸が助手席から問いかけ。
「いや、練習させてもらうさ」
俺はそういうと運転席からナビを操作し目的地を指定。航空ルートでの案内が始まる。独特の浮遊感と共に機体は上昇し、ナビのルートに沿って車体を飛ばす。
「うひゃ~飛んでるぅ」
天花寺は目を丸くして窓の外を見ている。
「飛ぶのは初めてか?」
「飛行機はありますけど、車は初めてです。ビルの中の人がこっち見てますよ」
WINDはまだそれほど普及しているわけではないから都心を飛ぶと注目される。ビルを掠めて飛ぶのはまさに未来の乗り物だ。衝突安全装置の精度も格段に進歩しており、建物にぶつかる心配はほぼない。
ほどなくして目的地に到着し、会場前の道を四人で歩いていると正面から黒い服装の親子連れと思わしき人影。鳴神の親類だろうかと思っていたが接近し顔がわかるとなんと湊口と孟婆だった。
湊口と孟婆もこちらに気付いたのか、会場の入り口前で足を止めて俺達を待っている。手をつないで待っているのは本当に親子のようだ。いや、不審者と誘拐された女の子のようにも見えた。
湊口にはこちらから連絡はしていなかったが、鳴神の訃報をテレビで見たのだろうか。
「古城戸さんもおいででしたか」
「ええ……その子、連れまわして大丈夫なの?」
古城戸が湊口と会話すると黒い洋服に身を包んだ孟婆は無言で古城戸を見上げた。
「大丈夫ですよ。首輪に爆弾がついてますから」
ぎょっとして孟婆の首を見るとチョーカーのような革の首輪に小さな装置がついている。これが爆弾なのだろうか。
「威力は小さいですが、首くらいなら飛ぶでしょうな」
それを聞いて俺は顔を顰める。だが外してやれ、というのは単なる偽善だろう。何しろ十年監禁研究しているのだから、今更というものだ。
「……あなたたちも鳴神さんの?」
「ええ、この子が鳴神さんが来たと教えてくれたので」
どうやら鳴神の魂は孟婆の下に来たらしい。孟婆は死者の魂を浄化し天国に導くのが役目だ。
「そう……でも鳴神さんは天国への行き方を知っているから大丈夫ね」
古城戸達は煉獄から天国へのルートは夢で経験している。だから鳴神は同じルートで天国に辿り着けるに違いない、ということらしい。
「今頃は嘆きの原を必死に走っておるじゃろうな」
俺には嘆きの原がどういうところかは分からなかったが、神子島の言葉のニュアンスからは道のりは遠い、というように聞こえた。
「死んでも記憶が残ったまま天国に行けるのか?」
「普通は煉獄で記憶が吹き飛ぶくらい長い年月を過ごすものなのよ。それで真っ白に漂白されるのだけど、鳴神さんの場合はルートを知っているうえパーグアだからね。記憶をもったまま転生する可能性もあるわね」
果たしてそれが幸せかどうかは俺にはわからなかったが、無事天国に着いてくれることを願うばかりだ。
「それでですね、古城戸さん。孟婆が鳴神さんからの伝言があると」
孟婆は鳴神から託っていたらしい。自分を殺した犯人の情報だろうか。湊口が孟婆の背中を押すと孟婆は一歩前に進み、愛らしい口を開いた。
「しょちょう、すいませんでした。わたしどうしてもきれいになりたかったんです。うまれかわったらしょちょうのようなびじょになりたいです」
孟婆はそこで言葉を切った。
「それだけ?」
もし伝言がこれだけなら役立つ情報は全く無い。だが孟婆は言葉をつづけた。
「わたしをころしたのはいけめんのおとこです。うでにくさりとたいきょくずのいれずみ」
それで孟婆は伝言を終えた。腕に鎖と太極図の入れ墨の男か。
「鳴神……仇は取るからな」
俺自身そこまで鳴神に情は無い。だが、何故か「仇」という言葉を使ってしまった。特別国庫管理部という小さな家族の一員だったからだろうか。
やがて葬儀が始まり、家族が焼香していく。ご両親は泣いてはいなかったが憔悴が見られた。昨日の通夜では相当泣いたのだろう。俺達は香典返しを用意していないから、と断るご両親に無理やり香典を押し付け、焼香させてもらう。焼香台の前に立つと棺桶の窓から眠る鳴神の顔が見えた。葬儀には何度も出ているが、この瞬間には慣れない。喪服姿の異様な色気を放つ古城戸も焼香を終え、ハンカチで目元を押さえた。天花寺は焼香の時に嗚咽を漏らし、席に戻ってからもぐずり続けた。
俺達はご家族にお辞儀をし、邪魔にならないように引き上げることにする。これから鳴神の収まる棺桶は火葬場に運ばれ、一時間程焼かれたあと、お骨拾いが行われる。ご両親は焼きあがった娘の骨を拾わなければならないのだ。こんなに悲しいことはない。
湊口と孟婆は来た道を二人、手を繋いで有明の研究所に帰っていく。案外あの二人はいいコンビなのかもしれないなと思った。
鳴神が最後に残した手掛かりから男が割り出せるだろうか。新宿にいる男を全員調べたりはできないし、まだ新宿にいるとも限らない。砂の中からゴマ粒を探すようなものだ。つまり、こちらから行くことができないなら来てもらうしかない。
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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