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特別国庫管理部  作者: 安曇 東成


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六章 六 水則載舟 水則覆舟(水は船を運ぶが船を沈めもする)

 翌日、事務所で古城戸に昨日の戦いについて報告する。古城戸の今日の服装は白いブラウスに紺色のボウタイ、紺のタイトスカートだ。スカートだから今日は車なのだろう。


山路(やまじ)さんは生きていたのね。それはよかったわ」

「だが、印南(いんなん)とつるんでいるからな。相当厄介だぞ」

「今回のことで完全に敵に回してしまったかもしれないわねぇ」

「そういえば、山路が『パーグア』という単語を使った。入れ知恵したやつがいる」

子涵(ズーハン)たちかしら」


 特別国庫管理部以外に日本のパーグア組織が無いとは言い切れないが、八卦はまず自覚することが難しいのでなかなか組織化できない。古城戸が中国で運営している孤児院では古城戸延行が素養のある子供に対して手ほどきしていたという。古城戸をパーグアにした「大仰(おおのき)」という人物は素養のある人間をパーグアとして覚醒させることができたらしいから、組織化することもできたのだろう。

 

「そうかもな? そもそも古城戸の兄貴はなんでパーグアの組織を作ろうとしたんだ?」

「よくわからないのよね。何かに備えているようだったけど、私にも話そうとはしてくれなかったわ」


 そう言って古城戸は俯いた。愛する兄から信頼されていなかったように感じたのだろう。俺はマズいことを聞いたかな、とやや後悔。


「始祖夢魔の意思で組織を作っていたのだとしたら古城戸に言うわけもないな」


 あまりフォローになっていないかもしれないが、俺なりの慰めを言うと古城戸もそれを察して硬い笑顔を作った。


「そうよね。もう一度イリナちゃんとお話できないものかしら」

「俺は子涵(ズーハン)と話がしたいがな。あいつら何か知ってそうだった」

「彼女たちとは接触しないで欲しいわね」

「どうしてだ?」

「危険すぎるからよ。この前も殺されかかったんでしょう?」

「だが問題の原因はあいつらなんだぞ? あいつらをどうにかしないとずっと古城戸 を狙って来るんだぜ?」


 古城戸はしばらく腕を組んで考え込んだが、首を振る。


「それでもダメね。今の私たちじゃ勝ち目ないもの」

「じゃあどうするっていうんだ?」

「さっきも言ったけど、イリナちゃんと接触したい。煉獄で会った時も少なくとも敵じゃなかったし」

「前にも言ったが、敵じゃなかったら俺達から逃げないだろうが?」

「だからその理由を聞くんじゃない」


 古城戸はなるべく危険の少ない方から接触をしたいということか。俺としては根本原因である子涵(ズーハン)たちに直行したいが問答無用で殺しに来る可能性もあるから古城戸の考えは間違っていないのかもしれない。


「……わかったよ。始祖夢魔に接触できる考えがあるのか?」

「それはまだないわ。向こうから来ないってことは私に用は無いのかしらね」

「じゃあ、それは考えておく。話は戻すが、印南と山路には注意しろよ」

「わかったわ」


 古城戸の返事を聞いて、俺は部屋を出る。廊下はあまり冷房が効いていないのか、随分と暑い。日本の平均気温は五十年前と比べて三度ほど上がっている。つまりこのペースで上昇したら百年で六度、五百年後には三十度上昇することになる。俺の予想ではこのあたりで人類は滅亡する。もちろん同じペースで気温が上昇するかはわからないが、逆に上昇が加速する可能性だってある。どんなに文明が発達しても地球の気温を下げることなどできないだろうし、人類はあと五百年がせいぜい、と考えると奇妙な寂しさを感じた。



 昼飯を食って食堂を出ると、突然声を掛けられた。


「由井薗君」


 振り返ると古城戸が階段を下りてきた。朝とは何故か服装が違う。


「あ?なんだ?」

「由井薗君、明日の土曜日暇かしら?」

「余計なお世話だ」

「暇なのね。ならちょっと付き合わない?」


 茶番に付き合ってもいいが、馬鹿馬鹿しくなってきた。


鳴神(なるかみ)。いい加減にしとけ」

「あれぇ。バレちゃった。似てませんでしたか?」

「いや、変身は完璧だった。沢火革(ジーフォング)の気配がなければな」


 鳴神(なるかみ)はどうやらパーグアとして無事覚醒できたらしい。ただ俺は近くのパーグアの気配がわかる。古城戸なら『雷沢帰妹(レジグマ)』の気配がするが、目の前の古城戸からは別の気配がしたからわかったのだ。


「そっか。先輩はパーグアの気配がわかるんでしたね」

「古城戸の顔で話されると違和感がすごい。さっさと変身を解け」


 鳴神(なるかみ)は能力を解除し、いつもの冴えない女に戻る。醜いわけではない。あまりにも凡庸なのだ。鳴神(なるかみ)はおそらく「ああなりたい」と思うことばかりの人生だったのだろう。憧れ、妬み、恨んで生きてきたに違いない。沢火革(ズーフォング)は変化や改革、憧れへの到達という因果だから、変身能力を獲得したのだ。変身能力を獲得するほど焦がれる想いがあったということに同情してしまうが、余計なお世話というものだろう。


 俺には通用しなかったが、変身能力は現代社会においては強力な武器となる。「変身」という能力を知られていなければほとんど無敵の能力だが、「変身能力者がいる」とバレてもその脅威が落ちにくい能力でもある。

 

「その能力は強力なものだ。俺には通じなかったが、悪用するなよ?」

「美人になると世の中が輝いて見えますね」

「一つ言っておくが、古城戸になるのだけはやめておけよ」


 俺も沢火革(ジーフォング)に触れてみる。俺も変身はできそうだが、変身できるのは一日五分程度だろう。使いどころは限られるが、役に立つかもしれない。


 昼休憩が終わり部屋に戻ると古城戸がヘルメットを渡してきた。俺の物らしい。


「インカムつけてみたから」


 そう言った古城戸を見るとヘルメットを被っていた。


「なんでヘルメットしてるんだ?」


 俺がそう言うと古城戸がモジモジしたのでようやくわかった。つけたインカムを試してみたいのだろう。俺もヘルメットを被る。


「どうやってスイッチ入れるんだ?」


 俺がそう言うと古城戸が近寄って、俺のヘルメットの横につけられた小さな機械のスイッチを入れた。


『ぺリング・モード スタートします』


 そんな音声が流れると、電子音がする。


『あ、あ、聞こえる?』


 ヘルメットにつけられたスピーカーから古城戸の声が聞こえた。意外にクリアに聞こえるものなんだな。超近距離で古城戸の声がして、少し緊張する。


「あぁ、聞こえるぞ」


 俺がそう言うと古城戸は嬉しそうに両手でガッツポーズ。いそいそと走って部屋の奥まで行く。


『聞こえる?』


 まるで子供のようなはしゃぎようだ。説明書によると、三キロまで繋がるらしいから部屋の両端など問題にならない距離だろう。


「よく聞こえるよ。三キロまでいけるんだろ?」

『そうよ。マスツーリングとかだと列が長くなるからそれくらいの距離がないとね』

「テストはもういいな」


 そう言って暑苦しいヘルメットを脱ぐ。古城戸も髪を振り乱してヘルメットを脱いだ。

「早くこれでツーリングしたいわね」

「そうだな」


 正直インカムは有っても無くてもいいが、折角楽しみにしているわけだし相槌をうっておく。


「ああ、そう言えば鳴神(なるかみ)がパーグアになっていたな。『沢火革(ジーフォング)』だ」

「そうなんだ。煉獄の経験が良かったのかしら」

「じゃないか? 『沢火革(ジーフォング)』は変身能力だった」

「変身かぁ。戦闘向けではないけど、使いこなせば無敵に近いわね」


 古城戸も俺と同じ意見のようだ。例えば子涵(ズーハン)に変身して、仮面の男浩宇(ハオユー)から情報を引き出す等が容易にできる。もちろん演技力は重要だし、子涵(ズーハン)本人と出くわしたら最悪だからそれなりのお膳立ては必要になるものの、使いこなせばこの上ない能力だ。


「演技力をつけさせるために俳優の養成所に通わせたほうがいいかもしれないな」

「由井薗君も使えるんでしょう? 一緒に通ったら?」

「俺が変身できるのは五分だ。バレる前に時間切れになるさ」

「五分でも使いどころはあるかもね」


 そう言うと古城戸は席を立って外出の用意を始めた。


「外出か?」

「うん。ちょっとね。岐阜にある研究所まで行くの」


 先日の魔物の脱走騒ぎで半数以上の魔物が研究所から逃げたため、俺達が接触できる魔物はすべて接触済みのはずだ。太歳、虚王、盧亀、孟婆、饕餮の五体。


「岐阜には何がいるんだ?」

「うちのメンバーの一人よ。刑天(シンチィン)を封じていた人」


 どうやら魔物に会うわけでは無さそうだ。新幹線で行くから今日はバイクに乗る格好ではなくスカートを履いていたということか。


「明日の夜には帰るから」

「わかった」


 そう行って古城戸は準備を終えると出掛けて行った。

 


 今日は土曜日、休日だ。恋人もおらず趣味も無い私は今までならテレビでも見ながらだらけていただろう。


 でも今日は違う。朝からショッピングセンターに行って、雑誌で見たお洒落なコーディネイト一式を揃えた。お金は結構高くついたけど、思い切って奮発しちゃった。


 私はさっそくそれらを持ってトイレに行き、『沢火革(ジーフォング)』を使って古城戸所長に変身する。家から着てきた服を脱ぐと露わになった身体は美しく瑞々しい。私と所長は同じ歳だけどどうしてこんなに違うのだろう。大きく重い胸は信じられないほど柔らかく、桜色の頂は触れるだけで身体に電流が走るほど敏感で、腰はお腹と背中がつきそうなほど細い。


 私は揃えた服を身に着けるとトイレの個室を出て鏡を見る。そこには雑誌の表紙から抜け出したかのような美女がいた。思わずほぅ、とため息が出てしまう。


 所長はこんなにも綺麗なのにどうしてほとんどお洒落をしないのだろう。由井薗先輩は所長に変身するな、と言っていたけど、多分、好きな人に変身されるのはいい気分じゃないからだと思う。


 私はその恰好でトイレを出てショッピングモールを歩くと、すれ違う男性は皆、私を振り返る。男性だけではなく女性も私を振り返る。変な目ではない、羨望の眼差しだ。


 私はたちどころに酔った。最高の気分だ。美しい女というだけでこんなに気分がいいものなのだ。


 ショッピングモールを出て、繁華街から駅に抜ける道を歩くと、たちどころに男性に声を掛けられた。ナンパなんて生まれて初めてで、どう答えていいかもわからなかったけど、それすらも感動した。生まれ変わった気分、というのはまさにこういう事だ。


 その時、私の腕を強引に掴んだ男がいた。小さな悲鳴を上げてその男を見ると、今日一番のイケメン。こんなイケメンに強引なナンパをされるのは女冥利に尽きることだ。私は頭が惚けてしまい、腕を引かれるがままに連れて行かれた。



 日曜日の昼間に珍しく古城戸から電話の着信。今日はもう東京に帰ってきているはずだ。


「もしもし?」

「由井薗君!? 大変よ」


 古城戸の声には明らかな焦り。


「どうした?」

鳴神(なるかみ)さんが殺されたわ」

「何!」

「新宿のビルで遺体が発見されたの。警察から私に連絡があったのよ」

「犯人は?」

「捕まっていないわ」

「……どう思う?」


 俺には心当たりがある。あいつは古城戸に変身していた。


「わからないわね。無差別殺人かもしれないし」

「あいつ、古城戸に変身していたかもしれない」

「……まさかそんなこと」

「古城戸にだけは変身するなと忠告したんだがな」

子涵(ズーハン)一味に殺されたってこと?」

「可能性としてはな」

「……遺体はご家族に引き渡されて、明後日が葬儀よ。式はご家族内でされるそうだから香典だけ渡してくるわ」

「そうか。あいつ……俺がもっとちゃんと忠告していれば」


 俺が鳴神(なるかみ)に「古城戸は命を狙われているから変身して外をうろつくな」と忠告していれば良かったのだ。俺はそこまで言わずに「古城戸に変身するな」とだけしか言わなかった。


「由井薗君のせいじゃないわよ。それに子涵(ズーハン)達と決まったわけじゃないし」

「いや……今日はダメだ。明日話そう」

「うん……明日ね」


 それを聞いて俺は電話を切る。鳴神(なるかみ)は死んでしまった。子涵(ズーハン)たちのせいであれば許すことはできない。


この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

記載されている会社名および製品名は、各社の登録商標または商標です。

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