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特別国庫管理部  作者: 安曇 東成


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六章 五 確率も量子論も敵ではない

 山路の親は流れ、石橋が親になった。石橋は卓の中央にあるボタンを押し、サイコロを振る。この局は印南(いんなん)から『天雷无妄(ツレイウーワン)』の気配はしない。まだインターバルが戻っていないのだ。俺も回復していないしこの局は普通の麻雀になるだろう。


 配牌も普通、ツモも操作されている気配はなく場は進行。十四巡目で石橋が印南からロン。七対子ドラドラの九千六百点直撃。

 

「やるね」


 山路がちらりと石橋をねめつける。振り込んだ当人の印南は無言で牌を自動卓の中央に流していく。石橋はリップクリームを取り出して、唇に塗る。

 

 一本場になり、石橋の親が続行となる。二本場だ。サイコロの目が確定すると同時に再び印南(いんなん)から『天雷无妄(ツレイウーワン)』の気配。『天雷无妄(ツレイウーワン)』は、「見えていないものを決定する」能力だ。麻雀牌やトランプのようにめくる瞬間までわからないものは量子的状態となっていて、信じられないことだが観測されるまで確定していない。だがそれは実験でも証明されているし、量子を物質に変換する『雷沢帰妹(レジグマ)』を使って以降、俺はそれを疑っていない。サイコロが決まれば山のどこから配牌が始まるかが決定するから、その瞬間に能力を使ってきたのだ。

 俺も『天雷无妄(ツレイウーワン)』を発動し、印南の配牌となる一つを変更する。今度も萬子を選択。


 石橋の手牌はわからないが、操作されていれば散々な牌姿だろう。俺の手牌も見事なバラバラっぷりだ。石橋は俺の風牌である西を切る。印南は動かない。即ロンではなかった。続いて印南のツモ。今度は地和(チーホー)ではない。俺が操作した一牌が効いたのだ。


 印南は手牌から一牌を選んで索子の七を打つ。


 俺のツモ番。手は進まないが、印南(いんなん)にあわせて索子の七を打つ。これならロンされる心配は無い。


 その時、山路から因果の気配。『火天大有(フォチダユ)』が発動。『火天大有(フォチダユ)』は確率を操作し選択することができる。自分の和了り牌を引く確率を操作したのだ。すぐに山路の手が伸びる。


「ほらきた! 地和(チーホー)!」


 山路が倒した牌は、ごく普通のタンヤオ手だが第一ツモによる和了りであるため、地和(チーホー)だ。東一局、二局と連続で地和(チーホー)が出るなど、悪夢でしかない。おかげで俺の点棒は残り八千九百点。親の満貫に放銃したら終わりだ。


 場は回り、東三局の印南(いんなん)の親だ。天和(テンホー)を食らうと当然負けになるが、この局はインターバルが回復していないため八卦は無しだ。八卦は自分の親番で使うべきなのにこちらの親番潰しに使ってしまったのは相手側のミスだろう。だが、そんなミスをものともせずこちらは押し切られそうだ。


 印南(いんなん)はサイコロを振り、牌を取っていく。自動卓の牌は卓に二セット収められていて、一セットが場に出ている間、もう一セットは卓下で洗牌されている。そのため、牌が混ぜられている音が響いている。石橋は唇が乾燥するのか、またクリームを塗っている。

 

 東三局は終局間際の十五巡目で石橋が山路から安手を直撃で和了(あが)った。能力無しなら石橋は善戦できるようだ。


 印南(いんなん)の親が流れ、東四局。俺の親番だ。サイコロを振ったが印南と山路から能力の気配がしない。どうやら自分たちの親番で使うべきだと気づいたのだろう。

 東四局の俺の親番も石橋が三千九百点を和了(あが)り、南入となる。石橋の持ち点は一万八千三百点、山路は三万七千四百点、印南は三万五千四百点、俺は大きく凹み、八千九百点だ。チーム的には七万二千八百点に対し二万七千二百点となっていて、親の倍満直撃で逆転は可能。


 南一局、山路の振ったサイコロの目が確定すると同時に印南から因果の気配。だが今回は様子が違う。


「あれ? なんだ?」


 印南(いんなん)が疑問の声を上げた。


「どうした?」


 山路が不安そうに印南に尋ねるが、印南は首を振るのみ。俺は山路の天和(テンホー)を阻止するため、『天雷无妄(ツレイウーワン)』を発動し、山路の配牌を一枚だけ萬子に変更しておく。やがて配られた配牌は、先ほどまでのような四向聴ではなかった。印南は牌の操作ができていない。印南は確かに八卦を発動していたし、石橋も『雷水解(レースーシ)』は使っていなかったから理由がわからない。


 山路は親番だが天和(テンホー)ではなかった。俺の操作が効いているのか、あるいは印南は操作していないのだろうか。


 ツモ番は山路、石橋、と回り印南のツモ。山路が『火天大有(フォチダユ)』を発動。


 印南(いんなん)は牌を引き、不敵な笑み。だが先ほどまでと比べ、やや余裕に欠けている。


地和(チーホー)だ」


 倒した手牌はまた役無しではあるが和了(ホーラ)。やはり操作していたのだ。もう三回も見ているが普通の麻雀ではこんなことはありえない。俺は頭がクラクラしてきた。今の地和(チーホー)で俺の点棒はなんと残り九百点。立直(リーチ)すらかけられない。山路が二回の親被りで二万一千四百点、石橋が一万八百点、印南が六万七千四百点とリードしている。俺はもう誰かが自摸(ツモ)れば飛ぶ点数だ。石橋は足を引っ張るなと言いたげな目で俺を見ている。

 

 山路の親が流れ、石橋の親。この局は印南と山路の八卦は気にしなくていい。配牌はまずまず。ようやく俺にもチャンスが来た。石橋は二翻以上を自摸(ツモ)和了(あが)りすると俺が飛んでしまうから、印南か山路から直撃で上がるしかなく、満貫を山路から直撃した場合は山路が飛び、チームの点数差でこちらの負けとなってしまうため、それもできない。俺が和了(あが)るのが一番いい。


 だがツモは悪く俺の手の進みは悪かった。十三巡目、石橋が山路に振り込んでしまい、石橋の持ち点が二千三百点まで落ち込んでしまう。俺と石橋のチームは二人合わせても三千二百点しかない。相手チームは九万六千八百点と点差は九万点以上あり、残り二局でどうにかなる点差ではない。



 南三局が印南(いんなん)の親で開始。今度は八卦の介入がある。もう適当な和了(あが)りでも俺達は負けてしまうからここは絶対和了(あが)られるわけにはいかない。九万三千六百点差。ここで逆転して決着するには山路にダブル役満を直撃するか、トリプル役満を自摸(ツモ)るしかない。

 

 サイコロが振られ、自動卓から送り出された牌の山を石橋は少し前に動かす。それと同時に印南から八卦の気配。だが印南は硬直する。


「どうなってるんだ?牌が……」


 今度はかなり焦りが見える。ようやく俺はタネがわかった。そういうことか。石橋は無表情のまま配牌を理牌。


 俺は手牌を確認し、確信した。印南(いんなん)は牌の操作に失敗している。だが石橋は『雷水解(レースーシ)』で打ち消してはいない。


 つまりのところ、石橋は「ガンパイ」をしている。ガンパイとは牌に印をつける行為であり、イカサマだ。だがその効果は絶大で、どこにどの牌があるのかわかる。

 他にもブッコ抜きや拾いなどのイカサマもしていて、現在六巡目ですでに四牌も河から拾っている。正直やりすぎだ。


 ガンパイはリップクリームを牌に薄く塗ることで牌を特定している。右角なら萬子、といった具合にだ。そのせいで「観測」された状態となった麻雀牌はもはや『天雷无妄(ツレイウーワン)』で操作する対象とはならない。だから印南は操作することができなくなったのだ。


 同様に山路の『火天大有(フォチダユ)』も牌が観測されている以上、確率もクソもない。これまでの対局で押されていたのは、このガンパイが牌に行き渡るのに時間がかかったからだろう。石橋は能力を使うまでもなくこの二つの八卦を圧倒してしまったのだ。

 

 七巡目、印南のツモ。印南は歯を食いしばって字牌の白を河に捨てる。


「ロンだ」


 石橋がそう言って倒した牌は、字一色(ツーイーソー)四暗刻(スーアンコ)のダブル役満だ。


「嘘だろ……」


 印南と山路は倒された牌を見て愕然とした。八卦も無しにダブル役満など常識的にあり得ない。だがこれでもまだ決着はついてはいない。


「な、何故なんだ……」


 完全に形勢は逆転。俺が残り九百点なのは変わらないが点差は三万点以上あるため、印南、山路が逆転するには倍満以上の直撃が必要だ。


 卓中央に牌を流す最中、突如印南と山路が立ち上がった。


「逃げるぞ!」


 印南(いんなん)はそう言うと卓から離れ走り出す。山路も慌てて後を追う。

 

「クソ! 逃げたぞ!」


 石橋はそう言うと椅子から腰を浮かせる。俺も立ち上がり追走開始。店主が俺達を鋭い目で見ていたので石橋に指示する。


「ここの支払い頼む! 俺はあいつらを追う!」


 俺はそう言い捨てると店を飛び出す。渋谷の雑踏に入られると見つけるのは不可能になる。印南と山路は店を出ると正面の建物に向かって走る。印南は建物の非常扉を開けると山路と共に中へ消えていく。重い鉄の扉が目の前で閉じた。俺が扉の取手を引き扉を開けると中は変哲もない狭い倉庫だった。中には誰もいない。報告書にあった瞬間移動、を思い出す。

 

「クソ、『天雷无妄(ツレイウーワン)』で扉の向こうを変えたのか」


 やがて店から出て来た石橋が追い付いてきたが、俺を見て逃走されたことを悟ったらしい。


「逃がしたか」

「あぁ。扉の向こうを変えるとはな」

「あの二人が組んでるとなると今後厄介やな」

「ただ小銭を稼いでいる程度ならいいんだが」

「そういえば、あいつらパーグアって単語知っとったやろ?誰に教わったんや?」


 石橋も俺と同じ疑問を持っていたか。


「さあな。わからん」

「俺達の知らん組織があるんかもな」


 石橋はそう言うと渋谷駅に向かう。俺は石橋の背中に問いかける。


「ガンパイだよな、さっきの」

「由井薗は能力に囚われすぎや」


 石橋は手を上げて去っていく。確かに俺は先ほどの麻雀は能力でどうにかしなければと思っていたし、そういう戦いになると考えていた。印南や山路もそうだっただろう。だが石橋は能力を一切使わずに制してみせた。俺にもそういった機転が必要なのだろうが、そう簡単にはいかない。




この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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