六章 四 麻雀対決
四
翌日、事務所で古城戸に一通りの顛末を説明する。夢の中で出会った中国人の二人についても伝える。
「『夢を現実にする』能力があるなんてにわかには信じられないわね」
「まだ確定ではないけどな。でもそれくらいのものだと思っておいた方がいい」
古城戸は腕を組んで唸る。
「その能力なら兄さんを蘇生することもできるでしょうね」
「かもしれないな。デメリット無しなら虚王より便利だぞ」
「『火水未済』でしょう? やりきれば実現する……って部分を使っているのかしら」
「そういうことになるな」
「絶対そんなに都合よくいかないと思うんだけどなぁ」
『雷沢帰妹』も大概だが、『夢を現実にする』に比べれば可愛らしく思える。もし、昨日の夢で俺と天花寺があの白い虎に殺されていたら、それを現実にされていたかもしれないのだ。
「夢だから死んでも大丈夫だと思っていたら現実にされてしまう。お前も気を付けておけよ」
古城戸は頷くと人差し指を立てた。
「わかったわ。でもその能力、現実側では役に立たないってことよね」
「夢を現実にするわけだからな。現実側では意味がないだろうな」
「あと、何か気づいたこととかないの?」
「そういえば、その男は面を被っていた。色が変わるやつだ」
「色がかわる?」
「あぁ。最初は赤かったが、女が虎を呼ぶあたりで黄色になっていた」
「ふうん。少し調べてみようかな。何かヒントがあるかもしれないし」
「俺も時間がある時に調べてみる」
男の事について俺が知っていることは全部話した。女が言っていた「本当のこと」についてはただのハッタリだろうし、伏せておくことにする。
ふと古城戸を見ると、自分のヘルメットに何やら取り付けているようだった。
「なんだそれ?」
俺がそう尋ねると古城戸は説明書を見ながらシステムヘルメットを被る。
「これはインカムよ。ヘルメットにスピーカーとマイクをつけているの」
「そんなものがあるんだな。しゃべりながら走れるのか?」
「ええ。ツーリング中に話せないと不便でしょ?」
「話せないのも醍醐味だと思うんだが」
走行中は会話ができず身振り手振りで意思疎通したり、タンデムなら肩を叩いたりして会話ができないなりのコミュニケーションを取るのも楽しみの一つじゃないかと思うのだが。もちろん話せたほうが便利だし、実用性があるのは確かだとは思う。
「そうかしら? あんまり経験ないからわからないわね」
意外な答えが返ってきた。
「ツーリング仲間とかいないのか? バイクってそういうグループみたいなものもあるんだろ?」
俺はバイクの免許を持っているが、これは古城戸が俺に「業務に必要」と、半ば無理やり取らせたからツーリンググループのようなものに参加した経験はない。昔から乗ってる古城戸ならそういう事も知っているはずだ。俺がそう言うと古城戸は自嘲するかのような笑みを浮かべる。
「昔、ツーリンググループに入ったこともあるんだけど、上手くいかなくてね」
なるほど、俺は察した。古城戸がグループで仲良くできないはずはない。にも拘わらず上手くいかない、というのはつまり男同士で喧嘩になったということだ。古城戸のような美女でスタイル抜群の女がツーリンググループに入ったら当然男性陣が放っておくはずがない。古城戸は自分から「私を取り合って喧嘩になった」とは言わないだろう。姫のような扱いをされるのも嫌だったに違いない。あるいは、他の女性らから快く思われなかった可能性もある。
「モテる女は辛いな」
古城戸も俺が察したことに気付いたようだ。
「だからね、由井薗君と走るのは、実は少し楽しみにしているのよ」
普段マス・ツーリングをしない古城戸にとっては俺と走る時間は貴重だということらしいが、それは俺を男として見ていないようにも取れる。しかし、そんなことでいじけるようでは男として狭量だろう。
「それなら、うちのメンバーに免許を取らせて皆で走りにいくか」
「いいわね!」
珍しく上機嫌になった古城戸はヘルメットを脱ぐと、下手くそな鼻歌混じりに部屋を出て行った。
今日はもう定時を過ぎているし帰ろう。俺は廊下に出ると天花寺ゆりが歩いてきた。学校が終わってこちらに顔を出したのだろう。
「あっお疲れ様です」
天花寺は俺と目が合うと挨拶をしてきた。俺は天花寺に近寄り、無言で両拳を頭に押し付ける。
「あいだだだ!痛い痛い!」
「写真のことを告げ口した罰だ」
「だって!あいた!所長がかわいそうじゃないですか!」
まだまだ子供だな。俺は拳を動かして攻撃を続ける。
「大人はそういうチクりはしないものなんだ」
「どうぢでれすか……」
「大人になればわかる」
俺はそう言って拳を離すと天花寺は涙目で頭をさする。
「暴力だ、パワハラだ……」
「お前のせいで俺は寿命が縮まる思いをしたんだ。寿命ハラスメントだ」
俺は意味不明な言葉を生み出し、その場を去る。もしこのことをまた古城戸にチクっても、古城戸は呆れて相手にしないだろう。
家に向かって歩いている最中、携帯に着信。珍しいことに石橋からだ。
「どうした? 珍しいな」
「おう、ちょっとええか?」
「あぁ」
俺がそう言うと石橋は声のトーンを落とした。
「この前、由井薗と様子見に行ったパーグアおったやろ」
「印南か?」
「そいつ。あん時は直接は会ってへんけど、写真で見たやろ?」
「あぁ」
「そいつが、フリー麻雀の店におる」
「麻雀?」
「そそ。俺がたまたまおったら店に入ってきた」
なるほど状況は把握した。
「そいつと打ってるのか?」
「いや、俺はもう店は出たで。能力はちょいちょい使ってる気配があるな」
「仕事帰りにフリー麻雀か。賭けてるのか?」
「さあ? そこまではわからんが、賭けてそうやけどな」
俺の脳に電流。最高の作戦が閃いた。
「石橋、今日はもういいぞ。できれば直接会って話がしたい」
石橋が始祖夢魔に魅了されている可能性を考慮すると直接会う必要がある。
「ええけど今日はもう帰るで」
「ああ、いつでもいい」
翌日、古城戸に出してもらったPRIUSの中で石橋と話をする。車の中は秘密の話をするのに適している。石橋には肩を叩くフリをして、それとなくリストバンドで触れておく。リストバンドにはイエス・キリストの血が含まれていて、これで始祖夢魔による操作を打ち破ることができるのだ。低い可能性とはいえ、排除しておくに越したことはない。
「麻雀勝負だ」
「印南と打つんか」
「そうだ。 俺とお前で組めば印南にも勝てる見込みがある」
「そうか? 相手は天和マンやぞ」
「極端な話、全局お前が印南の『天雷无妄』を阻止すれば勝てる」
「勝てるわけちゃうやろ? 普通の麻雀になるだけや」
確かに『天雷无妄』を止めたところで普通に麻雀を打つだけだ。石橋はともかく、俺は学生時代に「全自動振込機」の異名を授かっていた程だ。
「ところがどっこいだ。印南は『天雷无妄』が使えない、だが俺は使えるわけだ」
「そうか、お前のヘボ『天雷无妄』でも無いよりマシかもな」
俺の『天雷无妄』は印南が使う本家『天雷无妄』に比べたら十分の一程度の力しか出せないが、それでも圧倒的有利に働くはずだ。
「サンマ(三人打ち)でやるんか?」
石橋が窓の外を見ながら言う。
「フリーの客がいるなら入れてもいいんじゃないか?いなければサンマにしよう」
「そうするか」
「一応、俺達が組んでいると思われないように別々に店に入ろう」
「そらそうやな」
その日はそれで打ち合わせは終わり、石橋と別れる。俺は事務所に帰って古城戸に作戦を報告。古城戸を四人目にメンツにできないか聞いてみたが、麻雀のルールを知らないらしい。
翌週になって、作戦の日が来た。渋谷にあるフリー麻雀「オクタゴン」では印南と石橋がすでに卓についていて、メンツが揃うのを待っているようだ。
俺が店に入ると受付の中年女がフリーなら今開いてるよ、と卓を顎で示す。俺がそこでいいよ、というと「飲み物は?」と聞いてきたので「瓶ビール」と答える。
俺が卓に座るとさわやかな好青年といった風の印南は「お疲れ様。三打ちにします?」と聞いてくる。
「僕はいいですけど」
と石橋の方を初対面の演技をしながら見る。石橋はスマホを弄っていたが、顔を上げて「ええよ」と短く答えた。こいつも演技派だ。その時、店の入口に因果の気配。これは!
最後に卓についた客は俺達が知っている男だった。山路悠斗。確率操作をすることができる『火天大有』の使い手だ。交通事故で死んだはずが、生きていたのだ。俺があの時使った『沢風大過』は「その日一日が人生最悪の運になる」だが、零時を過ぎて生き延びたため、効果が切れたのだろうか。
山路は欠伸をしながら卓に着いたが、俺達の顔を見て顔色を変えた。
「お前ら!」
そう言うと山路は腰を浮かせる。ここで騒がれるのはマズい。
「知り合い?」
「印南、こいつらパーグアだぞ。相手にしないほうがいい」
印南は一つ溜息を落とす。どうやら印南と山路は仲間らしい。印南は他人のフリをしていたが山路が印南の名を呼んでしまったので演技は諦めたようだ。それよりも山路が「パーグア」という単語を使った。つまり俺達のような能力者にそういう呼び名があることを知っている人物と接触したことを意味する。
「お前達も知り合いかよ」
俺がそう言うと山路は不敵な笑み。山路は親指で印南を示す。
「そういうこと。こいつはヤバいぜ?」
「俺達が勝ったら話を聞いてもらう、でいいか?」
俺がそう言うと印南は腕を組む。代わりに山路が口を開いた。
「こっちが勝ったら、金輪際俺達の前に出てくるな!」
印南は手を上げ山路を制する。
「待て待て、そんな約束守るわけないでしょ」
「じゃあ」
印南は目を細めて俺達を見る。
「俺達の知り合いに、「能力を封印する」人がいるから、俺達が勝ったらあんた達の能力を封じさせてもらう」
そんな因果もあるのか。石橋と若干似ているのかもしれない。だが能力の封印は俺達にとっては致命傷だ。石橋は無言で俺を見ている。予想外の事態は避けるべきだという目だ。だがこの場で逃したらもう二度とこいつらと話す機会は無いのかもしれない。はっきり言って量子を操る『天雷无妄』と確率操作の『火天大有』を相手に麻雀で勝つことなど不可能だ。もっとも負けても素直に封印されるつもりはないが。
「いいだろう。自信たっぷりの君たちに大人の戦い方を教えてやろう」
策を頭の中で必死に考えながら俺は虚勢を張る。石橋は渋い顔。
「ルールは?」
印南が静かに言うとそれには石橋が答えた。
「トリプルありで、誰かが飛んだ場合はその時点で両チームの合計点が多い方が勝ち」
トリプルとはトリプル役満のことだ。普通であればまるでテレビゲームのイカサマ麻雀でもしない限り飛び出すことはないが、この相手に限っては普通にありえる。
「いいんじゃないか?」
山路がそう言うと印南も頷いた。
こうして対局が始まった。席決めの結果は俺から見て下家が山路、その次が石橋。俺の上家が印南。親は山路になった。つまり俺がラス位置だ。特に能力の気配はなかったから親決めを操作はしていない。おそらくそこまでしなくても勝てるという自信だろう。
能力的には印南・山路のほうが断然有利だが、俺達のアドバンテージは二人はこちらの能力をはっきりと知らないということだ。
「お手並み拝見といきますか」
山路がそう言ってサイコロを振る。目が確定すると同時に印南から能力行使の気配。『天雷无妄』で印南が山路がツモる牌を操作しているに違いない。
俺達パーグアは能力を行使するのにある程度のインターバルが必要だ。モタモタ打つと相手のインターバルが戻ってしまうから、早打ちで相手の能力発動回数を減らす必要がある。相手もそれは同じ考えだろう。
石橋は能力を使うつもりはないのか、『天雷无妄』をスルーするようだ。俺は印南に対抗して同じく『天雷无妄』を発動。
東一局、山路の親で最初のご挨拶としてどんな手を作ってくるつもりなのだろう。俺の『天雷无妄』では一つの牌を字牌、萬子、索子、筒子のどれかに絞る程度しかできない。つまり印南が字一色を作ろうとしているなら俺は字牌以外に変更すればいいし、緑一色なら索子以外にすればいいのだが、単なる天和なら役はいらない。
俺は比較的役満に絡まないであろう萬子にすることにした。
配牌を確認すると酷い四向聴だ。まさか俺達の手配まですべて操作しているというのか。石橋も同じような配牌だろう。
俺は自分のアガりは後回しにして、山路のほうを窺う。
「やるじゃねーか」
天和ではなかった。俺の操作が功を奏したのだろう。だが俺が操作できるのは一牌だけ。つまり山路は聴牌だ。リーチはかけず、第一打は二萬。俺が送り込んだ牌だろう。続いて石橋がツモ、字牌は捨てたくない。石橋は三萬打。続いて印南がツモ。
「おっと地和だ」
牌を倒した印南の手牌は役無しだが地和。子の役満は三万二千点であり、親である山路が半分カブることになるので俺と石橋それぞれ八千点がこちらのダメージとなる。俺が『天雷无妄』でできる一牌だけの操作では、二人のアガリを阻止することはできない。石橋は能力を使うつもりはなさそうだ。本当に負けそうな時か、能力を使えば勝てる瞬間まで手の内は見せないつもりなのだろう。つまり俺からふっかけた勝負なのだから状況を打破する策は俺が考えろ、という無言のメッセージだ。
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